第21話 今、とても幸せ


 それからユウキは改めて、アオイから料理を教わった。


 まずはキッチンの設備や道具の使い方を習う。ユウキが驚いたのは、もふもふ家族院の設備が、現代日本と比べてもそれほど大きく劣っていないということだ。たぶん、日本でも田舎の方に行けば同じ環境なんじゃないかと思う。

 流し場の蛇口をひねると、冷たい水が出てくる。ユウキは「おおー」と声を上げた。隣に立つアオイが微笑む。


「ユウキちゃんー。水道がそんなに珍しい?」

「珍しいというか、驚いたんだ。僕、異世界があるならもっと自然に近い暮らしだと思ってたから」

「アオイもねー、最初はこれらの設備に驚いたんだよー。けど、アオイたちもふもふ家族院のために、天使様が異世界の施設を参考にして造ってくださったみたいなの」

「へえ、そうなんだ」

「もしかしたら、ユウキちゃんの世界を参考にしたのかもしれないねー」


 確かに、とユウキは思った。もふもふ家族院の内装も、ユウキのイメージとそう離れていない。そして快適だ。


 一通り道具の使い方を教わった後は、アオイを手伝って作業に移る。

 どうやら、ダメになったスコーンの代わりに、ユウキのために新しいお菓子を作ってくれるらしい。


「そこまでしなくてもいいのに」

「いいえー。これはユウキちゃんが頑張ったご褒美ですよ。ユウキちゃんがいなかったら、もしかしたらもっと大変なことになってたかもしれませんしー」

「そんなことないと思うな。だって、『ダメなことはダメ』ってちゃんとアオイは叱ってたじゃないか。アオイ、すごくしっかりしていると思ったよ、僕」

「ふふ。ありがとうございますー、ユウキちゃん。アオイも、ユウキちゃんは本当にすごいと思いますよー」


 のんびりした口調ながら、とても手際よく作業していく。ユウキなど、手に持ったボウルの中身をかき混ぜる作業でいっぱいいっぱいである。


「さっきのサキちゃんの件も、ユウキちゃんがちゃんと言ってくれたから、うまく収まったと思います」

「そうかな」

「恥ずかしながらー、アオイならもっとキツく言ってしまったかもー。そしたら、サキちゃん、ずっと意固地になったかもしれません」

「叱るって、難しいんだね」

「そうですよねー。アオイ、普段はこんな感じで、他のみんなよりゆったりなのでー。もっと早く行動しなきゃって、焦ることもあるんですよねー」

「そうなの? 料理の手際とか、とてもそんな風には見えないけど」

「慣れというものですー」


 ユウキちゃんも、きっとすぐにできるようになりますよ、とアオイは言った。

 もふもふ家族院の『お母さん』と呼ばれるアオイでも、彼女なりの悩みはあるのだなとユウキは思った。


 ――アオイとともに作っているのはクッキー。生地を冷蔵庫そっくりの箱の中へ入れて冷やす。


「冷蔵庫あるんだ」

「これも魔法の道具ですねー」

「そっか魔法かー」


 すごいなぁ魔法――とユウキはただただ純粋に感心していた。


 生地を寝かせている間、ユウキたちはダイニングテーブルでスコーンを食べる。アオイお手製のお菓子は、外側はサクサクとした食感で、中はしっとりとしていた。バターの風味が口いっぱいに広がる。

 一言、感動モノの美味しさだった。


 どうやら家族院のメンバーによって多少好みが違うようで、アオイは彼らに合わせてトッピングを変えているらしい。ヒナタが「ドライフルーツ好きー」と幸せそうな笑みを見せていた。


「ユウキ、半分あげる」

「え、悪いよ」

「いいのいいの。もふもふ家族院の院長先生になったお祝い。はい、どうぞ。あーん」

「自分で食べられるよ?」

「いいから、いいから。アオイがときどきやってくれるコレ、わたしもやってみたくなったんだ。はい、あーん」

「あーん」


 ヒナタの手から半分こされたスコーンをもらう。ドライフルーツのほどよい甘さがアクセントになっている。ユウキは笑った。


「おいしい!」

「んふふ。でしょ? アオイはすごいよね」

「うん。アオイはすごい」


 ふたりとも、おだてないでくださいな、とアオイは言った。やっぱり満更でもなさそうだった。


「あ、あのー」


 部屋の隅っこで正座しっぱなしのサキが遠慮がちに声をかけた。ちょっと離れたところでケセランたちがコロコロ転がっている。


「ウチもおやつ食べたいです」

「ダメです。もうしばらく反省してください、サキちゃん。そうですね……せめてクッキーができあがるくらいまで」

「そ、それはどのくらい……?」

「ほんの1時間ちょっとです」

「うわあああああんっ!!」


 悲痛な叫び声を上げるサキ。

 笑声が上がるダイニングルーム。

 可哀想だから後でスコーンを持っていってあげようとユウキは思った。


 ――窓の外を見る。

 もふもふ家族院というすごく温かくて、幸せな場所に来ることができたのは、天使様のおかげだ。

 クッキーが焼き上がったら、天使様の分もお供えしようと彼は心に決める。


「天使様。ありがとうございます。僕は今、とても幸せです」


 ――純粋な少年の言葉。

 それは確かに、天界へと届いていた。


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