第18話 消えたスコーン


 ユウキの姿勢にふわりと微笑み、ゆるっと敬礼を返すアオイ。


「あら?」


 その表情が、ふと、怪訝に染まる。

 彼女の視線は、フードカバーを被せたおやつに向いている。

 ヒナタが目を輝かせた。


「わ。今日はスコーンなんだね。楽しみ!」

「ええ。うまく焼けたから楽しみにしてて欲しいのだけど……あらら?」


 アオイの眉がハの字になる。すらりとした指先が、ゆったりとした仕草でスコーンの数を数える。ひとつ、ふたつ、みっつ――。

 ユウキは、「これがスコーンかあ。元の世界でも聞いたことあるよ」とつぶやきながら、一緒に数を数える。


 フードカバーに守られたお皿、そこに乗っている丸いスコーンの数は、全部で13個。


 ヒナタが言う。


「いつもより1個多いね。作り過ぎちゃったの?」

「いいえー。今日は全部で14個作ったの。ひとり2個ずつ。ユウキちゃんが来るって聞いてたからー」

「……1個、行方不明?」


 ユウキ、ヒナタ、アオイは顔を見合わせる。

 自然、残ったひとりに皆の視線が向かう。


 サキは明後日の方向を向きながら、憤慨したように言った。


「ウチはつまみ食いなんてしてないよ! レン君じゃあるまいし!」

「そうよねえ……」

「きっと、ほら、あれさ。ミオ君がついつい食べてしまったのではないか? ずっと自室で勉強してると頭が疲れるし。そして疲れた頭には甘い物がよいと決まっているさ。しかも、それはアオイお手製の最高スコーンだからね!」


 ヒナタが目を細める。


「つまみ食い? レンじゃなくて、決まりごとにすごく厳しいあのミオが?」

「う……」

「あーやしーぞー」


 迫るヒナタの目を、頑なに見ようとしないサキ。強ばった笑みを貼り付けたままだ。

 ユウキは間に入った。


「まあまあ。いきなり疑ったらかわいそうだよ」

「おおっ、ユウキ君……!」

「こういうのは、ちゃんと原因を調べてからじゃないと。病院の先生も、色々な可能性を調べてから、『こうだ』って決めてたからさ」


 にっこり笑いながらサキを振り返る。同じくにっこり笑い返した寝癖少女に言う。


「その代わり、ちゃんと原因がわかったら謝ってね。サキ」

「無論だ! ――って、んん? ユウキ君、実は結構な割合でウチのこと疑ってる?」

「僕はもふもふ家族院の院長先生ですから」


 腰に手を当てると、サキはむつかしい顔をした。

 ユウキは顎に手を当てた。


「例えばさ、スコーンに魔法がかかって、ひとりでに旅に出たってことはないのかな?」

「実に夢のある推測だね」

「ダメかな? 魔法があるから、そういうこともあるのかなって思ったのだけど」

「ユウキ君は本当に純粋なのだな。……うー、むー。院長先生君にこれ以上夢推理させるのも……むぅうぅ……ええい、よし!」


 ひとり唸っていたサキが、意を決して口を開きかけたとき。


「サキちゃん」


 アオイが呼んだ。

 サキが言葉を飲み込む。彼女の目の前にいたユウキも口をつぐんだ。隣のヒナタは「うわっちゃあ」と小さく小さくつぶやいた。


 凍り付いたキッチンで、再度、アオイがサキを呼ぶ。

 三人は、恐る恐る振り返った。


 踏み台に乗り、キッチンの上の棚を開けたアオイの姿があった。

『のんびりお母さん』は微笑んでいる。ユウキは、『笑ってるのに笑ってない人』を初めて見た。


「これはどういうことかしら?」


 いつものとは違う、ハキハキした口調でアオイが問う。

 彼女の手には、小皿に乗った1個のスコーンがあった。

 アオイが踏み台から降りる。


 小皿に載ったスコーンは、他と違ってになっていた。色もちょっとだけ濃くなっている。

 まるで、なにかを上からかけてしまったかのように。


 サキの額に、見る見るうちに冷や汗が噴き出してくる。


「あ、いや……それはぁ……」

「ん? なぁに?」

「えっとぉ、その。き、きっとミオ君が――」

「……」

「あ、はい。ウチです」

「それだけ?」

「……うぇ?」

「そ・れ・だ・け・ですか?」

「本当にッ、申し訳ありませんでしたぁあぁっ!!」


 その場に伏せて謝罪するサキ。

 この世界でも土下座が存在するんだと圧倒されながら、ユウキは思った。


 アオイ、怒らせたら怖い子だったんだね。


「サキちゃん!!」

「うわああああん、ごめんなさーい!!」


 そう、強く思った。


 

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