第320話 進級②

 海愛が大阪の学校で自己紹介をしていた頃。

 東京にある彩香たちの通う学校でも新学期が始まろうとしていた。


「……今日から二年生かぁ〜。でも、クラスメイトは一年生の時と同じだから、あんまり進級した実感は涌かないかも……」


 朝早く登校して自分の席に座った彩香が教室内を見回しながらつぶやく。この学校には進級時のクラス替えがないため、クラスのメンバーは三年間変わることはないのだ。

 ちなみに彩香の席は窓側の一番後ろだ。前の席には親友の江畑雫が座っている。

 その雫が振り返り、小声で彩香に話しかけた。


「ねぇ彩香……今日このクラスに転校生が来るって知ってる?」

「……え? それ本当? ていうか何で知ってるの?」


 話を聞き、きょとんとする彩香。転校生が来るなんて初耳だったからだ。


「実は今朝、担任の先生が話してるのを偶然聞いたんだ」

「あぁ、だから転校生のことを知ってたんだ……男子? それとも女子?」

「いや、そこまではわからないけど……でも、仲良くなれるといいよね!」

「うん! どんな子だったとしても、できれば友だちになりたいね!」


 そんな会話をしていると、やがてチャイムが鳴り、担任の女性教師が教室に入ってくる。

 クラスメイト同様、担任教師も一年生の頃と変わっていない。

 その担任の後ろには転校生らしき女子生徒の姿も確認できた。


「あの子が雫の言ってた転校生かな?」


 彩香が身を乗り出し、前の席に座る雫に耳打ちをする。


「私たちとは違う制服を着てるし、転校生で間違いだろうね」


 あの女子生徒が転校生だと断定する雫。

 気づけば他の生徒たちも何やらひそひそと話し合っていた。

 そんな生徒たちに対し、担任が静かにするように促す。

 みんなそれを素直に聞き入れたため、教室はすぐに静まり返った。

 クラスメイトたちの視線が転校生の女子生徒に集中する。

 彼女はちらりと担任教師を一瞥すると、すぐに視線を前方に戻し、抑揚のない声で自己紹介を始めた。


「初めまして。茅島千明かやしまちあきといいます。宮崎県から来ました。どうぞよろしくお願いいたします」


 丁寧な言葉で名前と出身地のみを伝え、最後に軽く会釈をする転校生。

 あまりにそつのない自己紹介だったため、クラスメイトたちはみんなぽかんとしていた。


「な、なんだかちょっととっつきにくい子だね……」


 雫が感じたままの印象を彩香に伝える。


「確かにちょっと無愛想な感じだけど、緊張してるだけかもしれないし……話してみたら意外と気が合うかもよ?」


 転校生のフォローをしつつ、彩香は茅島千明と名乗った女子生徒を観察することにした。

 まず身長は女子にしては高い方だろう。遠目だし制服越しなのでわかりづらいが、おそらくスタイルも良い。

 また、髪は腰のあたりまで伸ばしたロングヘアなのだが、後ろ髪だけでなく前髪も長いせいで彩香の座る席からは目元はよく見えなかった。だけど、小顔で肌もきれいなので、きっと美少女だろうと予想できる。

 一言で言えば、少しミステリアスな雰囲気の漂う女子生徒だった。

 

 そんなふうに転校生の姿をまじまじと見つめていると、その転校生が彩香や雫の方へと近づいてきた。

 彩香の隣の空席に座るよう担任に指示されたのだ。


「茅島さんの席……彩香の隣みたいだね」

「なんでこの席だけ空いてるのか疑問だったけど……転校生の席だったんだね」


 右隣にある空席を見つめる彩香。今朝登校した時からずっとこの空席が気になっていたのだが、どうやら転校生のために用意されていた席だったらしい。

 隣同士なら会話をする機会も多いだろう。これなら彼女とも仲良くなれるかもしれない。

 そう考えた彩香は、仲良くなるための第一歩として隣の席に座ろうとする転校生にあいさつをした。


「初めまして、茅島さん。あたしは吉宮彩香。わからないことがあったら何でも聞いてね!」


 笑顔で語りかけながら右手を前に出して握手を示唆する。

 しかし、彼女は握手には応じず、代わりに彩香の顔を凝視した。

 そして次の瞬間、なぜか顔面蒼白となる。


「え……う、うそ……!?」

「あの……茅島さん? どうしたの? まさか具合が悪いとか……」


 彼女の様子を見て体調不良を疑う彩香。

 だが、そんな言葉など彼女の耳には届いていないようだ。

 彩香の顔をじっと見つめたまま、震える声で確認してくる。


「さやかちゃんってもしかして……さやかちゃん……?」

「あのって言われても……どこかで会ったっけ?」


 転校生の言っていることが理解できず困惑してしまうが、彼女はその疑問には答えようとしないかった。

 まるで幽霊でも目撃したかのように青白い顔で立ち尽くすのみだ。

 そんな転校生を、クラスメイトたちが不審そうに見つめる。

 どう対応すべきかわからなかったため、しばらく様子を見守っていると、やがて彼女は教室の床にへたり込んでしまった。


「うそ……うそよ……だってさやかちゃんはあの日……死んだはず!!」

「いやいや、死んでない! 死んでない! 勝手に殺さないでよ!!」


 不吉な言葉を口にする転校生。彩香はますます戸惑ってしまう。


「彩香……その子と知り合いなの?」

「いや、初対面のはずだけど……」


 改めて転校生に視線を向ける。

 早く正体を確かめたいところだが、彼女は依然として自分自身のことを話そうとしないので、何もわからないままだ。もしかしたら動揺しすぎているせいで冷静に会話をする余裕がないのかもしれない。きっと今は質問しても答えてはくれないだろう。


「な、なんだか……すごく個性的な子みたいだね……」


 ここまで謎の言動をするのは想定外だったらしく、雫も困惑してしまっている。


「ただ無愛想なだけの方がマシだったかも……」


 コミュ力には多少自信のある彩香だが、この転校生はさすがに個性的すぎて対応に困ってしまう。

 本当に彼女と対等な友人関係になれるのか、少し心配になってしまうのだった。



 

 

 


 

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