第9話 院長として新しい暮らしを
「へえ。それじゃあユウキが、もふもふ家族院の新しい院長先生だったんだ」
驚くヒナタに、ユウキはうなずきを返す。
ひととおり踊って満足したヒナタが、今度は詳しい事情を聞いてきたのだ。
ちなみに、ふたりは保護者フェンリルのもふもふを背もたれにして、並んで座っている。チロロは文句ひとつ口にしない。どこまでも面倒見のよい眷属であった。
「やっぱりすごいね。天使様から直接お願いされるなんて」
「家族院には大人の人がいないって聞いたけど……」
「うん。わたしと同い年の子たちだけだよ。でも、皆それぞれ得意なことがあるし、チロロもいるし」
ヒナタが毛並みを撫でる。『余は人間の大人代わりだな』とフェンリルは言った。元気少女に言葉は伝わらない。けれど、互いの信頼感はユウキにも確かに感じ取れた。
ユウキは拳を握った。
「今の僕になにができるかわからないけど、院長先生の仕事、頑張りたいんだ。ずっと夢だった。これまでたくさんの人に迷惑をかけてきた分、誰かの役に立ちたいって」
「大丈夫だよ、ユウキなら。あ、でも院長先生なら、これからユウキのこと『先生』って呼んだほうがいいかな?」
「そ、それはやめてほしいな」
ヒナタは笑った。立ち上がる。
「もうわたしたち、友達で、家族だよ。ようこそ、もふもふ家族院へ! ――あ、違う違う。そうじゃなくて、えっと……おかえり、ユウキ」
「た、ただいま」
少女の手を握って、ユウキも立ち上がる。はにかんだ。
「なんだか、まだ慣れないね」
「これから慣れていけばいいよ。じゃ、中に入ろ」
ヒナタとともに歩き出す。
ふと、後ろを振り返る。チロロは建物に背を向けていた。
「チロロは入らないの?」
『余は別の用がある。
「大変なことなら僕も――」
『そなたはヒナタとともに家族院へ向かえ。院長として顔見せが済んでいないであろう』
「でも」
『顔と名前を覚えるのも長の仕事ぞ。こちらは余に任せよ。どうせ遅かれ早かれ、やんちゃ坊主どもとも顔を合わせることになるのだ。気にするでない』
そう言って、チロロは森の一角へ歩いていった。大きな尻尾が左右に揺れる。その後ろ姿をユウキは見送った。
「ユウキは本当にチロロとお話ができるんだね」
「転生者としての力……って聞いた」
「さすが院長先生だね。ちょっと羨ましいな」
立派な建物の前に来る。
――一瞬だけ、生前の記憶が蘇った。
病室の扉。
あるいは手術室の扉。
出ることの叶わなかった、病院の正面玄関。
それらの光景がフラッシュバックした。
けれど、今目の前にある扉は違う。
まったく違う異世界の、新しい居場所へ続く扉だ。
明るく優しい陽光で、過去の記憶が鮮やかに塗り替えられていく。
「さ、入ろう。皆にもユウキのことを紹介しなきゃ」
「うん」
ユウキは胸の高鳴りを覚えた。
――ここから、僕の新しい暮らしが始まるんだ。
天使様から与えられた役目。院長先生の仕事。これから僕は、皆のリーダーとして頑張らないといけないんだ。
「やるぞぉー!」
気合いを込めて、玄関に手を伸ばす。
そのとき、扉の向こうからほのかに良い匂いが漂ってきた。
同時に、なにやら騒がしい足音が。
なにかに気づき、ヒナタが声を上げる。
「ユウキ、あぶない。扉から離れて!」
「え?」
首を傾げた瞬間、家族院の玄関扉が内側から勢いよく開かれた。
建物の中から飛び出してきた人影と、勢いよくぶつかる。
「うわああっ!?」
「わきゃああっ!」
ユウキの驚きの声と、誰かの甲高い声が重なった。
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