第16話 できないことを、努力する機会
「アオイはね、すごく料理が上手なの。他にも家のお仕事とか。もふもふ家族院でキッチンを預かっているのは、アオイなんだよ」
ヒナタが教えてくれる。はにかむアオイ。
「すごいね、アオイ」
そう言いながら、ユウキは自らを省みた。
生まれてこのかた、家事に携わることはまったくと言っていいほどなかった。料理なんてとんでもない。そもそも、自分が口にできるものは非常に限られていたのだ。
掃除も、洗濯も――自分の手が届く、病室の狭い空間でしか従事できなかった。看護師や病院職員の人たちが、自分の代わりにほとんどやってしまう。
ユウキは自分の手を見る。
もふもふ家族院の院長先生になれた。身体も健康になった。今なら、元の世界でできなかったたくさんのことが、できる。
周囲の少女たちの声が聞こえる。
「良い匂い……アオイ、おやつ作ってくれてたんだね」
「ええ。洗濯物を畳んだら、そろそろ皆を呼びに行こうかとー」
「うむ。おやつはいいな! おやつは! さすがアオイだ。素晴らしい!」
「あらあらー、どうしたのサキちゃん」
家族に褒められ、まんざらでもない様子のアオイだ。
料理も、洗濯も、掃除も、ユウキはすべて素人以下。アオイの家事万能ぶりを聞き、このままでは役に立てないかもしれないと、少年は思った。
沈んだ表情は見せない。
ユウキは、初めて与えられたのだ。『できないこと』を『できるように努力する機会』を。
それはユウキにとって、落ち込むどころか、以前よりさらにワクワクした感情を湧き起こさせるものだった。
「アオイ、お願いがあるんだ」
「はい?」
「僕に、家族院での家事を教えてくれないかな!?」
前のめりで言う。圧倒されたように、アオイがのけぞった。
「僕、ずっと病院を出たことなくて、寝たきりだったことも多くて。料理を作ったり、掃除をしたり、洗濯したりが、ぜんぜん、まったくできない。だから、教えて欲しい!」
「そ、それほどなんですかー?」
「うん。それほどできない!」
力説すると、すぐ隣で「ウチもできない!」と自信たっぷりな同意があった。サキである。
ヒナタが、後ろからユウキの肩をつかむ。彼女は笑っていた。
「それじゃ、一緒に頑張ろ。ユウキ。ね、アオイもいいでしょ? こんなにユウキがやる気になってるんだし」
「ええー、それはもちろんー。でも、お話に聞いていたより、ユウキちゃんは熱心だねー」
「だよね。わたしもそれ思った。だからすごく嬉しいな。ユウキがわたしたちの院長先生になってくれてさ!」
ヒナタとアオイに笑みを向けられ、ユウキは感激したように頭を下げた。
「ありがとう。僕、頑張るよ!」
「ふふふ。それじゃあさっそく、一緒に料理をしてみましょうかー。ちょうど、夕食の仕込みを始めようかと思っていたのでー」
「はい! よろしくお願いします、先生!」
「あらあらあら。先生だなんてー。ユウキちゃんの方が院長先生ちゃんじゃないですかー。もうー」
やっぱりまんざらでもない様子でキッチンへと向かうアオイ。
その後ろをニコニコしながら付いていくユウキだが、ふと、気になってたずねた。
「ねえアオイ」
「はいー?」
「アオイくらいすごいと、洗濯物を持ったまま料理ができるの?」
「……」
微笑みの表情のまま、アオイは自らの胸元に視線を下ろす。
そこにはしっかりと、取り込んだばかりの洗濯物が抱えられていた。結構な時間そうしていたためか、少しだけ皺になっている。
ユウキはうなずいた。
「そっか。家事作業って大変だから効率性が大事なんだよね。看護師さんたちがいつも言ってた。ふたつのことを同時にやるって、やっぱりすごいね」
「ぷっ――あっはっはっは!」
いきなりサキが噴き出す。お腹を抱え、今にも床の上を転がり回りそうな勢いだ。
首を傾げるユウキに、ヒナタがポンと手を置く。
「ユウキって、純粋で人の良いところを褒められるのは素敵だけど、そういうところもあるよね」
「……?」
「アオイ、うっかりしちゃっただけだと思うよ」
ヒナタに促され、アオイに目を向ける。
そこには顔を真っ赤にして、ちょっと泣きそうになりながら拗ねているアオイの姿があった。
「もうもう。どうせアオイは天然さんですよぉーだ……」
「あっはっはっはっは! ひー、ひー! 面白、面白いっ!」
「……サキちゃん? ちょっと笑いすぎだよ」
「すみません」
アオイに言われ即座に笑いを引っ込めたサキ。ヒナタが「いつもどおりだなあ」と苦笑していた。
家族院の仲間たちを見回しながら、ユウキは言った。
「皆がいてくれれば、これからもすごく楽しそう。僕、ここに来られてよかった。本当に」
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