第29話 神がかり

 夏休み以降はあっという間に時間が過ぎた。文化祭に体育祭。中学でも経験しているものの、高校はスケールが違った。行事が去ったら中間テストが待ち受けている。


「ったく、気が休まりゃしないよねー、すぐに寒くなっちゃうし。うぁーあ!」


 裏門近くのいつものベンチで三咲は大きく伸びをした。仰け反った三咲の目に裏門の大きな桜の木が入って来る。風に葉っぱも舞い散っている。三咲は絵梨に話し掛けた。


「桜ってさ、紅葉したら葉っぱ落ちるじゃない」

「うん。葉っぱたくさんでお掃除が大変だった。今年はめっちゃ楽だけど」

「後ろの大きな桜も、考えてみたら凄い落葉だよねー。公園だから目立たないけど」


 絵梨も振り返る。そう言えば文化祭の頃は綺麗に色づいていた葉が色褪せて、風に散っている。残りも僅かだ。


「もうすぐまる裸ね。寒くないのかな」

落葉らくようってね、冬眠なんだって。佳太おじさんが言ってた」

「ホント?」

「うん。葉っぱの茎の元にシャッターみたいなのが降りて、中の糖分とかを守って寒さにも強くなるんだって」

「へえ」

「そう言うの聞くとさ、木も生きてるんだって思うよね」

「うん。ずーっと前に城先生が、生き物としては植物の方がよく出来てるって言ってたね」

「ああ、言ってた、言ってた」


 秋の夕暮れはつるべ落とし。周囲は暗くなりかけている。二人は冬の準備中である桜の木を見る。その視線の先を、頭髪が白っぽい影がすーっと横切り、そしてその桜の木の陰に入って見えなくなった。


「え?」


 二人は顔を見合わす。


「い、今の、城先生?」

「そ、そう見えたけど…」

「なんだか木に吸い込まれたみたいに見えた」

「絵梨も? あたしもそう見えた。どこ行ったんだろ」


 二人は立ち上がり、裏門から桜の木を覗く。夕暮れ時の城址公園は暗く、城先生は見当たらなかった。二人は再びベンチに戻る。


「何だったの? 城先生の蜃気楼?」


 絵梨は引っ掛かった。そう言えば…


「私、初めて城先生を見た時、幽霊って思って逃げたんだ」

「え? いつの話?」

「うーんと、三咲が初めてお店に来た日の夜だったかな」

「え? 絵梨はそんな早くから城先生を知ってたんだ」

「ううん。誰だか判んなかった。ちゃんと知ったのは三咲が先生を連れて来た日。桜が弱ってるって言われた日」

「あれ?」


 三咲は考え込んだ。城先生って、確か、絵梨が…


「そうだっけ? 佳太おじさんが桜が衰弱してるから切った方がいいって言った次の週にさ、絵梨が朝から落ち込んで、教室飛び出した事あったじゃない。で、あたしが追いかけて、ホームルームさぼってこのベンチに二人で座ってたら、城先生が『授業は?』って聞いて来たじゃない。あの時だよ、初めて会ったのは」


 絵梨はきょとんとした。


「知らない…。その日のことは覚えてるけど、三咲が『生き物係の活動計画』とか叫んだのしか知らない」


 あれ? 三咲もきょとんとした。ま、あの日は絵梨、めっちゃテンション低かったから判んなかったのかな。


「まあいいけど、でもあの日に初めて城先生がここに来たのよ。箒を持ってたから先生かどうか判んなかったんだけどね」

「ふうん」

「それにしても、先生はいつもここに現れるよね。校内では見たことない。前に城先生のことを先輩に聞いたんだけど、先輩も面倒だったみたいで『判んなかったわー』で済まされちゃったし」

「ふうん。でも店の桜を接ぎ木してくれたのは城先生だったよ」

「うん。存在を疑う訳じゃなけど、存在感うっすーとも思うね」

「そうね。全体に白っぽいし!」

「それ、言わない方がいいんじゃない? あ、髪が無いよりはいいのかな」

「あはは、カミがかってるよねー」


 二人はベンチに座ったまま、足をブラブラする。


「帰ろっか。暗くなっちゃう」

「うん。絵梨、電車ある?」

「うん、15分後」

「オッケイ!」


 すっかり暗くなった秋の夕暮れ、裏門から出て行く二人を、葉を落とした大きな桜がじっと見守っていた。

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