第26話 顔芸天使
――それからも、もふもふ家族院鑑賞会は続いた。天使マリアが満足するまで付き合うあたり、なんだかんだルアーネもお人好しだった。
「……なに作ってんだ。それ」
「ん、これ? 我が愛しのユウキ人形」
家族院の様子を映す映像の前で、マリアがちくちくと裁縫している。
少年の優しげな特徴をよく捉えた、可愛らしい人形だ。この方面でも、天使マリアは無駄に才能がある。
実に幸せそうな彼女の表情を見て、ルアーネは肩をすくめた。クッションソファーに背を預け、自分もリラックスする。
水晶玉が映し出す映像では、ユウキ少年を始め、もふもふ家族院の子どもたちが楽しそうに笑っていた。会話の内容もほのぼのとしていて、子どもらしい純粋さ、明るさで満ちていた。なるほど、天使マリアではないが、彼らを見ているだけで心が洗われる。
「他にもね、ルアーネ。もふもふ家族院には可愛くて良い子がたくさんいるんだよ。今は別々の場所にいるみたいだけど、皆揃ったらもっと賑やかで明るくて尊いよ」
「まあ、わかる気はする」
「でしょ!? そうでしょう!? ルアーネならわかってくれると信じてたわ、そうでしょうそうでしょう!」
しまった余計なことを言った、と赤髪天使は悔やんだ。
話題を変える。
「この映像、ユウキ少年をメインに映してるな。みんな大好き箱推し天使サマじゃなかったのかよ」
「その点は
「……で? ホントの理由は?」
「天使としての責任よ」
マリアが裁縫の手を止める。
彼女の涼やかな目が、映像の中で笑うユウキ少年に向けられた。
「あの子は、私たちの都合であの場所にいると言っていい。だから私には、あの子の未来を見守る義務があるのよ。推したい気持ちと責任、両方忘れないようにしたいから」
「なるほどね」
「それに、ユウキはもふもふ家族院で唯一の転生者。他の子たちとは秘めている魔力の質がまったく違う。この水晶玉の力が、それに引っ張られている」
「否が応でもあの子に焦点が当たってしまうってわけか」
「そう。ユウキには言えていないけれど、あの子に家族院の院長先生を頼んだもうひとつの理由ね。ユウキを中心に皆がまとまれば、自然と他の子のことも天界から鑑しょ――見守ることができるわ」
「そっか。やっぱりなんだかんだ言いつつ、しっかりしてるとこはしっかりしてんだな」
『鑑賞』と言いかけていたことは聞き流した。親友の情けである。
マリアは裁縫を再開した。
「まあ、私がその気になればいつでも他の子にフォーカスできるけれど」
「台無しだよ。アタシの気遣いを返せ、
「顔げっ……!?」
マリアが思わず手を頬に当てる。
「だ、誰がそんなひどいことを……」
「アタシだ」
「ルアーネェーッ!」
「なんだよ、ぴったりじゃないか」
天使ルアーネが指先から魔力を放出する。
すると水晶玉が反応し、別画面で天使マリアの顔を映し出した。
仕事中の凜々しい顔。
同僚天使に接しているときの優しげな顔。
推しの子どもたちについて喋りまくっているときのよだれ顔。
「――最後の顔ッ! 改めて突きつけるのはやめていただけないかしら!?」
「ついでにもうひとつ、仕事が長引いて推しの子らを見られないときのしょぼん顔もあるぞ」
「やめて!!」
「これで周囲に本性バレてないってのが、逆にすげえよお前」
「……本当は後輩天使たちにも広めたいの……あまねく広めて語り合いたいの……」
「ぜってーにやめろ。抑えろ欲望を。他ならぬお前のために」
「うう……知ってほしい。我が子たちの可愛さを、天界中の天使たちに……ッ!」
縫いかけの人形を脇に置き、うっうっと嗚咽を漏らすマリア。割と本気で泣いている。ルアーネは少し気の毒に思いつつドン引きした。
ルアーネは人形を手に取ると、手早く続きを縫った。綺麗に完成した愛らしいユウキ人形をマリアに手渡す。
「ほら。お前ここの部分の縫製、苦手だったろ。仕上げてやったから泣き止め」
「るあーねぇええぇえ……」
「ええい、情けない声を出すな。ひっつくな。魔力を垂れ流すな!」
天使には人間でいう血液の類がない。涙やらよだれやら鼻水やらは全部が魔力で、それがただ漏れ状態と言えた。
(まあ、これでこいつのストレスが解消されるなら)
普段の激務と心労を知っているルアーネは、ぽんぽんと親友の頭を叩いた。
そのとき。
コココッ……コココッと、なにかが玄関扉を叩く音がした。
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