第36話 いたずらスライムがみょんみょん


「みょんみょん! みょん!」

「うるせえっ! オレはまだ許したワケじゃないぞ!」


 言い争いを続けるレンとスライム。

 ユウキはヒナタを見た。


「レンはスライムの喋っていることがわかるの?」

「さあ……そういう話は聞いたことないけど。けどレンのことだから、意味がわからなくてもなんとなく感覚で喋ってるんじゃないかな?」


 ヒナタは茶化しているわけではなさそうだ。言葉が通じない相手と言い争うなんてすごいなと、ユウキは思う。

 ヒナタがじっとこちらを見てきた。


「ユウキは、スライムの言ってること、わかるんだよね? チロロの喋っていることがわかるくらいだもの」

「うーん」


 今のところ、ユウキの耳にも「みょんみょん」しか聞こえない。

 ユウキは胸に手を当て、息を整えた。心の中に住む善き転生者たちに寄り添うイメージを持ちながら、スライムたちのやり取りに意識を集中させた。


「みょんみょーん!(オマエなんか怖くないもん!)」

「勝負だ勝負! 勝負しろって言ってるんだ!」

「みょみょーん!(ぜったい負けないもんね!)」


 おお……と思わずつぶやいてしまう。ヒナタが目を輝かせた。


「ユウキ、また目が光ってたね。どう? なんて言ってるかわかった?」

「ちゃんと会話になってることに驚いてる……」

「そっか同じレベルなのか」


 納得した表情をするヒナタ。


 すると、業を煮やした様子のレンが振り返る。今まで大人しく会話を聞いていたソラに、彼は言った。


「ソラ! こいつなんて言ってるんだ。勝負するって、ちゃんと伝わってんだろうな!?」

「う、うん。レン、ちゃんと会話できてるよ……びっくりするぐらいに」


 ソラは遠慮がちに答えた。

 この言葉に驚いたのがユウキである。


 ――もしかして、ソラも他の種族の言葉を理解できるのだろうか。


 再びスライムも不毛な言い争いに突入するレンを尻目に、ソラの元へ駆け寄る。


「ねえソラ。君はスライムがなにを喋っているか、わかるの?」

「え……いや、その」

「実は僕もなんだ。レンが勝負しようって言って、すごく乗り気になってるよね。あのスライムの子」

「え!? ユ、ユウキも?」


 目を見開くソラ。ヒナタが自慢げに胸を張った。


「ユウキは転生者だからね。たくさんの特別な力を持ってるんだよ」

「ふわぁ……さすが院長先生だ……」


 やめてよ、とユウキは言った。自分の力は、他の人々あっての力、後付けで転がり込んできた力だ。最初から能力を持っているソラの方がすごいとユウキは思う。


 とはいえ。


 いくら話の内容が理解できたとしても、今まさに進行中のいさかいを収められなければ意味がない。

 レンの方はソラと違い、スライムの言語を理解できないままフィーリングだけでやり取りしている。相手がなにを言ってるのかわからない分、言葉の矛を収めるタイミングも見えていないようだ。

 ソラは、両者の間に割って入るほど気を強く持てないみたい。


 ユウキはひとつうなずくと、レンたちに歩み寄る。


「ほら。そこまでだよ」

「ああ!? なんだよユウキ。邪魔すんなって!」

「これ以上、言い争っても仕方ないだろう。レン、君はこのスライム君がなにを話しているか、わかってないんだし」

「む……!」


 レンが不満も露わに口を閉ざす。

 するとスライムの子が、これみよがしにその場で跳びはねた。


「みょんみょーん!(やーい、怒られた!)」

「君もだよスライム君。元はといえば、君がハーブをいたずらで取っちゃったからって聞いてるよ。悪いことをしちゃダメだ」

「みょ……」


 スライムも不満そうに口を閉ざす。目と口はすごいシンプルな見た目をしているのに、感情がありありと伝わってくるから不思議だ。

 このふたり、どことなく似たもの同士である。


 ひとりと一匹からじとりと睨まれる。ユウキは彼らの視線を受け流した。

 ダメなものはダメである。

 それにユウキにしてみれば、レンたちに睨まれても可愛く感じるだけだ。切羽詰まったときの大人の顔は、もっと怖ろしくて不安にさせる。それに比べればなんということはない。


 ふと、池の水面にさざなみが立った。父親スライムがほとりまで進み出てきたのだ。

 子スライムよりも低く間延びする声を出す。


「みょーぉん、みょん、みょーん……(我が子がご迷惑をかけて申し訳ない。いつも言って聞かせているのだが、どうも君たちが気になって仕方ない様子なのだ)」


 目を伏せ、謝るお父さんスライム。子スライムが抗議の声を出すと、「みょ!」と鋭い叱責が飛んで、子スライムが大人しくなった。

 お父さんスライムはやれやれといった様子で我が子を促す。


「みょぉーん(ほら、彼らに謝りなさい。そして家で大人しくしていなさい)」

「みょ、みょ!(やだ! 勝負するって言ったら勝負するんだもん!)」


 聞き分けがないことを言う子スライム。お父さんスライムが困ったようにユウキを見た。どうやら先ほどまでのやり取りで、ユウキが自分たちの言葉をわかってくれていると理解したようだ。


 ユウキは腰に手を当てる。いまだ頬を膨らませたままのレンたちに、たずねた。


「勝負って、なにをするの?」

「それはもちろん――」


 レンとスライムの声が重なる。


「かけっこだ!」

「みょみょ!(かけっこだよ!)」


 やっぱり仲は良いんじゃないかなとユウキはいぶかしんだ。


 

 

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