四十八.穏やかならず

 最初に敵が現れた地点では、村民たちが防人の助けを受けつつ懸命な抵抗を繰り広げている。


「おらおら、そんなへっぴり腰で戦っているつもりかよ!」

「ひっ!」


 賊のひとりが罵声に怯んだ村民の操る角翠へ肉薄するも寸前で防人の操る沙硫が間に割って入り、攻撃を弾いて後退させた。


「済まねえ、防人様」

「その言葉は後回しでいい! 一人で戦うな!」

「へいっ!」


 実戦経験に乏しい団員へ短く叱咤し下がらせると、自身はそのまま敵の前に立つ。


「俺が相手だ。半端どころに対するのも退屈だろう?」

「あん? 近くじゃ見ねえツラだな……例の赤いやつとも違うようだが」

「俺のことなど貴様が気にすることでもあるまい……我が槍の一撃をもって応えてやろう!」


 乱暴な動きで棍棒を振り回す敵に対し少しづつ左側へと位置をずらしていき、相手が自身の間合いを調整しようと露骨な旋回を試みた瞬間を見逃さず、胴体下部へひと突きを見舞った。操縦席に攻撃が届いたのか悲鳴が上がるものの、構わずとどめの一撃を入れて完全に沈黙させると緩めることなく次の敵を狙う。


「他愛もない」

「ちっ、さてはてめえが黒荘の言っていた……!」

「……ほう、奴らと縁があるのか。となれば、あれは『実験台』ということか?」


 防人は思い当たることがあるのか冷静に問い質したものの、相手は「いいから死んどけ!」と罵声を上げて遮二無二殴りかかってきた。左右で腕の大きさや長さが異なる奇妙な擬胴は腕力のみが武器であり、防御などは初めから考えていないのだろう。

 しかし、勢いだけの徒手空拳に負けるような防人ではない。槍を地面に突き立て敵に合わせるかのごとく素手になると、右腕部を掴み背負い投げを決める。

 更にその間隙を突いて槍を奪おうと接近してきた別の敵を無造作に蹴り飛ばし、槍を取り戻すとそのまま突進を仕掛け、早業に怯んだもう一機を串刺しにした。

 瞬く間に僚機を撃破された盗賊たちはようやく不利を悟ったのか、擬胴を失った仲間を放置して撤退していく。他の自警団員たちが残された盗賊を捕縛していくのを見ながら防人がひと息ついたところで、工房から戻ってきた泰輝が現れた。


「急いで駆けつけましたが、心配は無用でしたな」

「宇野殿か……工房はどうなりましたか?」

「退けはしましたが……一足遅く別の問題が発生しておりまして」


 泰輝が工房での出来事を説明すると、防人は少し間を取った上で「いやはや、うまく嵌められましたな」と嘆息する。泰輝も憂鬱そうに小さくうなずいた。


「面目次第もありませぬ」

「……いや、貴殿の責任ばかりではありますまい。それがしもいささか気配りを怠っておりました」


 気配り、という言葉に泰輝が怪訝な表情を浮かべるのに対し「ひとまずは里長殿に捕らえた賊どもを引き渡しましょう」としたうえで、続けて「桐乃さんの様子を見てからお話いたす」と述べた防人は自警団員たちを連れて移動していく。

 里長の家には水盟府の奉行所から派遣された准佐官じゅんさかん長峰ながみね彰義あきよしが到着したところであった。長峰は泰輝と防人に淡々と挨拶及び感謝の言葉を述べるとすぐに捕らえた盗賊たちの尋問に入り、お役御免とされた二人はそのまま川津の工房へと向かっていった。

 工房の前で男たちを出迎えた陽向の顔色は冴えない。


「状況は良くないままか」

「はい、川津様とレディが手を尽くしているのですが……」

「泰輝殿、それがしも様子を確かめたいのだが宜しいか?」


 泰輝が防人を連れて格納庫に入ると中にいたレディが「あー、これでも駄目ですか!」と言い、頭を抱えていた。


「一本ずつ換えていては侵食の速度に追いつかず、本体の呪いを直接改竄かいざんしようとすると反作用で桐乃を道連れにしかねない……何か良い策は無いものですかな」

「そうですねぇ。これを見ていると遠い昔に……っと、おかえりなさい泰輝さま」

「ああ、こちらは何とかなったが、レディ、お前をもってしても手に余る代物であったか」


 ねぎらいの言葉に七色の少女は苦笑いを浮かべつつ「質が悪い案件にはもう慣れました」と応じ、続けて防人へ目を向ける。


「茶渡の方……防人さんでしたっけ? 何かしら気になることがありそうですね」

「まぁ、そうなるかなお嬢さん。さっき何やら言いかけていたようだが?」

「えっ、いや、あれは……その……って、まさか『あれ』をご存知なんですか!」

「おいレディ、何のことだ?」


 また隠し事か、と目をむき出しにする泰輝にレディは思わず体を強張らせるが、防人は真面目な表情で「宇野殿、そこまでにしておきましょう。彼女に悪気はないと感じます」と取りなし、話を続けた。


「こちらでは既に旧聞という扱いなのだな……真胴をおいえ同士の争いに使っているのを見て、妙な感じはしていたが」

「ほう、つまり茶渡ではそのような運用は行なっていないと申されるか」

「白華に籍を置いていた貴方ですら知り得ておりませぬか……まぁ、彼らの立場からすれば不都合な事柄なのであろう」


 防人は肩をすくめ、川津に向けていた視線の先をレディへと動かす。


「では、最後に君へ聞いておこうか、お嬢さん。答えたくないのであれば、それを尊重しようとは思うが……」

「それ、断ったら泰輝さまが苛立つのを知ってて言ってません?」

「……はは、お嬢さんにも立場があろうと思ったまでのことだ。気分を害したのなら謝っておこう」


 ねるレディに防人は仰々しく一礼するものの、芝居がかった態度への反感が増したのか彼女は一層不満げな表情を示したが、先に逃げ道を断たれたからには答えない訳にもいかない。

 思っていたより面倒な性格してるんですね、と苦言を呈した上で少女は擬胴に似た何かの正体について、先ほど口にしかけた答えを述べる。


「私も実物を見るのは初めてになりますけれど、これは『でい』の一種である……と貴方は言うんですか?」

「その通り」


 茶渡から旅をしてきた男は、レディが記憶から引き出した言葉を肯定した。

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