第3話 父のいらだち

2023年11月2日 PM4:00


「ほぉ・・・」


ため息を一つ。

優太が漏らした。


「どうしたの、パパ・・・?」

握った小さな手の少年が顔を上げて聞いた。


「な、何でもない・・よ・・・」

力ない声を優太は返した。


眉をひそめる曇り顔を、息子は心配そうに見つめている。

今年五歳になる息子は幼いなりに父の苦悩を敏感に悟っていた。


保育園に迎えに来てもらう時間。

他の子供達よりも、かなり遅い。


ポツンと遊戯室で遊ぶ健太を。

職員の保母さんも早く帰りたくて複雑な表情で見守っている。


息をきらした父の姿を入口で見つけると。

健太は一目散に駆け寄るのだった。


「パパァ・・・」

いじらしい息子の仕草に優太は小さな身体をギュッと抱きしめる。


「ごめんな、遅くなって・・・」

小さな肩越しに職員に頭を下げる。


保母さんも手当てがつかない時間外勤務が負担に思っていたが、子供を想う父親の真摯な態度に笑みを浮かべるのだった。


「今日ねぇ・・今日ねぇ、パパァ・・・」

懸命に昼間の出来事を話す息子の顔をマジマジと見つめる優太は、切ない気持ちになっていた。


この頃。

愛する息子の顔が、自分ではない男に似ていると思うようになっていたからだ。


高木宏。

優太の大学の同級生。


ゼミも同じだった。


そして。

優太の妻、沙也加も。


※※※※※※※※※※※※※※※


あれは大学二年生の冬のことだった。


「ねぇ・・・」

学食のテーブルに向い合せの席で、妻となった沙也加が言った。


「できちゃったみたい、三ヶ月だって・・・」

「えぇっ・・・?」


絶句する優太を沙也加は、ほくそ笑んで見つめていた。

濃いアイラインが鋭く視線を飛ばしている。


「責任・・とってくれるよね・・・?」

優太は返す言葉も無く、呆然と未来の妻を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る