第26話 一泊二日の小旅行 有馬温泉③六甲山中編
晴れ渡る青空。照りつける太陽。生い茂る樹木。そして、けたたましい蝉時雨。
夏の六甲山は中々に過酷だった。
コンクリートで舗装されている道と、そうでない道の両方が存在し、歩きやすいとは言いがたい。
おまけに真夏の太陽が容赦なく体力を奪ってくるので、少し歩いただけで疲労が溜まってしまう。
初めて六甲山を訪れた海愛と彩香にとっては、ちょっとした登山のように感じられた。
だが、そんな過酷さを帳消しにするくらいの素晴らしいさが六甲山にはあった。
「自然がいっぱいでいい所だね。私、山歩きなんて初めてだよ」
今歩いているのはコンクリートで舗装されていない山道だ。周囲は木々に囲まれており、あちこちから鳥獣の声が聞こえてくる。
普段暮らしている街とはまったく異なる環境に、海愛は気分が高揚するのを感じた。
先頭を歩いていた真穂乃がゆっくりと振り返る。
「六甲山には複数のルートが存在するの。今回選んだルートは初心者向けだけど、怪我や体調不良には気をつけてね。こまめに水分補給をして、疲れたらちゃんと報告すること。その都度休憩をとるし、最悪動けなくなった時はバスを利用するから」
「うん、わかった」
通常の山と異なり、六甲山はバスも走っている。だから、疲労で歩けなくなった時はバスを利用すればいい。徒歩以外の移動手段があるというだけでも、六甲山は初心者にとってハードルの低い山と言えるのだ。
「……ちなみに、六甲山はハイキングだけじゃなくてトレッキングやロッククライミングができる場所もあるみたいだよ」
彩香が海愛に耳打ちしてくる。
「そうなんだ……市街地の真ん中にある山なのにすごいね」
市街地から近くアクセスしやすいだけでもありがたいのに、トレッキングやロッククライミングまで楽しめるなんて本当に魅力的な山だ。
いつか挑戦してみたいとさえ思えてくる。
人を虜にする魔性の山だなと思う海愛だった。
それからしばらくの間、三人は自然に囲まれた山道を黙々と歩き続けた。
周囲を見回せば、多種多様な植物や昆虫が視界に飛び込んできてとても楽しい。
また、蝉の声に混じって聞こえてくる知らない鳥の鳴き声も、適度に吹いてくる風も、緑に囲まれたこの環境も、すべてが心地よいものだった。
「そろそろまた舗道に出るわよ」
ハイキングを楽しむ海愛たちに真穂乃が声をかける。
そう言われて前方を見ると、コンクリートの道路が視界に入ってきた。ひとまず山道はここで終わりのようだ。
山道を出て舗道を歩き始める三人。
「やっぱり舗装されてる道は歩きやすいね」
彩香が歩行スピードを少し上げる。海愛もそれに合わせて足を速めた。
舗装された道路は山道に比べて足腰への負担が少ないため自然と歩く速度が上がるのだ。
「確かに歩きやすいけど、車も走ってるから注意してね。あと、すぐにまた山道に入るわよ」
その言葉通り、少し歩くと舗装されていない山道に差しかかった。
こちらの道は足場が悪いことが多いため、どうしてもペースが落ちてしまう。
だが、山道に少し慣れてきた海愛たちは悪路でもそこまで苦戦することはなかった。
むしろ、舗装されていない道を歩くことを楽しいとさえ感じ始めているくらいだ。
そんな高揚した気分で歩き続けていると、またもや舗道が見えてくる。
道がコロコロ変化するのは何だか面白い。
気がつけば、ただ歩いているだけのハイキングに夢中になっていた。
そうして舗道と山道を交互に繰り返し、途中で遊歩道も歩き、目的地に向かって進んでいると、三人は“ダイヤモンドポイント”と呼ばれる少し開けた場所にたどり着いた。かかった時間は約二時間だ。
「さ……ここがダイヤモンドポイントよ!」
「事前に真穂乃が教えてくれた場所だね。……あ、向こうに行けば景色が見れるかも!」
素晴らしい眺望を期待した彩香が、景色を眺められそうなポイントに向けて駆け出した。
「待って、彩香! 私も見たい!」
景色を目当てに、海愛も駆け出す。
しかし残念なことに、草が生い茂っていて展望はあまり良いとは言えなかった。
それでも遠くの市街地やその向こうの山々などは見渡せたが、先ほど掬星台で見た眺望と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「う~ん……ダイヤモンドって名前がついてるから景色もすごいのかと思ってたけど……期待してたのとはちょっと違ったね」
「確かに……さっきの掬星台の方がよかったね」
彩香の感想に海愛も同意する。
だが、標高が高いので見晴らしは良い。
それに、ここまで来なければ見ることのできない景色であることに変わりはないため、しっかり目に焼き付けておこうと思う海愛たちだった。
そんな二人に真穂乃が声をかける。
「二人とも! そろそろお昼にしましょうか」
「わ~い! あたしもうお腹ペコペコだよ」
その提案を聞いて、彩香が歓喜した。
時刻はすでに午後一時になろうとしている。ランチにするにはちょうど良い時間だ。
それに、掬星台からダイヤモンドポイントまで二時間も歩いていたので体はヘトヘトだ。このあたりで休憩を挟んだ方がよいだろう。
三人の意見が一致したので、ランチタイムとなった。
そうと決まれば、さっそく日陰にビニールシートを敷いて荷物を置き、腰をおろす。
そしてリュックを開いて、昼食を取り出した。このランチは、今朝東京を出発する前にコンビニで買っておいたものだ。
「ん~おいしい!」
サンドイッチを一口かじり、至福の表情を浮かべる海愛。
「こういう場所で食べると格別だよね」
彩香は梅干し入りのおにぎりを夢中で頬張っていた。疲れた体に酸っぱい梅干しは相性抜群なのだろう。
「天気もいいし、風も気持ちよくて最高のハイキング日和ね」
真穂乃はというと、惣菜パン片手に遠くの山々を眺めている。彼女にとっては地元のはずだが、それでも海愛たちと同じくらい楽しめているようだ。友達と一緒だから、地元でも楽しいと感じているのだろう。
それから三人は、とりとめのない話に花を咲かせながらランチを続けたのだった。
「ふぅ~おいしかった。あ……お菓子あるからみんなで食べようよ!」
しばらくしてランチタイムが終わると、海愛はリュックからお菓子を取り出して、ビニールシートの上に広げた。
「お菓子!? 新幹線の中でさんざん食べたよね? いったいどれだけ持ってきたの!?」
彩香が驚くのも無理はない。
実は行きの新幹線の中でずっとお菓子を食べながらトランプをしていたのだ。
たらふく食べたのにまだ所持していると知れば、誰だって驚愕するだろう。
しかし、海愛にとってお菓子を常に携帯するのはごく普通のことだった。
「もちろんたくさん持ってきたよ。お菓子はいっぱいあっても困らないからね。ジュースもあるよ」
そう言って、リュックからさらに缶ジュースを三本取り出して並べる。
「……今までこれ持って歩いてたの?」
それを見た彩香は呆れ顔だ。
「まぁ、ちょっと重かったけど……みんなでお菓子パーティーをするためだと思えば大変じゃなかったよ」
お菓子やジュースの入ったリュックは確かにかさばるし重くもなるが、大して苦にならなかったというのは本当だ。すべては六甲山でお菓子パーティーをするためだからだ。
「いいじゃない、彩香。こういう場所ではおやつも格段においしいわよ」
「まぁそうだろうけど……」
自室で一人で食べるお菓子。
教室で友達と分け合って食べるお菓子。
お泊まり会などで誰かの家に泊まってわいわい騒ぎながら食べるお菓子。
そして、今回のようにハイキングやピクニックで食べるお菓子。
すべて違った良さがあるのだ。
日常的に口にしているお菓子やジュースも、今ここで味わえばきっと最高の思い出になるだろう。
「まずはジュースで乾杯しよっか!」
海愛が缶ジュースのプルタブに指をかける。
「は~い!」
真穂乃も同様にジュースのふたを開けた。
「ちょっと甘いもの食べ過ぎな気もするけど……ま、今日くらいはいいかな」
最後に彩香がふたを開け、乾杯の準備が整う。
「「「かんぱ~い!!」」」
そうして楽しい楽しいお菓子パーティーが始まったのだった。
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