第44話 樹木医の疑問

 カンナは先にずんずん進み、二人掛けテーブルにつく。


「それで面妖な話って何です?」


 カンナは興味を隠し切れない。ホール係がひっそりとオーダーを取りに来た。


「私はレモンティーで」

「僕も同じで」


 二人はホール係の顔も見ずに答える。佳太は初戦の完敗を巻き返すために喋りたくてうずうずしており、カンナも聞きたくて仕方なかった。


「面妖な話ってオカルトっぽい話?」


 目を輝かせてカンナは訊ねた。


「オカルトっていうのか何なのか、喫茶さくら丸の伐採した桜のことでね、海高の生物の先生が夜な夜な現れて、木を診断したり、接ぎ木をしたり、それから店内のテーブルの裏に絵を描いたりしてくれたって三咲が言うんですよ」

「海高の先生ですか?」

「ええ、それも数年前に亡くなった先生なんです」

「やっぱオカルト! クライアントの前では言えないですけど、そう言うのが一つでもあると仕事が印象に残りますもんね!」

「あ? そうですか? ご期待に応えられるかな」


 佳太は背筋を伸ばした。


「その先生には双子の弟さんがいて、その人は城址公園の植栽管理をやっていて、お兄さんである海高の先生に成りすましていろいろやったんだって三咲は言うんです。弟さん本人も兄貴に身体を乗っ取られたと真面目に言ってたそうなんですけど、最近その弟さんも亡くなったって」

「へぇ、まじオカルトっぽい。そんな外国の映画ありましたよね」


 カンナは目を輝かす。


「でしたっけ? 三咲と絵梨ちゃんは弟さんの演技じゃないかって思っているようですが、でもね、公園管理はウチの課の仕事なんですけど、調べてもそんな人いないんですよね。城中吉じょう ちゅうきちさんなんて出て来ない」

「城中吉さん?」


 カンナの目が丸くなり、佳太の眉が動いた。ホール係がそっとレモンティーを二つ、テーブルの端に置いて立ち去る。


「周防さんはご存知なんですか?」

「公園の城さんは知りませんけど、海高の生物の城先生は知ってますよ。城大吉先生ですよね。私、卒業生だし、受験の時の進路指導は城先生でした。もう亡くなったと聞きましたが」


「そうなんですか。では、お兄さんが実在していたのは間違いないですね」

「ええ。今の仕事も、やり方も、城先生の影響が大きいんです」

「なるほど。三咲が言うにはその城先生が、海高の裏門のオオシマザクラを伐採から守ったんだそうで」

「あー、有り得るな。草木そうもくにも魂があって、生きざまは動物より優れてるって、進路指導の時間に熱弁振るわれましたよ。木は死んでも身を残すんだとか。みんな『草木になれってぇのかよー』って白けてましたけど」


 カンナは笑った。そして真顔に戻った。


「城先生が、桜は伐採しても切り株に土をかければ大丈夫って言ってたのを覚えてます。その時は何のことか判らなかったけど、きっと喫茶さくらの話だったんだって今回気づきました」


「そうなんですか。昔から有名な木だったのかも知れませんね。海高裏門のオオシマザクラの件は僕も聞いた事があるんです。役所に公式記録はないですけど、無くもない話だなあって。そうそう、で、その城さん双子兄弟は喫茶さくら丸の常連さんの吉祥さんって方のお兄さんなんだって」

「へぇ! 吉祥さん。よく知ってますよ。アラカンだけど元気な人です。じゃあちゃんと実在の人じゃないですか」


 佳太はティーカップを持ち上げたが、すぐソーサーに降ろして腕を組んだ。


「そうなんですけどね。確かに兄弟は実在していた事になりますけど、喫茶さくら丸の桜の木の伐採前から都合よく現れて、誰も知らなかった古い切り株を掘り出したり、そこに接ぎ木をしたり、話が出来過ぎてる。おまけに接ぎ木の花は片方がピンクでもう片方は白だそうで、トリックアートみたいですよね」

「確かにタイミングは都合よく聞こえますけど、城先生は生き物を大切にしてらっしゃったし、双子の弟さんが意志を継ぐのも判らなくもないですけど。今回は桜姫を救ったことになるのは確かですけどね」


 カンナは笑った。


「桜姫?」

「ええ、絵梨ちゃんって小さい頃はそう呼ばれてたんですって。伐採された桜の木と仲良しだったから」

「伐採された桜の木…」


 佳太はしばし目を瞑ったあと、カンナの目を見て深く頷いた。


「やっぱり…」

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