第42話 これからの花びら
三咲が取り出された細長いものを覗き込む。包装紙でラッピングされているが、その先端から中身が見えた。
「あれ? 枝、ですか? 桜?」
千枝は更にバッグからナイフとテープ、それから小さなチューブを取り出した。
「これは中吉兄さんの形見。それで…もう一本ここに接ぎ木をするの」
「え?」
絵梨と三咲は面食らった。そういうことって…あり? いや、あるな、多分。
「ネットで見てたらさ、載ってたのよ、桜の接ぎ木の仕方」
「ああ、私たちも以前に調べまくりました」
「そうなの? 聞けばよかった。こっちの切り株にもう一本接ぎ木するとさ、ほら、双子の桜の木になるでしょ」
なるほど…。絵梨は感心した。双幹樹が復活するんだ。
千枝は、かつて城先生が進めたように、持参した枝の根元を斜めにギコギコとカットした。そして昨年伐採された切り株を睨む。
「うん。これにしよう。こういうひょろっと根元から出ている小さな枝を『
「ヒコバエ?」
「切り株の孫みたいだから、漢字では『孫が生える』って書くのよ。兄さんたちから見たあなたたちみたいね」
「へーぇ?」
千枝は切り株からひょろっと出ていた枝の先端も斜めにカットし、併せるように持参した枝を差し込んだ。
「絵梨ちゃん、ちょっと、ここ持っててね。巻くからさ」
絵梨が恐る恐る持つ枝の根元を、千枝はテープを取り出し、枝が重なった部分に巻き付けようとする。
「うーん、ずれるな。結構難しい。動画では簡単にやってたのにな」
「あの、私がちょっとやってみていいですか? 私も初めてなんですけど」
「おお、ありがとう」
「あの、ちょっと、ナイフもいいですか?」
絵梨は千枝からテープとナイフを受け取ると、枝の根元をV字型にカットし直した。続いて切り株から出ている枝には溝を入れ、その中にV字部分を差し込んだ。
「なるほど、そうやればずれないのね」
千枝が感心する。
絵梨ははめ込んだ部分の周囲にチューブの中身を擦り付ける。隣で見ていた三咲の瞳が一瞬揺れたが、絵梨は続けてテープをぐるぐる巻き付けた。そして出来上がりを真横から眺め、固定された事を確認した絵梨は道具類を千枝に返した。
「多分大丈夫と思うんですけど」
「絵梨ちゃん、初めてなのに器用ね」
「前に城先生がやるのを見ていましたから」
「孫には敵わないな。絵梨ちゃん、才能あるかもね。ここの桜は将来も安泰だ」
「一応、学校では生き物係なので。でもこの枝はどうしたんですか?」
「ああ、これね、海高の裏門の桜から頂いて来ちゃったのよ。お供えするからって誤魔化して」
「え? あのオオシマザクラ?」
「うん。種類が違うっぽいから、接げるかどうかはよく判んないんだけどね。私、漁協のパート断って、市役所であの裏門の桜のお世話をしようかなって思ってね」
「お世話?」
「そう。パートには変わりないんだけど、中吉兄さんの後継ぎで城址公園の植栽お世話係。差し当たっては市役所のティールームでホール係しながら勉強するの。こんな不器用なアラカンで務まるどうか、自信はないけどね」
千枝を挟んで、絵梨と三咲は少し下がって並んだ二つの切り株を眺める。三咲が言った。
「大丈夫です。吉祥さんと絵梨を城先生たちが守ってくれますよ! それが桜を守ることになるから」
「あはは、天国でも桜守ね」
一瞬笑いかけた千枝だったが、急に目を
絵梨は手を合わせながら切り株の上の空を見上げた。城先生たち、亡くなっても並んで桜を守ったんですね…。
ねぇ先生、来年の春、ここに一体どんなお花が咲くのでしょう?
絵梨には四月の空の彼方から、先生の声が舞い降りた気がした。
『そら、白とピンクやろ』
ホントですか? オオシマザクラの枝から花が咲くと、そう言うことになるのかな? 城先生の接ぎ木の花は同じ種類だから多分ピンクになって行く。一つの木に二色って凄くない? 他では見たことないけど。
私、ちゃんと勉強してみようかな、樹木医、いや桜守になるために。本当に後継ぎだ。絵梨は、白とピンクの花が咲き誇る双幹樹を想像してみた。お店も守ってくれるよね。城先生が守り、残してくれた桜が。
「吉祥さん、来年の春、双子の桜に白とピンクの花が咲いたら、さくらティーにして一番に吉祥さんに飲んでもらいますね」
「あら、ありがとう! 兄さんたちも天国で羨ましがるわぁ」
千枝は微笑み、その目尻から零れた涙が切り株に吸い込まれた。
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