第38話 妹

♪ カランコロン


「あれ? 勉強は?」


入って来たのは千枝だった。


「午前中はしてたんですけど、今は長い休憩中でーす」


 三咲が笑う。千枝は早速三咲の隣に腰掛け、トートバックから簿記のテキストを取り出す。三咲が聞いた。


「吉祥さんの資格試験っていつなんですか?」

「6月よ。2月にもあったんだけど、旦那の仕事の都合で無理だったのよ」

「ふうん。絵梨、城先生も生物系の資格を持ってたのかな」


 立ち上がってベンダーマシンでコーヒーを淹れていた千枝が三咲を振り返った。


「城先生 って言った?」

「はい。え?」

「海高にいた城先生のこと?」


 千枝がカップを持ち上げながら聞いた。


「そうです! 昔の先生」

「ふうん。知ってくれてるんだ。そんなに有名だったかな?」

「え? 吉祥さんもご存知なんですか?」


 絵梨が慌てて聞く。千枝はカップをカウンターに置いて、スツールに腰掛けると三咲と絵梨の方を向く。


「そりゃそうよ。私の旧姓は城だもの。兄さんなのよ」

「えー!」


 三咲と絵梨は揃って驚いた。


「じゃ、じゃあ、あの、弟さんのことも?」

「ああ、中吉ちゅうきち兄さんのこと?」

「中吉兄さん?」

「そう。双子なんだけど、一応兄弟として、上の兄さんが大吉で、下の兄さんが中吉。私も危うく小吉こよしって名前になるとこだったって母が笑ってたわ。父親も酷い名付けよねえ、幾らお神籤マニアでも。ま、結局苗字には『吉』が入っちゃったんだけどね」


 二人の高校生は開いた口が塞がらない。ようやく、絵梨が声を出した。


「あ、あの、私たち、さっきまで、その中吉兄さんと一緒にいて、えっと、それがずっと城先生を名乗ってて、すっかり私たち騙されちゃって…」


 絵梨は恐々と経緯いきさつと絵梨の推理を話した。千枝の目も丸くなる。


「そうだったの! あの接ぎ木をしたのも大吉兄さんを名乗る中吉兄さんだったってこと?」

「はい…、ついでに、このテーブルの裏の絵も」


 絵梨が指す先を千枝も覗き込む。


「あら? 三咲ちゃんじゃなかったんだ」


 喋りながら千枝は指でそっと目頭を押さえた。

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