第20話 皆がいる


 ひとしきり笑ったヒナタが言った。


「ところで、このスコーンはどうするの?」


 皆の視線が、今度はおやつに集まる。

 サキ特製の『ナニカ』をひっかぶったスコーンは、とりあえず食べるには少し勇気が必要な見た目になっている。


「捨てるわけにはいかないよね?」

「それはもちろん」

「ちなみにだけど、サキが作ってた飲み物?ってどんなやつなの?」


 ヒナタの質問に、サキは天井を見上げた。


「どんなやつと言われても……絶え間ない研究の成果に優劣はないというか」

「もう。じゃあさ、なにを入れたかだけ教えてよ。そうしたら大丈夫かどうかわかるじゃない」

「ふふふ。実はだねヒナタ君。ウチにもよくわからないのだ! なにせ、手当たり次第だったからね!」


 なぜか胸を張るサキ。アオイが静かに席を立った。サキの背後に回ると、その柔らかそうな頬をぐにゃりとつねる。


「そういうことを言うのは、この口かしらこの口かしらー?」

「いひゃい、いひゃい! ごめん、ごめんなさい! 好奇心に勝てなかったんだよっ!」


 アオイは静かな笑みを浮かべたままだ。まだちょっと怒っている。

 ヒナタがため息をついた。


「そっかぁ。もう、じゃあ仕方ないかなあ。前にサキが作った薬……みたいなの飲んで、レンがずいぶん騒いでたもんね」


 元気っ子は申し訳なさそうに、新しい院長を見る。


「ごめんねユウキ。せっかく家族院に来てくれたのに、最初の日からこんなことに――」


 その言葉が途切れる。

 彼女の見ている前で、おもむろにユウキがスコーンを手に取ったのだ。

 そのまま、なんのためらいもなく口に運ぶ。


「ユ、ユウキ!?」


 他の少女たちも目を丸くして少年院長を見る。

 ユウキは気にせず、もぐもぐとスコーンを食べた。一口、二口……あっという間に平らげると、「ごちそうさま」と手を合わせた。

 彼は言った。


「うん。しっとりして食べやすかったよ」

「ユウキちゃん……」

「味は、そうだなあ。なんて言ったらいいんだろう。ちょっと苦みがあって、でもしっかりと甘さもあったよ。これ、大人の味っていうのかな?」

「ユ、ユウキ……その、大丈夫なの?」

「苦いお薬と比べれば、ぜんぜん。おいしいよ。あ、ごめんね皆。せっかくのおやつ時間、先に食べちゃった」


 ユウキは笑いかける。

 すると、サキが席を立ってユウキの元まで駆け寄ってきた。


「他には!? 他にはどんな味がしたんだい? どんな感じだい?」

「え?」

「体内魔力がぶわーっとあふれたり、眠くなったりはしていないかい? 見たところ、光ったり変な色になったりはしていないようだが!」


 アオイが眉をひそめる。


「サキちゃん? あなた、実は結構危ないモノも混ぜていたんじゃない……?」

「失礼な! この聖域に危ないモノなどあるものか! ウチは天使様たちの御業を信じているぞ!」

「なんでサキちゃんが怒ってるのかしら……?」


 心配になったヒナタも隣に来る。


「ねえユウキ。本当に大丈夫?」

「うん。へ――」


 平気だよ、と答えようとしたそのとき、ユウキの身体が急に熱を持った。

 お腹と胸に、お湯を注がれたような感覚になる。

 額に少し汗がにじむ。


 ユウキは大きく深呼吸した。家族の少女たちに心配させるわけにはいかないと、平気な風を装う。


「ユウキ……?」


 ヒナタがそっと肩に触れる。

 すると、彼女の手が触れた部分がふんわりと白く輝き始めたのだ。

 まるでたんぽぽの綿毛が浮き上がるように、小さくほわほわした光の粒が、ユウキの身体からいくつもあふれてくる。光はすぐに空気に溶け込んで消えていく。


「ユウキ、大丈夫!? 苦しいの!?」

「大丈夫。むしろすごく――」


 ユウキは自分の胸元を押さえた。


「温かくて、気持ちがいい」

「す、す……素晴らしい!! 素晴らしいぞユウキ君!!」


 突然、サキが叫んだ。


「それは『魔法』だ! おそらく、癒やしの魔法! 本で見たのとそっくりだ! 凄いぞユウキ君、まだ大人になってないのに、こんなに綺麗に魔法を発動させるなんて! そしてズルい! とてもズルいぞ羨ましいぞーっ!」

「魔法? これが?」


 ユウキは自分の手を見る。もう身体の違和感は消えていた。


 いや――ひとつだけ。

 胸の奥に、さっきまでは感じなかった温かな『存在』を感じた。

 それが、ユウキの身体を優しく包んでいるようで。


 ――無茶をしてはいけないよ、少年。


 どこからか、そんな声を聞いた気がした。


「転生者……さん?」


 ユウキはつぶやく。ほぼ同時に、ユウキの身体を包む光は消え去った。

 天使マリアの言葉を思い出す。


『善き転生者の魂は、いずれユウキの身体に馴染み、生前の力を発揮するときが来るでしょう』


「ありがとう、転生者さん」


 自分の中に眠る魂に向けて語りかけると、まるでそれに答えるかのように、ほんわりと胸が温かくなった。

 サキが興奮した表情で肩をつかむ。


「ユウキ君! さっそく、身体を調べさせてもらってもいいだろうか!? もろもろの影響を確認したい! もちろんミオには内緒だ! ふははっ、こんな素晴らしい素材が身近にいるなんてウチはなんて幸せ者――」

「サキちゃん?」

「あ、はい」

「アオイが良いと言うまで、そこで正座しててください」

「あ、でもおやつ……」

「正座」


 容赦なき説教を受ける寝癖少女を背に、ユウキは満足げに微笑んだ。


「そっか。僕、もうひとりでつらい思いをしなくていいんだね。皆が、いるんだね」


 そっとつぶやいた。

 

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