第22話 好きな女の子には……

梅雨明けが発表され、いよいよ本格的な夏が到来した七月中旬のある日。

都内にある小学校の五年生の教室で一人の少女が悩んでいた。

生地の薄いTシャツに、ピンクのミニスカートを穿いた女の子。名前は吉宮桃といい、彩香の妹で、年齢は十一歳だ。年のわりにはしっかりしていて努力家な女の子である。


そんな桃の悩みは、小学校卒業後の進路のことだ。

ほとんどの生徒は公立の中学校に通うことになるのだが、桃だけは私立の中学を受験しようか迷っていた。

勉強は好きだし、いつか就職活動をする時のために今のうちから選択肢を増やしておきたいという気持ちもある。そのために中学受験に挑戦するという考えは、決して間違いではないだろう。

しかし、仮に合格した場合、友達と違う中学に行くことになる。

そうなれば今までのように気軽に会うことができなくなってしまう。

スマホでいつでも連絡がとれる時代とはいえ、やはり仲の良い友達と離れ離れになるのは寂しい。

だから、中学受験に挑戦するかしないかでこんなに悩んでいるのだ。


――本当にどうしよう。勉強はしたいけど、友達と別れるのはイヤだなぁ……


ここ数日、そんな悩みが頭から離れない。

今日も朝からずっと悩んでしまっている。

そこへ二人の女子生徒がやって来た。


「桃! 次は音楽の授業だから、そろそろ音楽室に移動するよ!」

「……え? あ……華音(かのん)ちゃん」


話しかけられて顔を上げると、水色のワンピース姿の女子生徒と目が合った。

彼女の名前は、木野瀬華音(きのせかのん)。艶のあるショートカットと少しだけ大人びた表情が特徴的な少女だ。クラスの女子の中では背が高い方で、発育もよいため、中学生に間違われることもある。桃の大切な友達だ。


「……桃ちゃん、どうしたの? 最近は上の空でいることが多いけど……」


もう一人の女子生徒が心配そうに顔をのぞき込んでくる。


「大丈夫よ、瑠璃(るり)ちゃん。心配しないで」


心配をかけまいと、笑ってごまかそうと試みる。

だが、あまりにぎこちない笑顔を見せてしまったため、まったくごまかせていなかった。


「……本当に大丈夫なの? 何だかずっと悩んでいるように見えたけど……」


どこまでも桃の心配をする、ノースリーブのシャツに花柄のフレアスカートを着用したこの少女の名前は藤岡瑠璃(ふじおかるり)。

華音とは対照的に小柄で、幼い顔立ちをした女の子だ。そのせいで、一緒にいると桃たちより年下だと思われることも多い。

髪は腰まで伸ばしたロングヘアで、手足は短く、非常に華奢だ。無条件で守ってあげたくなるような、か弱い少女だった。


そのか弱い瑠璃に心配をかけてしまったことに罪悪感を覚える桃。


「確かにちょっと考え事はしてたけど、大したことじゃないから本当に気にしないで!」


だが、中学受験をするかどうかで悩んでいることはまだ秘密にしておいた方がいいような気がした。

もちろん話せば相談に乗ってくれるだろうが、これは自分のことなので、もう少し一人で考えるべきだと思ったのだ。


「……桃ちゃんが話したくないなら、これ以上聞かないけど……悩みがあるなら相談してね。できる限り力になるから」

「うん、ありがとう。……それじゃ、早く音楽室に移動しないとね!」


悩みについて、これ以上詮索されたくなかったので、少し強引に話を切り上げる。

瑠璃たちもそれ以上は何も訊いてこなかった。本人が詮索されることを拒否しているし、そもそも早く移動しなければならないために詳しく訊いている時間がないからだろう。


教科書を持ち、教室を出る三人。

音楽室までは少し距離がある。

休み時間はまだ始まったばかりとはいえ、急いだ方がよいだろう。

授業に遅れないように足を速めたまさにその時――背後から一人の男子生徒が駆け寄ってきた。


「……隙アリッ!」


そう叫ぶと、男子生徒はまず瑠璃のスカートを右手でめくり上げ、次に華音のワンピースを左手でめくり、最後に本命とばかりに両手で桃のスカートを思い切りめくり上げるのだった。その間わずか一秒だ。

ふわふわと宙に舞うスカート。

あらわになる三人の下着。

桃、華音、瑠璃の頬が羞恥で紅潮する。


三人とも、身につけていたのは年相応の下着だ。


華音のワンピースの下から見えたものは、白と水色のストライプの下着だった。決してセクシーな下着ではないが、不思議と艶かしさを感じる。いわゆる“縞パン”と呼ばれるそのパンツは、気が強い彼女によく似合っていた。


瑠璃の着用していた下着は、淡いピンク色のショーツで、模様などはない。シンプルだが、とても可愛らしいパンツだ。瑠璃の清純なイメージを壊さない、完璧な下着と言っていいだろう。


そして桃のパンツは、白の生地に薄い黄色の水玉模様があしらわれた“水玉パンツ”だった。背伸びしない、小学生らしい下着が何だかとても眩しい。顔を真っ赤にして困惑する様子も含めて見事と言うほかないパンチラだった。


「「「きゃあ!!!」」」


三人は悲鳴を上げると、すぐに両手でスカートを押さえた。


だが、そのわずかな時間で、男子生徒は三人のパンツをしっかりと目に焼きつけていた。


「イエーイ! パンツ、見~ちゃった!」


「ちょっと! 何するのよ、奏也(そうや)!」


華音が三人を代表して抗議するが、奏也と呼ばれた男子はまったく反省の色を見せない。


「油断してるからそうなるんだよ」


そう言うと、桃たちに背を向け、逃走してしまうのだった。


「あ、こら!」


呼び止めようとするが、立ち止まる様子はない。


「まったくもう……いつまで経ってもガキなんだから」


立腹した様子の華音がぶつぶつと不満を口にする。先ほどまで羞恥で赤く染まっていた顔が、今は怒りで赤く染まっていた。


「あはは……本当にしょうがないよね、男子は……」


瑠璃はただただ苦笑いするのみだ。パンツを見られてしまった恥ずかしさを必死に振り払おうとしているのがよくわかる。


「奏也くん……いつもいつも、どうしてこんな意地悪するのかな?」


遠ざかってゆく奏也の背中を見つめながら、桃が疑問に思ったことを口に出した。

実は奏也も桃たちと同じクラスの生徒なのだが、彼はしょっちゅう女子生徒にちょっかいを出しているのだ。

特に桃には執拗に意地悪をしてくる。スカートめくりの被害に遭ったのも、今日が初めてではない。

なぜしつこく意地悪をしてくるのか純粋に疑問だ。

しかし、桃以外の二人はその理由がわかっているようだった。


「……え? 桃ちゃん、本気でわからないの?」

「あたしでも何となくわかるのに……」


不思議そうな目で桃を見つめてくる。


「二人はわかるの!?」


本気で驚く桃。

奏也が意地悪をしてくる理由など見当もつかない。

その理由を知っているなら、教えてほしいくらいだ。


そんな桃の気持ちを察したのか、瑠璃が疑問に答えた。


「奏也くんはね……桃ちゃんのことが好きなんだよ」

「……え? どういうこと?」


瑠璃の発言の意味がすぐには理解できず、さらなる説明を求めてしまう。


「奏也くんはだいぶ前から桃ちゃんに好意を寄せているんだよ。だから、意地悪しちゃうんじゃないかな?」

「いやいや……さすがにないでしょ」


一応理解はできたものの、肯定できるような発言ではなかったため、すぐに否定した。


「相変わらずニブイなぁ、桃は……あたしでもとっくに気づいてたってのに……」


どうやら華音も瑠璃と同意見のようだが、それでもまだ信じられなかった。


「でも、しょっちゅう意地悪するし……」

「男の子は好きな女の子にちょっかい出したくなるって言うでしょ?」

「だとしても、奏也くんはクラスのほとんどの女子にちょっかい出してるわよ?」

「もともと女の子に意地悪したくなる性分なんだろうね。だけど、桃ちゃんに対してはその行動が特に顕著なんだよ」

「あ……言われてみれば……」


確かに奏也はクラス女子の中でも桃に対する嫌がらせが突出して多い。それはクラスでの彼の行動を見ていればよくわかる。おそらく桃がクラスで最もスカートめくりの被害を受けている女の子だろう。

それが恋愛感情の裏返しということなら、理解できなくもない。


「でもでも今回は華音ちゃんと瑠璃ちゃんもスカートをめくられたわけだし……」


まだ完全には納得できず、必死に二人の主張が的外れである可能性を指摘する。


「意外と強情だね……」

「私たちのはついでにめくっただけで、絶対に桃ちゃんが本命だよ」

「そうだったとしても、別に嬉しくないけど……」


男子にスカートをめくられて嬉しい女子などいない。誰のスカートが本命だろうと、本人にとっては迷惑なだけだ。


「……ま、奏也が桃に好意を寄せているのはほぼ確定だと思うけど、信じたくないならそれでもいいんじゃない? それより、早く音楽室に行かないと!」

「そうだね。そろそろ行かないと授業が始まっちゃう!」


休み時間もいつの間にか三分の二ほどが経過していた。

早く移動しなければ授業に遅れてしまう。

そう考えた華音と瑠璃が、再び移動を開始した。


「あ、待ってよ!」


桃も二人の後を追いかけるが、どうしても瑠璃たちの言葉が頭から離れなかった。


――奏也くんがわたしに好意を寄せてるなんて、そんなことあるわけないのに……


もちろん、桃には男の子の気持ちなどわからないので断言することはできない。

だが、クラスメイトの男子から好意を寄せられているなんて、事実だとしたら非常に気恥ずかしい。

考えただけでも頬が熱くなってしまうため、その可能性はゼロだと自分に言い聞かせることにした。


「そんなことより今は授業よ! 遅れないようにしなきゃ!」


教科書を胸に抱き、小走りで音楽室に向かう。


目的の教室には比較的余裕をもって到着することができた。


が、先ほどの華音や瑠璃の言葉が気になって、あまり授業には集中できなかった。

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