第11話 条件

2023年11月8日 PM1:00


「そうですか・・・」

白衣の男は悲しそうに呟いた。


美しく成長した義理の姪を目の前にして、不条理な事実に胸を震わせている。

絵美は泣きはらした目蓋をこじ開けるように男を見つめていた。


微かな望みをかなえてもらえるために、祈っている。


男は藤田耕作という、物理学者だった。

絵美の遠い親戚で、幼い頃に可愛がってくれていた。


最近、アメリカの研究所から日本に帰り「藤田物理研究所」を立ち上げていた。

VRを中心としたAI研究の第一人者で、世界でも有名らしい。


一度、電話で話した時に遊びに来るように言われていた。

その時の雑談で「タイムワープ」の実験にも成功したと聞いたのだ。


藁にもすがる気持ちで尋ねてみると、男は快く迎えてくれた。

熱心に絵美の話に耳を傾けた後、男は静かに言った。


「大丈夫です、過去に戻ることは可能です・・・」

「ほ、本当ですか・・・?」


半信半疑ながらも、絵美は男の言葉を信じたかった。


戻りたい。

宏と沙也加の罠にかかる前の優太との愛を復活させたいと願うのだ。


「ただし、条件があります・・・」

「えっ・・・?」


意外な言葉に不安そうに聞きかえす。


「過去に戻って、事実を塗り変える・・・

それは同時に今の全ても変わる

ということです・・・」


最初、絵美は男の言葉が頭に入らなかった。


「娘さん、唯奈ちゃん・・・」

娘の名を聞いて、ようやく理解した。


「彼女もこの世界から消えるのです。

少なくとも、貴方の前からは・・・」


「そ、そんなぁ・・・」


絵美は全身を震わせていた。

愛する娘がこの世から消える。

そんなことが許される筈はない。


「だって、そうでしょう・・・?」

冷静な男の口調が憎らしい。


「貴方と今の旦那様との関係が無くなる。

当然、娘さんは生まれないのです・・・」


「ゆ、唯奈が・・・」

絵美の瞳から涙が溢れていく。


残酷な条件に心が震えている。


「そ、それでも・・・」

唇を噛んで絵美は声を出す。


「今のままでは、唯奈も不幸になってしまいます」

まるで自分に言い聞かせるように言葉を繋ぐ。


「優君と結ばれれば、きっと・・・」

こじつけだとは分かっていても、気持ちは押さえることは出来なかった。


「よろしい・・・」

男は力なく声を返すと、絵美の肩に手を置いた。


「では、過去に戻りましょう・・・」

男の手の温もりに涙で滲んだ眼差しを絵美は向けながら、コクンと頷くのであった。

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