第23話 天使様の本性


 白亜の建物を出て、中庭へ。

 色とりどりの花が咲き誇る花壇を横目に、天使マリアは歩いていく。この美しい景色と優しい香りは、マリアの心を幾分か癒やしてくれる。


 天使たちは基本的に、自らの職場に住み込みで働いている。白亜の建物にも、天使たちの暮らす巨大で美しい寮棟が併設されていた。


 だが、マリアの足は寮へは向かわない。

 実績と人望を兼ね備えた彼女には、特別に戸建ての部屋が用意されているのだ。

 ここまで辛抱して頑張ってきたことへの数少ない褒美だとマリアは思っている。


 マリアの部屋は、庭園から少し離れた場所にある。周囲は小さな森と池に囲まれていて、人間世界で言う避暑地の別荘のような趣がある。

 こういう立地のせいか、彼女の部屋を無遠慮に尋ねてくる者はほとんどいない。


 そのわずかな例外が、部屋の前でマリアを待っていた。


「よう、マリア。遅かったな」

「あなたの仕事の手際が良すぎるのよ、ルアーネ」


 天使マリアが表情と口調を崩す。


 マリアを待っていたのは、同僚の天使ルアーネ。炎のような真紅の跳ね髪と眼光の鋭さが特徴だった。マリアの古くからの友人である。皆の憧れ天使様が、素の自分を出せる数少ない相手だった。

 マリアの歩調に気づいたルアーネが、口の端をつり上げる。


「またあのおっさん上司がやらかしたのか?」

「ええ、もう、まったく、そのとおりよ」


 思わず不満爆発しそうになって、マリアは咳払いした。とりあえず友人を部屋の中へ入るよう促す。ルアーネはこうして気兼ねなく部屋を訪ねてくるし、マリアもそれを受け入れていた。

 並の天使ではまず解錠不可能な魔法鍵を開ける。


「なあマリア。いつも思うんだが、鍵が頑丈すぎやしないか? 逆に怪しまれるだろ」


 天使ルアーネは誰に対してもこうした砕けたしゃべり方をする。分け隔てなく接する大らかさとたくましさで、マリアとはまた違った人気を博していた。


 親友天使の疑問に、マリアはあっさりと答えた。


「まだ足りないくらいね。本当ならあなたの魔法も借りたいくらい」

「反乱でも起こすのかと思われるぜ?」

「そんなこと、するわけないでしょう。今の職場はつらいけれど、私にとって生きがいでもあるんだから」


 それからふと、細い顎に手を当てる。


「でもそうね、万が一侵入者を許してしまうのであれば、その者の永久追放か職場の完全消滅か、迷うところではあるわね」

「お前ならやりかねないからな、その二択……だからこうして、アタシがちょくちょく様子を見に来てやってんだが……」

「本当に、本当に感謝しているわ。ルアーネ」

「心からそう言ってんのがタチ悪いぜ、まったく。使のが不思議だよ」

「本当にね」

「お前が言うな」


 重厚で趣のある玄関扉を開ける。マリアに続き、ルアーネも素早く中に入った。この辺り、彼女は心得ている。

 荷物を置くため部屋の奥へと歩いてく天使マリア。一方の天使ルアーネは、玄関口で腰に手を当て息を吐いた。


「……ま、知らぬが花ってのは天界でも変わらんわな」


 ――マリアに与えられた部屋は一戸建て。一部屋の広い空間に、必要な家具がすべて揃っている。他の天使たちの住む寮が基本的に相部屋なのとは対照的だ。


 その広い室内。

 至る所に、少年少女たちを模した人形やらポスターやらが鎮座していた。ポスターはご丁寧にも名前入り。描かれている人物の名前をハートで装飾している。


 部屋の中央には、強力な魔力を放つ水晶玉が大事に設置されている。近くにはクッションソファーやローテーブル、移動式の小棚など、要するに『ゆったりするのに必要十分な設備』が万全の状態で整えられていた。


 異世界の表現を借りるなら――畏怖すら覚える立派な『オタ部屋』である。


 荷物を置いたマリアが声をかける。


「お茶を淹れるわ。とっておきがレフセロスで手に入ったの」

「異世界かぶれが極まってんなあ……」


 つぶやきながら、ルアーネはクッションソファーのひとつに腰を下ろす。この部屋に来たときのお気に入りポジションだった。

 湯気の立つカップを手にして、華やかな香りにしばし表情を緩めるふたりの天使。


 天使マリアにとっては極上の癒やし空間、天使ルアーネにとっては誰も知らない親友の本性を見せつけられる空間である。


 そう――。


「ではさっそく――始めましょうか。みんな大好き、我らが愛しの『もふもふ家族院』鑑賞会!」


 皆の憧れ天使マリア様は、重度の『箱推し天使』であった。

 

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