第3話 新たな出会い

 アルフェンシュタット


「ここが始まりの町……」


 HINAに見送られ、私はレンガで造られた家々が並ぶ、中世の北欧の街並みを再現したかのような風景に包まれていた。


「とりあえず施設の確認を先に…」


 そう思って歩き出そうとしたとき、周りの視線がこちらを向いていることに気がついた。


「なあ、君ってビーストを選んだのか?」


 周りにいた男の一人が声をかけてくる。


「さっきワールドアナウンスがあって、隠し種族の2種族目が解放されたってさ。見たことない見た目だし、もしあんただったら教えてくれよ」


 隣にいた戦士風の男が興奮気味に追及してくる。


「え、えっと…」


 元々人見知りの私は、二人の男に囲まれた瞬間、言葉が出なくなる。


「あらん?こんなイケメンたちが小さな子狐ちゃんを困らせて。何をしてるのかしら?」


 癖のある声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、身長が2メートルもある黒髪オールバックの男性が、明らかにサイズが小さいパツパツの初期防具を無理矢理に身に纏って立っている。


「お、お前は…?」


 どうやら戦士風の男の人はこの人が誰か知っているようだ。


「このキャロルお姉さんが、話の相手をしてあげるわよ?」


 キャロルと名乗ったその男性は、顔をくしゃりと笑った。


「この装備…勝手にサイズ調整するんじゃなかったのかな…?」


 私は心の中で思う。


 周りの人々は驚いて、あたりを見渡すと、多くの人が急いでその場から逃げていった。


 ひゅー。静かになった町の一角に、風が吹き抜け、落ち葉が舞っている。


「あら、こんなに静かになってしまったわね」


 キャロルさんは少し困ったように言った。


「ぁの、えっと……」


 言わなきゃいけないことは決まっているのになかなか口から言葉が出てこない。


「なんだか喉が渇いたわね。いい喫茶店を知ってるのよ。いかないかしら?」


 彼女はウインクをしながら言った。そのウインクは、私の心を和らげる魔法のようだった。


「……ゲームの中なのに飲み物が飲めるんですか?」


 私は恐る恐る尋ねる。


 キャロルさんはにっこりと微笑んで、指で自分のリップを触れる。


「このゲーム、五感が結構リアルよ。感覚的には、まるで実際に飲んでいるかのような気分になれるの。味や温度まで感じることができるのよ」


「すごいですね……。もし良ければ連れて行ってもらえないでしょうか?」


 キャロルさんと喫茶店へ行くことになると、私の心は少し軽くなった。


 キャロルさんは前を歩きながら、私を喫茶店の方向へと導く。VRMMOの中の街並みは美しく、古いヨーロッパのような雰囲気が漂っている。石畳の道を歩きながら、キャロルは色々な店や建物の説明をしてくれる。


 やがて、私たちは「Kleinクライン StumpfストンプCaféカフェ」」という名の喫茶店の前へ到着する。店の外観は古風で、細工された木の扉や窓枠が特徴的だ。店内に入ると、ほのかな紅茶の香りと焼きたてのスコーンの匂いが漂っている。


「ここ、素敵ですね」


 キャロルさんはにっこりと笑いながら席に案内してくれる。


「このアールグレイと、クロテッドクリームがたっぷりのスコーンは絶品よ」


 私たちは静かな喫茶店の席に着き、メニューを眺めながらアフタヌーンティーセットを注文した。周囲は落ち着いた雰囲気で満ちており、私はようやく心を落ち着かせることができた。


「キャロルさん、さっきは助けてくれて本当にありがとうございました」


 と私は感謝の気持ちを込めて言った。その言葉を口に出すと、心が少し軽くなったように感じる。


 キャロルさんは微笑みながら、頷いて答える。


「いいのよ。でもね、こうしてみていると、あなたは実は冷静に対応できる子なのね。あの時は小さく見えて、放っておけなかったけれど。改めて自己紹介をしましょう。私はキャロル、ヒューマンの戦士よ」


 私は頬をかきながら、恥ずかしくなる。


「私はたるひといいます。種族は妖怪で、職業は『子狐』なんです。私、捲し上げられたりするのは苦手なんです……キャロルさんは、なんだか安心できるんです。おじいさまに似た優しさを感じるんですよね」


「あら、それはおじいさま、とても優しい方なのね」


「はい、おじいさまはいつも私を守ってくれるんです。それに、自分のことより他人のことを優先してしまうちょっと困ったおじいさまなんです」


「それは、さぞかしいい男なのね」


 私はそのコメントに首をかしげる。キャロルの「いい男」の基準はなんなのだろう?私ではきっと満たせそうにないと思う。


「あとキャロルでいいわよ。あたしもたるひちゃんって呼ぶから。お姉さんも捨てがたいけどね!それにフレンド登録もしましょうか」


 驚いた私は思わず言う。


「フレンド登録……?町についてから10分もたたないうちにお友達ができるなんて、VRMMOってすごいです……」


「……キャロルさん。やり方がわからないです」


 意気揚々とステータス画面を開いたものの、他のオンラインゲームをやったことがない私にはどこをどう操作すればフレンド登録ができるのか全くわからない。私の気持ちと連動するかのように、耳と尻尾が垂れ下がってしまう。


 それから私はキャロルさんにいろいろとアドバイスをもらう。キャロルさんはβテストに参加していた経験があるようで、詳しく色々と教えてくれる。プレイヤーが生産職を同時に持つことができ、キャロルさんは鍛冶師を選んでいるそうだ。彼女の見た目からして、鍛冶師は本当に似合っていると思う。


 このゲームには、自己進化型AIが様々な場所での変化を担当しており、βテストの時の攻略情報は現在のゲームにはほとんど役立たないようだ。スキルの取得方法は大きく3つ。1つ目は、職業のスキルツリーから取得する方法。これが一番基本的だ。2つ目は、特定のクエストの報酬として習得するもの。3つ目は、プレイヤーの行動から生まれる特殊なスキル。このスキルは非常に強力だが、いくつかの制限があるそうだ。


「キャロルさん、ムーブメント・アシストってなんですか?」と私は初めて耳にする言葉だったので、質問してみた。


「あら、アバターを作成する際に設定をされなかったの?それは、このゲームの中での特殊な動きをサポートするための機能よ。高設定にすると、プレイヤーのステータスに応じて、壁を走ったり、弾を避けたり...そういった超人的な動きができるの。ただ、それ以上の動きはサポートされていないわ」


「βテスト参加者の中には、この機能を徐々にオフにして、精密な動きをマスターするプレイヤーもいたわ。私の知り合いには一人だけ完全にオフにしてる人がいて、彼とのバトルは本当に激しかったわ」とキャロルさんが続ける。


 HINAは、そんな情報は一切教えてくれなかった。彼女は私に合わせて、簡単にしてくれたのだろうか。


「キャロルさんは、どのレベルで使用しているんですか?」


「私は、最低設定の1でやってるわよ」と、キャロルさんはステータス画面を見せてくれた。その横には、M・Aレベル1と書かれていた。


「でも、私の名前の横には何も表示されていないんですが…」


「えっ、そんなことないはずだけど…あら、本当にないわね」とキャロルさんが驚く。私はアバター作成時のHINAとの出会いや、M・Aについての説明を受けていないことをキャロルさんに話した。


「HINAって名前、初めて聞くわ。それに、走るだけで足がもつれるなんて…確証はないけれど、あなたのM・Aはオフになってるかもしれないわね」


「このままでも大丈夫でしょうか?」


 私は少し不安を感じながら尋ねる。


「見た感じからすると、たるひちゃんは魔法職のようね。大丈夫、何とかなるわ。それに、PvP上位を目指すなら、M・Aオフでも慣れることは有利になるかもしれないわ」


 キャロルは笑顔でそう答えてくれる。


 私はPvP上位を目指しているわけではないが、キャロルさんの言葉には安心する。


「それに、たるひちゃんのお父さんはゲームを楽しんでほしいって思ってるんでしょ?だったら、この状況も含めて、全てを楽しむ気持ちでいるといいわよ」


 そういうと、キャロルさんは椅子から立ち上がり、窓の近くにあるレジの方へ向かう。


「あたしはそろそろ次の町に行こうと思うの。本当はもう少し、レベル上げのコツとかも教えてあげたかったんだけれど、本格的な鍛冶施設が次の町にあるのよ」


「いえ、なにからなにまで教えてくれてありがとうございます。ところで、このカフェってどうやってお金を払うんですか?」と、目の前に置かれている紅茶を指差して尋ねる。


「初期でもそれくらいのお金なら持ってるはずだけど、それは回復薬とかを買うのに使うといいわ。もうあたしが払っておいたから」


「それは流石に悪いですよ!助けてもらって、しかも色々とアドバイスまで…」


 キャロルさんはウインクして微笑む。


「子狐ちゃんの旅立ち祝いよ。私も初めてのMMORPGを始めたとき、誰かに助けてもらったことがあったから。いいから受け取って。何かあれば、フレンドリストから連絡してね。また会いましょう」


 そう言って、キャロルさんはカフェの扉を開け、外に出て行ってしまった。私は彼女の背中を見送りながら、彼女の優しさに心から感謝していた。






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