Eのリーヴェスト

箱庭織紙

Eのリーヴェスト

 ――人類軍と魔王軍による、血で血を洗う戦争から八百年後。

 辛くも戦争に勝利した人類は繁栄したが、個々の資質が反映される『魔法』を徐々に切り捨てていった。

 しかし、代わりに個人差がない科学技術をより高度なものへと発展させていた。

 だが、魔法は完全に人類史から姿を消したわけではなく、極一部の人々によって存在を保っていた。


 その人々を、社会は『リーヴェスト』と呼んだ。


 ― ― ― ― ―


 ルストラ王国の首都・カルヴァにリーヴェスト機関は存在する。

 その名の通り、リーヴェスト達が管理、運営する機関だ。

 八百年前から存在する城を模した建物が機関の本拠地であり、約千名のリーヴェスト職員が日夜ここで働いている。

 そしてその建物の一階、書類保管室で朝早くから作業をしている少年がいた。


「えっと、これが二ヶ月前の報告書……だよね? で、これが三週間前」


 少年の名前はレムナ・ルージ。

 一年前からリーヴェスト機関に所属している、十七歳のE級リーヴェストである。

 机に座り、ノートPCを傍らに開いている。

 赤毛を指で弄りながらじっと見つめていたのは、数年前の魔物被害報告書だった。


 八百年前に魔物軍が倒されたとはいえ残党の息は長く、今日まで魔物は人間に被害をもたらし続けている。

 軍隊や警察が魔物達から人々を守っているが、魔物の中には魔法を使わなければ倒せない者もいるため、リーヴェストがそれらの討伐任務を請け負っているのだった。


「お。朝から書類調べながら勉強とは感心だな、レムナ」


 レムナが入り口の方を振り向くと、そこにはコートを着た背の高い男が立っていた。

 少し長い黒髪を後ろで束ねているその男は、オーツ・べチカ。

 レムナの直属の上司である、A級リーヴェストだった。

 人当たりがよく、それ故にレムナもよく頼っている男である。

 オーツは近くまで来ると、机に手をつく。


「おはようございます、オーツさん。いや、昨日寝る前に考えてたらちょっと気になったんですよね」

「何がだ?」

「最近の魔物出現情報、段々少なくなってるじゃないですか。約一年前から緩やかに減少して、今月なんて一年前から三割も減ってますよ。何か魔物側に新しい動きがあったんじゃないか、って」

「うーん、どうだろうなぁ。レムナの考え過ぎな気もするけどな。魔物の一時的な減少なんて、今まで何度もあったからなぁ。長い目で見れば誤差の範疇な気がするけど」

「そう……なんですかね」


 レムナは何か納得がいかない顔をしながらも、資料を閉じて棚にしまう。

 オーツは無精ひげをいじりつつ、レムナに言った。


「お前はちょっと慎重過ぎるんじゃないか? まぁそこも長所かもしれんが……そんなことより、お前まだ朝飯食ってないだろ? 美味いハンバーガー屋が近くにできたんだ、食いに行こうぜ」

「そうなんですか? じゃあ行き……」


 しかし、その時。

 突然、天井に設置されてあるスピーカーから、聞いたこともないような轟音のサイレンが流れてきた。

 思わずビクッと体を震わせる二人。

 さらに、サイレンに数秒遅れて、スピーカーから途切れ途切れに職員の声が聞こえてきた。


『き、緊急事態発生!! 魔法を使用する、何者かが機関に……侵入、しました!! オペレーター室を破壊し、地下の、第一級魔道具保管庫に入り込もうと、しています! 機関内のA級リーヴェストはすぐ……に、向かっ……て……』


 力尽きたのかそこで職員の声は途絶え、聞こえてくる音はサイレンだけになった。

 レムナとオーツの知る限り、今までリーヴェスト機関が襲われたことは一度たりともない。

 強力な魔法防護壁が建物周辺に張り巡らされており、それが何人の侵入も許さなかったからだ。

 レムナは咄嗟の出来事に、オーツの方を不安気に見る。


「オイオイオイオイ……! 朝飯は後だ、ちょっと行ってくる。かなりヤバそうだなこりゃ」


 侵入者が向かっている第一級魔道具保管庫には、悪用すれば一国を制圧できるような強力な魔道具が揃っている。

 どんな目的で入ってきたにせよ、侵入者に魔道具を渡すわけにはいかない。

 オーツは走って部屋を出て行こうとする、が。

 レムナはそれを引き留めた。


「ま、待ってください! 僕も一緒に行きます!」

「ハァ!? お前はまだ下っ端だろうが! お前が行ったって何もでき……」


 明らかに否定的なオーツだが、何かに気付いたようにはっと顔をこわばらせる。

 その表情を見たレムナは、食い気味に返答した。


「僕の『能力』を使えば何とかなるかもしれないじゃないですか! それに、今A級のほとんどは魔物の大規模討伐に向かっているでしょ!?」

「いや、一理あるかもしれんが……クソッ、話してる時間が惜しい! そんなに死にたきゃ付いてこい!」 

「はい!」


 レムナの言葉にひるんだオーツは、同行をなし崩し的に許す。

 二人は部屋を出て、地下に向かう直通エレベーターへと走り始めた。


「まぁ、死なせないけどな!」


 不穏な空気をよそに、走りながら微笑するオーツ。

 それにつられ、レムナも少しだけ笑う。

 侵入者を止めるために、二人は機関内を駆け抜けていった。


 ― ― ― ― ―


「うわっ!? 一体どうなってんだよ!」

 

 オーツが目の前の光景に、思わず驚きの声を上げる。

 エレベーターへ辿り着いた二人が見たのは、無惨に変形したエレベーターの残骸だった。

 扉の縁はぐちゃぐちゃに焼き切れていて、中を覗くとエレベーターの箱より大きい物体が通ったように、壁面に凸凹とした起伏が出来ていた。


「仕方ない、階段で行くぞ!」

「は、ハイ!」


 エレベーターの横を通り過ぎ、少し離れたところにある階段に走る。

 幸い階段は壊されておらず、二人は一直線に駆け下りた。

 レムナは時々転げ落ちそうになりながらも、息を切らせながらオーツについて行く。

 やがて、地下まで降り切った二人が見たのは。


 オーツは悲痛な声を漏らした。


「大分暴れられてるな、これは……」


 第一級保管庫に向かう道には、多くのリーヴェスト達が血を流し倒れていた。

 辛うじてまだ息がある者もいれば、うつ伏せや壁にもたれたままピクリとも動かない者もいる。

 レムナは倒れている者達を介抱したい気持ちを抑えつつ、無言で道を走った。

 そして、ようやく二人が第一級保管庫に辿り着くと、そこには。


「お? 増援か、って二人かよ! 二人じゃ俺は止められないって」


 保管庫中央の床には円形状のクレーターが出来ており、その真上には黒いローブを着た男――侵入者が宙に浮いていた。

 そしてクレーターの周りには、多くの人間のバラバラになった手足や胴体、それらが集まった血溜まりが広がっている。

 貴重な魔道具、いや魔道具だったものの破片も、辺り一面に散らばっていた。


 宙に浮いている侵入者は、顎に手を当てニヤニヤと笑いながら、オーツとレムナを舐めるように見る。

 深緑色の髪、そして頬に三日月のようなアザがある侵入者の顔を見て、オーツは既視感を覚えたような表情を見せた。


「お前、もしかして!」

「あ、そちらのお兄さんは俺を知ってるの? 嬉しいなぁ。さっきまでここに居た奴らは、顔を見せる前にほとんど殺しちまったから」

「オーツさん、誰なんですかあの人」

「……そうか、レムナはあの事件を知らないんだったな」


 オーツが語るところによれば、侵入者の名前はグライ・ジルベイル。

 数年前まで機関に所属していたリーヴェストであり、ある日、魔物を討伐していた最中に突然三十五人の同僚を殺し、その後逃走を続けていた男とのことだった。


「グライ・ジルベイル……なぜお前がこんなところに」

「嫌だなぁ、お兄さん。俺を知ってるなら、俺がリーヴェストだってことも知ってるだろ? 自分の勤め先に数年ぶりに戻ってきただけだよ」

「仮にお前がまだリーヴェストだったとして、仲間を殺戮するようなヤツにリーヴェストを名乗る資格なんてねぇぞ……!」


 オーツは右手を前にかざす。

 すると目の前に、オーツの身の丈ほどもある細い金色の杖が出現した。

 杖は金属のような滑らかな質感をしていて、先端には四つの金の輪が取り付けられており、その真ん中には緑色の宝石が埋め込まれていた。


「勝負だ、犯罪者。何しに来たのか知らないが、血溜まりを作っておいてタダで帰れると思うなよ。レムナ! お前は下がってろ。アイツは俺の手で倒す……リーヴェストの誇りに賭けてなッ!」


 後ろでたじろいでいたレムナにそう命令すると、オーツはグライ目掛けて飛び掛かった。

 構えながら、満面の笑みを浮かべるグライ。


「全力で向かってくるヤツは好きだぜ! ブッ殺しがいがあるからな!」

「ほざけッ!」


 両腕で杖を握ったオーツは、一瞬の間に杖に魔力を纏わせ、全力でグライを叩きつけようとする。

 しかし、振り下ろされたそれをグライは白刃取りした。

 そしてそのまま杖を掴み、オーツごと投げ飛ばす。

 

 魔道具の保管棚に直撃するオーツに対し、思わずレムナは叫んだ。


「オーツさん!!」

「大、丈夫だ。まだ戦いは始まったばかりだからな」


 レムナも手助けを考えたが、オーツからの待機命令を守ることが第一である。

 それに、レムナにはまだ実戦経験というものがほとんどなかった。


「そうでなくっちゃあねぇ? 少しは俺も本気を出したい」


 瓦礫の中から立ち上がったオーツは、杖をグライに向ける。

 すると杖の先端である宝玉部分が眩く光り出し、魔力が一気に収束し始めた。

 やがて魔力と混ざった光は、オーツの身の丈ほどもある球形になる。

 オーツは叫んだ。


「レフレデンス・ディア・ソレル!!」


 光球から五本の細い光柱が発射され、グライの胴体に直撃する。

 凄まじいエネルギーを帯びた攻撃。

 これが、リーヴェスト達が使う『魔法』であった。

 光柱の威力によって、グライは壁に打ち付けられる。


「ぐッ……へぇ、ちょっとはやるじゃんか! さっき殺したA級はなんてことなかったが、少しは見込みのあるヤツがいたみたいだ。俺も嬉しくなってきたぜ!!」


 壁から落ちる際に宙返りして、難なく着地するグライ。

 身にまとっていたローブを破って脱ぎ捨てると、両腕を突き出した。

 オーツとレムナは訝しむ。


「見てろよお前ら、これが俺の魔法の……一端だ」


 グライの両腕に闇が引き寄せられる。

 それらは少しずつ覆うように腕を取り囲み、やがてパキパキという音と共に固まり出した。


暗史節鋳腕あんしせっちゅうわん破羅阻気はらはばき


 グライの腕から闇が退くと、そこには暗褐色の籠手が装着されていた。


「ルストラじゃこういう魔法は珍しいんじゃねぇかな? ジロク義帝国に眠っていた、禁術書から得た魔法だ。お兄さんのレフなんとかは相手になるかな?」

「怪しげな魔法だが、闇がある所には必ず光がある。俺の光柱を舐めてもらっちゃ困るな!」


 オーツは杖の周りに、先程とは比較にならないほど細い光柱を無数に出現させる。

 それはもはや、光柱というより光の槍に近かった。

 光の槍は杖から四方八方に飛び散り、グライを球状に覆う。


『レフレデンス・ディア・ヘイルベスト!!』


 光の槍達は、真中にいるグライを一斉に突き刺そうとした。

 だが、グライは体を捻ると腕を全方向に振るい、光の槍を全て叩き折った。


「舐めてもらっちゃ困るって、この程度で言われてもな」

「な……!?」

「さっきはお兄さんを見込みがあるって言ったが、あれは俺が魔法を使わずに戦った場合みたいだ。これで終わりか……悲しいなぁ」


 顔を両手で多い、傷一つ負っていないのに苦悶の声を漏らすグライ。

 はっきりと、格下の相手だとオーツを判断したようだった。

 オーツはこめかみに青筋を立てる。


「ふざけるなよ、お前はここで俺が倒す!!」

「えー、なに熱くなってるんだよ。第一さぁ、さっきからお兄さんは怒りながらバトってるけど、無駄にカッカしてたら攻撃も空振りになっちまうぜ?」

「俺の仲間達を殺したお前に、俺を諭す権利なんてあるわけないだろうが……!!」


 オーツは杖の周りに光の槍達を纏わせ、力に任せてグライ目掛けて投げつけた。

 杖に光の槍を纏わせての投擲は単純明快な攻撃方法ながら、オーツの魔法の中で最強の火力とスピードを誇っている。

 しかし、それに対して。


「そんなもんなのか」


 杖が腹部に刺さる瞬間、グライは片手で杖を掴んで止める。

 今までこの投擲を止められたものはいない。

 レムナがオーツを見ると、オーツは完全に血の気が引いているようだった。

 グライは止めた杖をしばらく嘗め回すように見た後、杖に力を込める。


 すると、籠手から滲み出てきた漆黒の闇が段々と杖を侵食していき、やがて完全に光は闇に覆われてしまった。

 それをグライは構え、オーツに焦点を当てる。

 咄嗟にレムナは叫び、手を伸ばす。

 オーツの体が少し動きかけたところでしかし、オーツの命令を思い出し、一瞬ためらってしまった。


「オーツさん、逃げてください!!」

「じゃあな、お兄さん。まぁよくやったと思うよ」


 しかし、時は既に遅く。

 グライは杖を投げた。

 光速とも見紛う速さでオーツの腹部に直撃し、そのまま貫く。

 杖によって地面に磔にされたオーツは、むせるように口から血を吐き出した。


「オーツさん!!」

「レ、ムナ……」


 オーツに駆け寄るレムナ。

 体から杖を引き抜こうとするが、闇の影響なのか強い力で固定されていて、レムナの手では動かすことすらできなかった。


 オーツに「一人で戦いたい」と言われた時に無理矢理にでも自分も戦っていれば。

 グライが杖を受け止める前に加勢していれば。

 レムナの後悔は尽きなかった。

 自然と涙が溢れてくる。


「オーツさん! ああ、どうか……」

「あ……ぁ……」


 レムナの想いも虚しく、オーツの目から光が消える。

 それと同時に、杖が刺さった周りからオーツの体が黒ずんでいき、杖と同様に体全部を闇に覆われてしまった。

 一連を見ていたグライは手首をグルグル回し、その場で伸びをすると。


「うーん、じゃあ帰るか。欲しいものも手に入ったし」


 それだけ言うと、暗褐色の籠手を撫でた。

 すると、籠手はサラサラと空中に粒子となって消えていく。

 そしてグライは懐から携帯電話を取り出し、頭上に突き上げた。

 ボタンを押すと同時に、グライの頭上の空間が歪み、黒い穴が出来る。

 去り際、グライはレムナに話しかけた。


「じゃあな少年。先輩みたいな無謀な戦いは挑まず、長生きするんだぞ」

「……るな」

「え?」

「ふざけるな!!」


 瞬間、グライを指さすレムナ。

 それと同時に、グライの両腕は異常な音を立てて折れ曲がった。

 一瞬で無惨な形になった両腕。

 痛みに顔をしかめながら、グライは叫ぶ。


「ぎッ!? ……何だ、お前は!」


 レムナは真っ直ぐグライを見据え、静かに呟く。


「……Eの、リーヴェスト」


 グライはその言葉を聞いたことがあったらしく、理解した表情を見せた。


「そうか、お前があの……クソ、お前と戦っておけばよかったか! けど、流石に腕がこれじゃ万全で殺れないんだ。カッコ悪いが、今回は逃げさせてもらうぜ」

「待て!!」


 追撃しようとするレムナだが、それよりも早くグライは黒い穴の中に消える。

 残されたのは激昂したレムナと、黒い死体となったオーツ。

 そして、数多のリーヴェスト達の亡骸だった。


「……クソッ!」


 レムナは吐き捨てるように言うが、同時に膝から崩れ落ちる。

 とめどない涙が、目から零れ落ちた。


 ― ― ― ― ―


「今回殉職したのは、EからBまでのリーヴェストが二百五十七名。そしてA級リーヴェストが三名です。中でもオーツ・べチカを失ってしまったのは、我々にとっても痛手ですね」


 リーヴェスト機関の最上階にある円卓会議室。

 グライの侵入から三日後、そこでは今回の襲撃による被害報告会が行われていた。

 円卓には全部で十五の席があり、その内の七つが埋まっている。


 殉職者の数を報告しているのは、A級リーヴェストであるキュール・リリンキュール。

 青いメッシュが入っている、銀髪をたなびかせた鋭い目つきの女性である。


「侵入者はグライ・ジルベイル。かつて機関に所属していた男です。数年前に同輩を複数人殺害し、以降行方不明でした。今回、第一級魔道具保管庫に侵入し、書物型魔道具の『露光詩篇ろこうしへん』を盗んだ後、逃走しました。以上が今回の件についてわかっている全てです、セヴェン会長」


 キュールは円卓の向かい側に座っている老人を見る。

 老人と言っても、骨と皮ばかりの瘦せこけた人物ではなく、筋肉質ながっしりとした体つきの老人だった。

 年は六十代後半ほどだろうか、結わえた長めの髭を蓄えている。

 老人の名はセヴェン・ラグヴェーン。

 リーヴェスト機関の会長兼、機関唯一の『魔法を使用しないリーヴェスト』だった。


 リーヴェストは基本的に魔法を使って魔物を討伐するが、例外として魔道具を用いて討伐するという方法もある。

 セヴェンはその第一人者だった。

 四十五年前に起きた『光輪の儀』で一万の魔物の軍勢を、数十の魔道具を使いたった一人で討伐した、という経歴を持つ。


「ふむ、ありがとうキュール君。さて、以上のことからここにいる皆にも、事の重大さをわかってもらえたと思う。露光詩篇を悪用されれば、世界転覆も可能かもしれない」


 セヴェンはそう言うと、卓上に置いてある品の良いコーヒーカップを取り、一気に飲み干した。

 『露光詩篇』。

 書物型魔道具で唯一、第一級保管庫に保管されている魔道具。

 その効果は単純明快かつ強力なもので、詩篇を開いて中に書かれてある呪文を読むと、本の力が解放されて三十秒間だけ世界中の魔力が詩篇に付与される、というものだった。


 当然、付与されるということは魔力を使って魔法を使用するリーヴェスト達が、一時的に魔法を使用できなくなることを意味していた。


「そして、私の元に先程、このようなホログラムメッセージが届いた。皆にも見てもらおう」


 懐から封筒を取り出し、中からデータチップを取り出すセヴェン。

 それを卓上に設置されてあるホログラム映写機にセットし、再生ボタンを押した。

 途端に空中に映像が映し出される。

 そこには。


『やっほー、リーヴェストのお偉方。俺を知ってる人もいるかとは思うが、改めて名乗っておく。俺はグライ、グライ・ジルベイルだ。今回、機関に侵入して露光詩篇を盗んだ張本人。まぁ、これは盗みに行く前に撮ってるんだけど』


 少し前のめりに椅子に座って手を組み、にこやかに笑うグライの姿があった。

 円卓に座っている一同は、途端に張り詰めた雰囲気を漂わせる。


『このホログラムは、セヴェン会長に送るつもりだ。途中で送り返されちゃったらどうしよ……ってそんなことは今はいいよな。この映像で自分が言いたいことは一つ。宣戦布告だ』

「宣戦……布告」


 キュールは思わず反芻する。

 機関はテロ行為に脅かされることが何度かあったが、その度に返り討ちにしてきたという過去がある。

 しかし、今回は今までのモノとはわけが違う。

 本拠地の内部に侵入され、甚大な被害をもうもたらされているのだ。


 そんな人物からの宣戦布告という言葉に、キュールは冷や汗をかいていた。


『俺が侵入した日から二週間後の午後二時、俺は魔物の軍勢を使ってリーヴェスト機関を襲撃する。魔物の数は約十万。まぁ、機関の人間だけじゃ太刀打ちできないだろ。そこで、だ。戦いが好きな俺は少しハンデをやることにした』


 グライは両手の人差し指で、空中に大きな四角を描く。

 すると、簡単な図が現れた。

 黒い穴と、沢山の魔物、それと機関である城がデフォルメ調の絵柄で描かれてある。


『十万の魔物を王都に移すため、俺は転移魔法を使う。黒い穴が空中にできる奴だ。で、当然ながらこの穴は転移中開きっぱなしになる……あとはわかるな?』


 自分の頭を軽く殴り、倒れるフリをするグライ。

 要は『転移先は自分がいる空間に繋がっている。そこまで俺を倒しに来い』と言っているらしい。


 円卓の一同はそれぞれ、黙ってコーヒーを飲む者や何かを考えこむ者もいれば、セヴェンに「私を行かせてください!」と声を張り上げる者、頭を抱え震えている者など三者三様だった。

 セヴェンはそれらの者達に対し、冷静な声で諭すように言う。


「まだ続きがある。とりあえずは全部聞いてみてから判断してくれ」

『魔物が王都を壊すのが早いか、俺がリーヴェストに叩かれるのが早いか。まぁ一種のゲームだな。逃げてもよし、助けを呼んでもよし、戦うのはもちろんよし! とことん祭りを楽しもうじゃないか。じゃあな、親愛なるリーヴェスト諸君』


 ホログラムが自動で途切れたのを見てから、セヴェンは隣に座っている者に尋ねる。


「これが侵入者……グライから送られた映像の全てだ。これを見て君はどう思うかね? レムナ・ルージ君」


 本来、円卓会議室を使用できるのは、会長と選ばれたA級リーヴェストだけである。

 しかし、レムナはオーツの代理兼グライと交戦した者の生き残りとして、出席を許されていた。


「自分は……グライが何を考えているのかは、よくわかりません。ただの快楽主義者にも見えるし、そもそも殺人者の考えなんて知りたくない……でも」

「でも?」

「アイツはオーツさんを殺したんです。僕はあの人を助けることが出来なかった。だから、せめてアイツに直接会って、奴の計画を叩き潰さないといけない。それが僕なりの、オーツさんへの贖罪です」


 ハッキリと言い切ったレムナを見て、セヴェンは目を細める。


「そうか。だが君は、まだリーヴェストとしての力があまりにも未熟だ。グライに一矢報いた攻撃も、君固有の“能力”のおかげだろう? その能力だって、君自身の感情に左右されるものだ、出力の浮き沈みは激しい。それでも、どうしても行かねばならないかね?」

「はい。自分自身にけじめをつけるためでもありますが、万が一露光詩篇をグライが使った場合、グライを止められるのは恐らく僕だけでしょう?」

「……ふむ、それは確かに。わかった、君の出動を許可しよう。だが、君一人では行かせられない。ここにいる、私以外の全員で行ってもらう」


 他のA級達がざわめく中、その言葉を聞いたキュールは思わず立ち上がった。


「会長、お言葉ですがその作戦は無謀ではないでしょうか? 魔物を多数殲滅できるA級リーヴェストは、ここにいる者で全部です。会長のお力を低く見ているわけではありませんが、流石に防御が心もとないかと」

「いや、大丈夫だよ。第一級保管庫のさらに地下、第零級保管庫の魔道具を使おうと思っている」

「な……!? しかし、あそこに保管されている魔道具は、持ち主の寿命を削ってしまう諸刃の剣では!?」

「私が使えば大丈夫だ。久々に私も、派手に暴れたい気分でね」


 にこやかに笑いながら服のすそを捲るセヴェンを見て、キュールはため息をつく。

 会長の決断は、どうやら揺るがないようだった。


「わかりました。ではここにいる会長以外の全員で、グライの本拠地に殴り込みをかけます。メンバーはA級の『キュール・リリンキュール』『ジテ・ナイン』『スーゼイ・アニル』『デクレン・ガグ』『イルマ・ジルア』、そしてE級『レムナ・ル―ジ』。作戦決行日は十一日後です」


 レムナはホログラム映写機を見据える。

 グライは自分の手で止めなければならない。

 自分のこの感情に、決着をつけるため。


 力を入れて見つめ過ぎたのか、映写機の側面は少しへこんでいた。


 ― ― ― ― ―


 グライの侵入より二週間、そして被害報告会から十一日後。

 ついにその日は来た。


 機関の本拠地がある首都カルヴァは、七日前から他の国や街に住民を避難を始めていた。

 よって、今首都にいるのはリーヴェスト達とルストラ王国軍だけである。

 街の中を武装した兵士達が慌ただしく走っていくのを見ながら、レムナは機関の前で装備の確認を行っていた。


 装備と言っても、防弾チョッキ型の魔道具を着ている以外は普段のリーヴェストの制服通りだったので、十数秒で確認を終える。

 手首や首を回したり準備運動をしつつ、他のメンバーが来るのを待っていると。


「早いですね、レムナ君」


 レムナが振り返ると、そこにはキュールが立っていた。

 キュールはリーヴェストの制服の上から、深緑色のローブを羽織っている。

 八百年前の魔導士みたいだな、と思いつつ、レムナはキュールに言葉を返した。


「もう準備することがないので、どうせなら早く来ておこうかなと」

「いい心がけです。私ももう少し早く来たかったのですが、これを取りに行ってたもので」


 懐からキュールは短弓を取り出した。

 レムナはまじまじとそれを見る。


「弓……魔道具ですか?」

「そう。第一級保管室に保管されていた魔道具、「捻流弓」です。グライが開ける移動用の穴は恐らく空に開くと思うので、そこまでたどり着く道を作るための魔道具です」

「なるほど。でも、普通にヘリとかを使って向かうのではダメなんですか?」

「転移魔法はその性質上、周囲の空間の位相が常に細かく変化し続けます。ヘリでそんなところへ行くと、万一事故があってはいけませんから」


 レムナに説明しつつ、捻流弓の弦を引き絞って使い勝手を確認するキュール。

 伸びをしながらレムナがそれを見ていると、後ろの方から数人歩いてくる音が聞こえてきた。


「レムナ君とキュールさん、もういるじゃん。待たせちゃってごめんね」


 歩いてきたのは三人の男女。

 全員、先日の被害報告会に出席していたA級リーヴェスト達だった。

 真ん中の爽やかな長身の男が、二人に謝る。


「いえ、僕はやることがなかっただけなので。えっと、イルマさん……でしたっけ?」

「そそ、イルマ・ジルア。A級の中でも新参者でーす。よろしく」


 なんとなく話しやすそうな雰囲気を感じつつ、イルマと握手するレムナ。

 するとイルマの右隣にいた、アフロで垂れ目の女も、レムナに向かって手を差し出してきた。


「アタシも握手してほしいな~なんて。レムナ、Eのリーヴェストって通り名でこの前話題になってたじゃない? ミーハーだから、有名人に会うと絡みたくなるんだよね~」

「え、ああ、どうぞ」

「あ、アタシの名前はスーゼイ・アニル! 以後よろしくね~。あ、ついでに写真も撮っていい?」


 スーゼイと握手し、携帯電話で写真を撮られるレムナ。

 自分がそんなに認知されていると思わなかったので、少し恥ずかしい気持ちになりながら、スーゼイが写真をネットに投稿するのを見つめていた。

 イルマは苦笑する。


「レムナ君、ごめんね。この人いつもこんな感じだから、人のペース考えないんだよ」

「あ、いえ僕は大丈夫ですけど……僕との写真なんか、価値あるのかなって」

「いやいや、機関の中でも相当な有名人よ、君? このルストラ王国の国王だって名前知ってるはずだし。なんせ、あんな経緯で機関に入った人は他にいないからね」

「はは、そうですかねぇ」


 言葉を濁すレムナに、今度はイルマの左にいた大柄で仏頂面の男が話しかけてきた。


「そうだ。有名になるのは色々と不便だが、その一方で顔が利く。うまく利点を覚えておいた方がいい」

「あ、ありがとうござい、ます?」

「む、申し遅れたな。私の名前はデクレン・ガグ。握手でもしておきたいところだが、あいにく手は商売道具なので控えさせてもらっている」

「な、なるほど」


 キュールは一同を見渡してから、いない残り一人のことを考えため息をついた。


「一人いない……ジテさん、またですか」

「あ、ホントだ。ジテさんってA級の人ですよね。どんな人なんですか?」

「そうですね……一言で言うと、実力はあるけれど自信が伴わない人です。臆病な人でもあります。連れてくるので、レムナ君はイルマさん達と待っていてください」


 機関の中に入っていくキュールを見送った後、レムナはイルマ達と何となしに世間話を始める。

 やがて、集合時間をとっくに過ぎた頃。

 機関の入り口から、悲鳴が聞こえてきた。

 驚いて振り返るレムナとは対照的に、微妙にどう反応すべきか、という顔をするイルマ達三人。


「え、何ですか今の悲鳴?」

「あー……いや、俺達は聞き覚えがあるけど、レムナ君は初めてだったね。紹介するよ、彼女がジテ・ナインちゃん」


 入り口から出てきたキュールに引きずられてきたのは、ピンク色のツインテールが特徴的な、小柄な少女だった。


「い、嫌だ!! 嫌だ!! 敵の本拠地に乗り込むのとか一番危険な仕事じゃないですか!! 私は行きませんからね、キュールさん!!」

「ごちゃごちゃ言ってないで、自分の足で歩いてください。作戦上ではあなたの力が不可欠です。死んでもいいので戦ってください」

「うわああああああ嫌だああああああ死ぬのは嫌ああああああ!!」

「じゃあ死なないように戦ってください。さて、これで全員揃いましたね」


 キュールは周りを見渡す。

 レムナ、イルマ、スーゼイ、デクレン、そしてジテ。

 この六人でグライの本拠地に乗り込む。

 その戦いが、数分後に迫っていた。

 キュールが今一度全員に周知させるように言う。


「気合を入れ直してください、皆さん。固まって行動するのが一番いいですが、正直転移魔法の向こう側ではどのような戦い方を強いられるかわかりません。とにかく、グライを叩くことが第一目標です。皆さん、それを忘れないでください」


 ジテ以外の一同は、真剣な面持ち頷く。

 レムナは軽くその場でジャンプし、体のほぐれ具合だけ確かめると、空に目線を据えた。

 キュールは弓を少しいじった後、腕にはめていた時計を見つめ、そして視線を空に移すと叫ぶ。


「捻流弓をセットしました! 皆さん、準備は良いですね! 魔物の軍勢、襲来します!!」 


 首都・カルヴァの空に、巨大な暗黒の穴が開いた。


 ― ― ― ― ―


 機関の円卓会議室。

 外を一望できるように配置されている窓から、首都上空に穴が開くのをセヴェンは見ていた。


「ふむ、来たか」


 片手に持っていたコーヒーを飲み干し、カップを円卓に置くと部屋を出る。

 エレベーターに乗り込むと、ポケットに入れていた指輪を取り出した。


「この指輪を使うのは、光輪の儀以来だったかな」


 指輪の名は『第六の契約』。

 これこそ、被害報告会にてセヴェンが言及した、第零級保管庫に厳重保管されている魔道具だった。


「グライ・ジルベイルという人間に同調は出来ないが、強いて共感できるところを挙げるなら」


 ゆっくりと、セヴェンは指輪をはめる。

 瞬間、異常な量の魔力がエレベーター内に充満する。

 常人ならば、その濃度だけで気絶してしまうような量の魔力が溢れ出していた。


「戦いを楽しんでいる。その一点だけは、私とグライは趣味が合うらしい」


 セヴェンは不敵な笑みを浮かべる。

 同時に、エレベーターは地上一階に着いたようだった。


 ― ― ― ― ―


 カルヴァ上空に開いた黒い穴に向かって、キュールは矢を放った。

 矢はキュールから離れるほど加速していき、やがて穴の中に吸い込まれる。

 数秒遅れて、穴の中から透明な青いトンネルが下りて来た。

 その幅は二メートルほどで、人ひとりが少し余裕を持って走れる程度の広さである。


 そんな中、穴からはゆっくりと無数の魔物が降下していた。

 獣や鳥のような姿の魔物や、人型の魔物がほとんどだったが、中には神話生物のような姿をした魔物もいる。


 魔物は普通の動物と大差ない姿のものがほとんどだが、皆一様に体のどこかに大きな六芒星型の紋様が刻まれていた。

 これが、普通の生き物と魔物を判別する時の違いだった。


「走ってください、皆さん! 穴の向こう側がどうなってるかわからない以上、この青い道もすぐ消える可能性があります!」


 そう言うと、キュールは先頭を切って走り出した。

 その後ろをレムナ、スーゼイ、デクレンの順で走り、最後尾にはまだ行くことを渋っているジテを抱えたイルマが走っていた。


 かなりの高さに出来ている穴から、地上に向けて道が伸びているので傾斜がかなりあるが、一番確実な移動手段に対して文句を言う者はいなかった。

 しかし、別の文句を言う者が一人。


「最悪ですよこんなの! 強制で死地に送られるって何かの罰ゲームなんですか!? もう帰りたい、帰って寝たい、十二時間睡眠したい」


 顔を覆ってシクシクと泣き始めるジテ。

 イルマはそんなジテを慰めるために、ズボンのポケットからキャンディを取り出す。


「ジテちゃん、ほらアメちゃんあげるからさ、これで泣き止んでよ。それにこの傾斜だと足が辛いから、そろそろ降りて走ってほしいなー、なんて」

「うわあアメちゃんだ! ジテ、アメちゃん大好き~! ……ってなるわけないでしょうが!! しかもそのアメ、金柑のど飴じゃないですか!! 年頃の女の子に渡すアメがそれ!?」

「いや~バレちゃったか、ははは。最近ちょっと喉の調子がおかしくてさ」

「え、大丈夫ですか? 先生が優しい病院知ってるから今度紹介しますよ……という話をしたいんじゃあない!! 帰してください!!」


 泣きわめくジテの声にうんざりしたのか、振り返ってキュールが怒鳴る。


「ジテさん、そろそろ覚悟を決めなさい!! イルマさんにそこから地上に放り投げてもらうこともできるんですよ!?」

「ヒッ、脅し方がガチじゃないですか……わかった、わかりました! 降りて走ります!」


 イルマに下ろしてもらい、渋々ジテは走りだす。

 そんなやり取りをしている間にも、穴は目前に迫っていた。キュールは再び叫んだ。


「突入します! 何が来るかわかりません、各自いつでも魔法を使用できるようにしておいてください!」


 その数秒後、キュールの姿は吸い込まれ闇に消えた。

 続けてレムナも飛び込む。

 レムナの後ろからスーゼイ、デクレン、ジテとイルマも飛び込んだようだった。


 しかし、穴の中はどこを見ても闇しか見えない。

 全員、前後左右の感覚があいまいになる。

 だが次の瞬間、何か強い力で全員の体は引っ張られ、闇の向こうに微かにできた小さい光に向けて、急接近していった。


「う、うわああああああ!!」


 レムナが思わず叫ぶと同時に、全員闇の中から放り出された。


 放り出された先には、寒々しい夜の砂漠が広がっていた。

 遠方に城のようなものがある以外は、一面砂ばかり。

 冷たい夜風がレムナの頬を撫でる。


「いたた、ここどこ~……?」

「皆さん、大丈夫ですか!? とりあえずは怪我をしてないか確認してください、周囲に魔物はいないようなので」

「砂漠かぁ、いや~殺風景だね」

「この夜景は逆に映えそうだな、写真撮っとこ!」

「む、足が少し痛む。手ではなかっただけ、ありがたいと言えばそうだが……大丈夫か、レムナ?」

「は、はい、ちょっとびっくりしただけです。穴の先がこんな風になってるなんて」


 レムナ達の住む世界にも、砂漠はかつてあった。

 しかし、数十年前に数か国主導で行われた科学技術による緑化計画により、ほぼ全ての砂漠が世界から姿を消していた。


「とりあえずは、向こうに見える城に向かって移動しましょう。ここに転移した時点でグライが襲ってこないということは、まだ私たちを認知してないのか、こちらから来るのを待っているのかもしれません」

「そうだな、キュール。どこに奴がいるかわからないなら、片っ端から探っていくしかない。行こう」


 キュールの提案に同意するデクレン。

 レムナ達四人も異論はなかった。

 六人は、城へ向かって走り出した。


 ― ― ― ― ―


「これってまさか……リーヴェスト機関、なの?」


 思わずスーゼイは声を漏らす。

 城の前まで移動し、外観がはっきり見えるようになった六人は驚愕していた。

 城の外観が、リーヴェスト機関に瓜二つだったからだ。


「どういうことなんだろうねぇ、一体」


 イルマは城の壁に手を触れる。

 質感まで全く同じなのを不思議に思ったのか、顎に手を当てて考える。


 その時だった。

 機関で入り口にあたる扉が大きく開き、中から騎士の格好をした人型の魔物が大勢出てきた。

 その数、百や二百どころではない。

 あっという間に取り囲まれるレムナ達。


「やはり、グライの本拠地はここで間違いないようですね」

「アメ舐めてる暇はなさそうだねぇ、こりゃ」

「そうだな。しかしこいつらの相手をしていたら、いつまで経っても中に入り込めないだろう」


 キュールが目配せをすると、イルマは自分の髪の毛を一本引き抜き、ふっと息を吹きかける。

 すると、その髪の毛は短剣になった。

 それを構えるイルマの後ろで、デクレンは懐から白い手袋を取り出し両手にはめる。


「ここは三人くらいが受け持って、残りの三人が城に入った方がよさそうだね。恐らく数で足止めする作戦だろうし」


 スーゼイは携帯電話を取り出し、ボタンを数回押す。

 すると、カチャカチャという音と共に携帯電話が小型の拳銃に変化した。

 それを見て、キュールはイルマ、デクレン、スーゼイの三人に言う。


「あなた達にはここで尖兵達の対処をお願いしたいです。私、レムナ君、ジテさんの三人でグライを何とか無力化してみます」

「了解! 久々の大仕事だ、気合入れていくかな!」

「気張るなイルマ。むしろこういう時はリラックスして……」

「ハイハイ、デクレンさんもその辺にして。行こう、二人とも!」


 イルマ達三人は尖兵達に攻撃を仕掛ける。

 イルマは目にもとまらぬ速さで兵士達の喉を掻き切り、その横でデクレンは兵士の腹部に掌底を打ち、振動で内部にダメージを与える。


「二人ともキレッキレだねぇ。おっと、そこっ!」


 二人が倒し損ねた兵士達を、スーゼイが銃によるヘッドショットでカバーしていった。

 見事な連携プレーにレムナは舌を巻く。

 敵を見て震えるジテを小脇に抱え、キュールは声を張り上げた。


「行きますよ、レムナ君! 三人が足止めをしているうちに!!」

「はい!」

「嫌だああああああ嫌を通り越して嫌じゃない気もするけどやっぱり嫌ああああああ!?」


 よくわからないジテの叫びと共に、レムナ達三人は城の中へ入った。

 先ほど大勢の兵士が出てきたからなのか、城の中は閑散としている。

 外観のみならず、内部の作りまで機関と全く同じなことに驚きつつ、レムナはキュールの後ろを走った。


「これは直感ですが、魔物に指示を出すなら最上階の円卓会議室が適切でしょう。内部が同じなら、会議室まで行くエレベーターが向こうにあるはずです! そこを目指しましょう」


 ジテが涙と鼻水で顔がグチャグチャになっている中、レムナとキュールはエレベーターまで最速のルートを駆け抜けた。

 しかし、エレベーターがすぐそこまである所まで来た時、二人は立ち止まる。


「あれは」

「……カグラ・リン!? なぜここに、だって数か月前に」


 エレベーターの前に立っていたのは、眉目秀麗な隻腕の男――カグラ・リンだった。


「知ってるんですか、キュールさん?」

「ええ、でも彼は魔物に捕食されたはずでは……」


 カグラはレムナ達に気付いたようで、振り向くと話しかけてきた。


「来たか、リーヴェスト達……しかし、まさかあなたがいるとは思わなかったよ、キュールさん」


 キュールは床にそっとジテを置く。

 すると、ジテは体を丸めて固まってしまった。


「カグラ、生きていたのですか!? それに、ここにいるということはまさか」

「ああそうだ、グライを手伝ってる。自分はあの人に助けられた。恩がある。色々あって、彼の思想にも惹かれるようになったんだが……まぁそんなことはどうでもいい。エレベーター、乗りたいんだろう? キュールさん以外の二人は乗っていいよ」

「なぜそんなことを言うんですか? なにか罠が」

「ああいや、そういうことじゃない。ただ単に、キュールさん抜きではグライに勝てないと思ってるだけさ。それに、あなたに用があってね」

「……いいでしょう。レムナ君、ジテさんを連れて会議室に行ってください。私はカグラを倒します」


 ここでキュールを失うのは痛かったが、そうしなければ会議室に行けないので仕方がなかった。

 レムナは無言で頷くと、ジテを床から引き剥がしておぶり、エレベーターに乗り込む。

 最上階のボタンを押し、「閉」のボタンを押す。

 完全に閉まる間際に一言だけ、カグラの声が聞こえた。


「キュールさん、自分はあなたが好きでした。その気持ちに、ここで決着をつけます」


 ― ― ― ― ―


 円卓会議室の扉を開けると、扉から一番遠い窓側にグライは立っていた。


「やぁ、二人とも。気分はどうだ?」

「グライ・ジルベイル……!!」

「さ、最悪です。ここって布団の貸し出しはありますか?」


 瞬間、レムナは殺気立つと同時に構える。

 ジテは相変わらず震えていたが、しかし幾分この状況慣れてきたようで、変なことを口走っていた。

 そんな二人を見て、苦笑するグライ。


「流石に布団の貸し出しはないな、えっと、ジテちゃんだっけ。カグラから名前だけ聞いてる。お前もだ、レムナ君。そんなカリカリするなよ、少し話そうじゃないか」


 グライはその場をぶらぶらと歩きながら話し始めた。


「俺が同胞殺しのリーヴェスト、ってことはもう知ってると思う。あれは俺が……」


 瞬間、レムナはグライの方を指差し、窓ガラスにひびを入れた。


「僕はオーツさんの仇を取りに来たんだ。お前の身の上話を聞きに来たわけじゃない」

「うーん、しょうがないな。色々話を聞いてからじゃないと、お前たちもスッキリできないと思ったんだが。まぁいい、そこまでお望みなら戦ってやるよ!」


 グライは懐から露光詩篇を取り出し、中に書かれてある何語ともつかない金切り声のような旋律を読み上げる。

 すると次の瞬間、詩篇が眩く輝き始めた。


 光が収まると、露光詩篇の色は純白に変化した。


「これで全魔力がこの詩篇に集まった。あとはこれを、こうする!」


 グライが左腕を前に出すと、銀色のカギ爪が付いた籠手が出現し、左腕に装着された。

 そしてその左腕で詩篇を持つと、自分の胸に捻じ込んだ。

 すると、詩篇がドロドロと溶けていき、完全にグライの体内に入ってしまった。


「……ふぅ。これで世界中の魔力が俺のモノになったわけだ。この籠手には、体内にモノを入れ込む力があってな。これは……いや、御託はいいか。かかって来いよ、レムナ・ルージ。いや、Eのリーヴェスト!!」


 両手をバッと左右に広げるグライ。

 すると、会議室の窓や壁、天井が諸々吹き飛び、満点の夜空がレムナ達の頭上に広がった。


「満点の夜空の下眠るってアイデアは結構よさそうですね! 永眠じゃないですよね!?」

「いいや、永眠だよッ!!」


 グライは空中に飛び上がり、両手をくっつけて腕を伸ばす。

 瞬間、金色のエネルギーの塊のようなものがグライの目前に集約された。


「まずは小手調べだけどな! ザイン・ガルツ!!」

「ジテさん伏せて!!」

「言われなくてもおおおおおお!?」


 金色のエネルギー弾が、レムナ達に向けて打ち出される。

 光と見紛うほどのスピードだったそれは直撃するかに思えたが、しかし。


「これしきの攻撃だったら!!」


 レムナは両手でエネルギー弾を包み込むように掴み、少しずつ小さくさせ、やがて完全に消してしまった。


「マジかよ、エネルギーを吸収、いや相殺したってのか!? ホントお前は面白い奴だな、レムナァ!!」

「ジテさん、ここで待っていてください。空に飛んで、アイツを叩き落とします」

「へ!? いやいやいやいや、魔力奪われちゃったんだよ!? どうやって飛ぶのよあそこまで!?」

「……僕はリーヴェストです。でも、リーヴェストである前に大前提として」


 ゆっくりと浮き上がるレムナを、ジテは目を丸くして見ていることしかできなかった。

 グライを見据えながら、ポツリとレムナは言った。


「僕は、超能力者ですから」


 ― ― ― ― ―


 レムナ・ルージは生まれた時から持っている名前ではない。

 レムナの出生時の本当の名前は、『被験体084』。

 ルストラ王国の隣国、レクルヘイム電脳国が極秘裏に進めていた『新人類昇華計画』によって作られた、デザイナーズベイビーの一人だった。


 特殊な遺伝子操作を行い、超能力を生まれながらにして持ち合わせている人間を作るために、レムナは科学者たちの手によって創造された。

 超能力を生まれながらに持つ被験体は、レムナが初めてである。

 それまでの八十三人は殺処分されたが、レムナだけは電脳国の地下奥深くにある研究所の一室で、様々な検査を受けながら育てられた。


 しかしある時、電脳国の計画が一人のジャーナリストによって全世界に知れ渡ってしまう。

 世界中から非難を受けた電脳国は、一部の行き過ぎた科学者達による非道な行い、ということで研究に従事していた科学者達を投獄、一部は死刑にした。

 そんな中、計画の痕跡を悉く消そうとした電脳国は、レムナという証拠を消して全てを有耶無耶にしようとしていた。


 そんなレムナを、件のジャーナリストが『保護』という名目で電脳国から脱国させる。

 勿論ジャーナリスト一人の力ではなく、ルストラ王国の後ろ盾があってこそだったが。

 ジャーナリストはリーヴェストとしての顔も持ち合わせていたので、その立ち位置を利用し、身分の不安定なレムナをリーヴェスト機関に入れたのだった。


 そのジャーナリストの名前は、オーツ・べチカ。レムナにとって、命の恩人の名前だった。


 ― ― ― ― ―


 空中で一気に加速し、グライに急接近するレムナ。

 グライは咄嗟に腕で顔を庇うが、驚異的な力でレムナはそれを殴り飛ばした。

 砂漠に落下するグライ。


「オーツさんは僕の命を救ってくれた人だ!! そしてお前はオーツさんを殺した!! だったら!!」


 起き上がったグライは再び飛び上がり、カギ爪でレムナの腹を貫こうとする。


「だったら何だよ!?」


 しかし、カギ爪をレムナは寸前で握って止めた。

 そして、そのままへし折る。


「だったらやることは一つだ!! 僕はお前を……グライ・ジルベイルを、完膚なきまでに叩きのめす!!」

「やってみろよ!! 超能力があっても所詮はE級だろうが!!」


 二人はそれぞれ右拳で相手の顔を殴り潰そうとする。

 レムナが早いか、グライが早いか。

 魔法や超能力の先にあるのは、単純な物理攻撃のスピードだった。


 しかし、運命は時として残酷である。

 露光詩篇を取り込み強化されたグライの肉体は、レムナの超人的スピードを僅かに上回っていた。

 一秒が無限の時に感じる中、グライは勝利を確信し口角をほんの少しだけ上げた。


 チリッ、という音と共にグライの目を何かが掠めた。

 何かが来た方向を瞬間的に見る、いや、見てしまうグライ。

 そこには、杖を構えたジテが泣きそうな顔で立っていた。


 露光詩篇で魔力は奪った、魔法は使えないはず。

 何故、何故、何故。

 そんなことをグライは考えているように、レムナには見えた。

 そしてその直後、僅かにグライの拳は角度が狂ってしまう。


 その隙を、レムナは見逃さない。


「うおおおおおおおおおお!!」


 渾身の一撃を、レムナはグライの顔に叩き込んだ。

 目に見えない、眩い火花が散って消える。

 瞬間、猛スピードでグライは斜めに落下した。

 砂漠に激突し砂塵が舞う。


 そして、全てが終わった。


 ― ― ― ― ―


 ゆっくりと会議室に着地したレムナに、ジテが駆け寄る。


「レムナ君! 大丈夫!? 怪我は!?」

「あ、いや、大丈夫です。体中痛いですけど、いたって健康ですよ。さっきはありがとうございました。でも、魔力を奪われてるのにどうやって魔法を使ったんですか?」


 疑問をぶつけられたジテは、少し恥ずかしそうに下を向く。


「う、うん。そんなに大したことじゃないんだけどね、私って魔力を無から生み出すことが出来るんだ。普通の人は、魔法を使った後に魔力が回復することはあるけど、魔力のキャパシティを増やすことは出来ない。私は、それが出来るんだよ」

「すごい……! あの一撃が無かったら僕がやられてました。ありがとうございます、ジテさん」

「お礼を言われるほどの事じゃないよ。でも」


 ジテは、薄っすら浮かべていた涙を手でゴシゴシと拭うと、ぎこちなく笑った。


「私は仲間を失うのが怖いんだ。自分が強い敵と戦うよりも、その敵に負けて死ぬよりも、何よりも怖い。人間、ホントに怖いと思ったら咄嗟に体が動くもんなんだよ」

「……自分は、一番の仲間であり命の恩人であるオーツさんを失いました。でもあの時の僕とは違って、最善の行動をしたジテさんのおかげで、オーツさんと同じ運命を辿らずに済んだ。ありがとうございます」

「いや、だからお礼を言われるほどじゃないって! グライはまだ生きてるかもしれない。一旦、生死を確認しに行こう」

「そうですね。行きましょう」


 レムナとジテは会議室……とはもう言えない野ざらしの部屋を出て、消し飛ばされたエレベーターの代わりに階段へ向かう。


「キュールさんたち、大丈夫かな?」

「きっと大丈夫ですよ、あの人たちなら」


 階段を下りながらそんなことを話していると、ふとジテが立ち止まる。

 レムナは振り向いた。


「どうしたんです?」

「いや、少し疑問に思ったんだけどさ。なんでレムナ君って、Eのリーヴェストって通り名なの? いやほら、私有名人に疎くてさ。E級だから?」

「それもありますね。EのリーヴェストはE級だから。あと、Esper、超能力者のEでもあります」

「へ~! そうだったんだ、納得」


 腕をさすりながら、少し恥ずかしそうに続けてレムナは語った。


「今でこそ通り名ですけど、最初はオーツさんが自分に付けてくれた、初めてのあだ名です」

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Eのリーヴェスト 箱庭織紙 @RURU_PXP

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