第8話 踊る元気っ子、ヒナタ


 赤髪ツインテールの少女――ヒナタに満面の笑みで迫られ、ユウキは少したじろいだ。

 改めて思い返すと、同年代の子とこれほど近くで話すことはほとんどなかったのだ。周りに子どもが少なかったし、そもそも、それができる体調ではなかった。

 でも。


 ――あなたの名前、教えてほしいな!


 そう声をかけられることの喜び。ユウキはすぐに、嬉しさを顔に溢れさせた。


「はじめまして。僕の名前はユウキといいます。えっと、よろしくお願いします」

「あははっ。ユウキってわたしと年、変わらないよね。そんなに丁寧に喋らなくて大丈夫だよっ」


 バンバンと肩を叩かれる。結構痛い。ずいぶん、元気のいい子のようだ。キラキラした表情のとおりだなとユウキは思った。


『おい。余の腹の上で暴れるな』

「あっ、ごめんね。チロロ」


 ユウキが慌てて下がる。ところが、ヒナタの方はきょとんとしていた。


「ユウキ? どうしてチロロに謝るの?」

「それは、お腹の上で暴れるなってチロロが言ってたから――」

「えっ!? ユウキ、チロロとおしゃべりできるの!?」


 再びヒナタが身を乗り出す。その下でチロロが『おい……』と不満げな声を出していた。

 ユウキは言う。


「あの、ヒナタちゃん」

「ヒナタでいいよ」

「じゃあ、ヒナタ。チロロが苦しそうだから、ちょっとどいてあげよう」

「え? わあ!? またわたしったら。チロロ、ごめんね! よしよしよし」


 ふかふかの毛並みを撫でるヒナタ。元気が余りすぎて暴走することもあるが、根はとても優しくて気配りできる女の子のようだ。

 チロロもチロロで、これが日常茶飯事なのか、それとも神の眷属としての器の大きさなのか、特に叱ることも嫌がることもなくどっしりと構えている。


 すごいなとユウキは思った。

 すると、ユウキとまったく同じ感想をヒナタは口にした。


「ユウキってすごいね!」

「え?」

「だって、チロロと意思疎通ができるんだもの。もふもふ家族院の誰もできないんだよ。あ、サキやソラはちょっと違うかも。でも、ユウキほどはっきり会話はできないと思う」


 ヒナタは手を握ってきた。


「だからすごいよ! ユウキ!」

「そう、なのかな。ありがとう」


 ユウキははにかむ。


「僕にとってはこうして生きていることや、ヒナタたちとお話できただけでもじゅうぶん幸せだからさ。すごいって言われると、なんだかムズムズする」

「そうなの?」

「うん。僕、ちょっと前まで身体が弱くて、ずっと寝たきりだったから」


 すると、ヒナタは途端に表情を曇らせた。「そっか。大変だったんだね、ユウキ」と彼女はつぶやく。

 ユウキの境遇を思い、我がことのように気にかけるヒナタ。初めての経験に、ユウキはうろたえる。


 不意に、ヒナタが立ち上がった。


「わたしね、踊るのが好きなんだ」

「えっ?」

「すごく明るい気持ちになれるんだよ。だからねユウキ、一緒に踊ろ? そうすれば、少しはつらい気持ちを忘れられるよ。きっと」


 満面の笑みで手を差し伸べられる。

 ユウキは手を取った。


「じゃあ、いくよ。それっ」

「うわわっ!?」


 ヒナタがステップを踏み始める。踊るのが好きという言葉通り、彼女は本当に楽しそうにクルクルと踊った。ユウキはあたふたしながらも、彼女に合わせて身体を動かす。


「あはは。上手い上手い!」

「おっと、と。あはっ、ははは」


 ――ああ。僕の身体、こんなに動けるんだ。

 生前は歩くことも楽ではなかった。ましてや運動なんてもってのほか。

 ヒナタのリードに合わせて踊る。視界が目まぐるしく動いていく。空や、大地や、建物が一緒になってクルクルと踊っているような感覚になった。


 気がつけば、ユウキもまた笑顔になっていた。


「ユウキ、楽しい?」

「うん。楽しい。こんなの初めてだ」

「よかった。ユウキが楽しいなら、わたしも楽しい」


 白い歯を見せて、ヒナタが笑う。

 パンッとお互いの手を合わせた。


「これからよろしくね、ユウキ!」

「こちらこそ、よろしくね。ヒナタ!」


 

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