第24話 親友とのひととき


 ウキウキと中央の水晶玉に魔力を注ぎ始める天使マリア。

 彼女の友人であるルアーネは、深く深くため息をついた。


「おいマリア」

「なぁに? ルアーネ」

「とりあえずいくつか訂正させろ。アタシがここに来たのは鑑賞会とやらに参加するためじゃない」


 そう告げた途端、まるでマリアがこの世の終わりかのような表情をした。


「まさか……ルアーネあなた、私に地獄の焦燥感を味わえと……? 私、あなたにそれほど激烈な恨みを買っていたなんて……天使失格ね……」

「まあそこそこうんざりしてるのは確かだな」


 マリアが泣きそうな顔をする。この表情を見たら大勢の天使たちが卒倒するだろうなあとルアーネは思った。


 赤髪の天使は、持参した荷物から書類の束を取り出した。


「ほら。頼まれていた転生者の資料。あのユウキとかいう坊主に押し込められた奴らのリストだ」

「ルアーネ……こんなときまでお仕事なんて」

「では帰る。じゃあな」

「ああっ! ごめんなさい! 行かないで、お話ししましょう。ありがとう、本当に助かったわ!」


 天使マリアがすがりつく。この慌て顔を見たら、さらに多くの天使たちが我を失うだろうなあとルアーネは思った。


 ルアーネから資料を受け取ると、マリアはその場でめくり始める。つい数秒前まで情けなく崩れていた表情が、一瞬で仕事人のそれに変わる。書類を読むスピードも尋常じゃない。

 基本的に、天使マリアは有能なのだ。

 そして、彼女と長い付き合いを続ける天使ルアーネもまた、双璧をなすほど優秀な人材であった。


「さすがね、ルアーネ。素晴らしいわ。すごくよくわかった」


 端的に親友を称えるマリア。


 ――不遇な一生を終え、さらに通常とは違う処理をされて転生した少年、ユウキ。

 彼の中に複数の魂が押し込まれたことは知っていたが、マリアの手元にはそれら魂の詳しい情報がなかった。怠惰でいい加減な上司神が、よその管轄だった魂も無責任に引っ張ってきてしまったためだ。


 天使ルアーネは、マリアでは接触できなかった情報を手に入れてきてくれたのである。それはルアーネに権限と能力がある証左であった。


 転生者ユウキ少年の身体に埋め込まれた複数の魂。いかにそれが善なるものだと事前に聞いていたとしても、それがユウキの肉体と魂にどれほどの影響を与えるかはわからない。もしもの事態に備え、それぞれの魂の持ち主がどういう生を送り、どういう力を持つ人物だったかは把握しておきたかった。


 資料を見た結果、マリアは「とりあえず静観しても問題はない」と判断した。少なくとも、魂として相性が悪い相手はいない。


「それにしても……錚々そうそうたる傑物たちね。それぞれの世界で、歴史の書に記載されてもおかしくないんじゃないかしら」

「アタシも同感だ。お前んとこのおっさん上司、転生者の質で点数稼ぎしようとしてるのが見え見えだぜ」

「……はぁ。これで徹頭徹尾能力がないなら、まだやりようはあるのだけれど。あれで豪腕の持ち主なのだから始末に負えないわ……」


 マリアは額を押さえた。そもそも管理神が本当に無能であれば、これほど善い魂を引っ張ってくること自体不可能だっただろう。

 怠惰で傲慢。しかし、こと人間の魂に関することは、類い希な目と決断力を見せる。

 自らが管理する世界で、どれほど多くの善き魂を転生させ、輪廻させるか。それが神々にとってひとつの評価基準なのだ。


 そして、他の神たちからの評価が高いからこそ、その直属の部下であるマリアにも大きな権限が与えられている、と言えた。この一戸建ての部屋しかり、管理下の異世界に不可侵の結界を張ることしかり、『もふもふ家族院』なる完璧な拠点を造ることしかり。

 天使マリアが、愚痴をこぼしつつ上司の横暴に耐え続けている理由である。


「憎まれっ子世にはばかる……神様だろうが同じってわけかい。同情するよ、マリア」

「まったくよ。あのクソ上司め」

「……いつも忠告してるが、他の奴らの前で言うなよ? それ」

「言わないわよ。ルアーネに対してだけ。私が愚痴を言えるのは、あなたくらいだもの」


 肩をすくめながら、天使マリアが言う。赤髪の天使は「そうかい」とつぶやいて茶をすすった。少し、まんざらでもなさそうな表情だった。


 大事な資料を机にしまい、天使マリアは言った。


「いつもありがとう、ルアーネ。あなたがいてくれて本当に助かるわ」

「おう」

「お礼に、今日は特別映像を特等席で見せてあげるね」

「……やっぱ諦めてなかったか」

「諦める? なにを言ってるの」


 天使マリアは、この部屋に入って一番イイ笑顔で言った。


の姿を愛でるのは、私にとって生きがいであり生命力の補充だもの」

 

 

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