第16話 七夕③

空き教室へとやって来た海愛たちは、さっそく笹に吊すための飾りを作ることにした。

笹はすでにこの教室に搬入済みなので、飾りが完成次第吊すことができる。


「それじゃあ、さっそく始めるよ。ハサミで怪我をしないように気をつけてね」


「「は~い! さやかおねえちゃん!!」」


ちさとかおりが元気よく返事をする。

その無邪気で屈託のない笑顔に、彩香は完全に心を奪われた。


「か、かわいい……かわいすぎる!」


園児二人の笑顔の破壊力は凄まじいようだ。


「桃と違って素直でいい子……二人とも、あたしの妹にならない?」


正常な判断ができなくなってしまっているのか、他人様の娘を自分の妹にしようとする始末だ。


海愛が慌てて幼馴染みの暴走を止める。


「落ち着いて、彩香! とんでもないこと口走ってるよ! ……ていうか、桃ちゃんも素直でかわいいからね?」


そして、今の彩香の発言を否定した。

海愛から見れば、桃は彩香にはもったいないくらい素敵な妹なのだ。


「桃が素直でかわいい……?」


「さっきから桃ちゃんに失礼だよ! とってもいい子でしょ!!」


語気を強めて、再び彩香の発言を訂正する。


「……ま、そういうことにしておくか。そんなことより早く作り始めないと授業が終わっちゃう……ちさちゃん、かおりちゃん。一緒に飾りを作ろうね」


強引に話を切り上げ、折り紙を取り出す彩香。


「まったく彩香ってば……あんなにかわいい妹がいるのに……」


まだ不満は残っていたが、これ以上何かを言っても時間の無駄なので、海愛も一緒に飾りを作ることにした。


机を四つくっつけて、海愛がかおりの隣に座り、彩香がちさの隣に座る。

そうして四人は笹に吊す飾りを作り始めた。


ちさもかおりも思った以上に器用で、幼稚園児にしてはクオリティの高い飾りを次々に完成させていく。

今のところ、ハサミで怪我をする心配もなさそうだ。


「二人とも上手……こういうの得意なのかな?」


予想外の器用さに、思わず目を見張る海愛。


「うん! おりがみとか おえかきはとくいだよ!」


真正面に座るちさが答えた。


「そっか……じゃあもっともっと作ろうね。ちさちゃんやかおりちゃんが一生懸命作ったものを飾れば、きっと織姫と彦星も喜ぶと思うよ」


「おりひめさまとひこぼしさま、よろこんでくれるの? じゃあたくさんつくる!」


二人はさらにやる気を出し、飾り作りのペースを早めた。

海愛と彩香も、園児二人に負けないように色とりどりの飾りを作る。

とても楽しくて幸せな時間だった。


しかし、友喜だけは未だに仲間はずれ状態だった。

依然として、少し離れた場所でスマホをいじり続けている。

一向に仲間に入ろうとする気配がない。

さすがにこのまま放っておくわけにもいかないので、彩香が道具を持って近づいていった。


「窪内さんも一緒に作ろうよ。はい、ハサミと折り紙」


手に持っていた道具を差し出すが、友喜はスマホの画面から目を離そうともしない。


「アタシはやらない。四人で勝手にやって」


「そんなこと言わずに作ろうよ。やってみたら案外楽しいかもよ?」


「やらないって言ってるでしょ!!」


頑なに拒み続ける友喜に、彩香もだんだん苛立ってくる。


「これも授業の一環なんだから、サボりを認めるわけにはいかないの!! 嫌でも参加してもらうから!」


そう言って、持っていた道具を強引に押しつけた。

だが友喜は受け取りを拒否し、彩香の手を払いのけて道具を床に叩き落とすのだった。


「しつこいわね。どうしてそこまでアタシに構うのよ!」


床に散らばる道具。

空き教室に響く友喜の怒声。

ちさとかおりが反射的に泣き出しそうになるが、二人とも園児たちに気を使う余裕はないようだった。


頭に血がのぼったのか、厳しい口調で彩香が問い詰める。


「窪内さんこそ何で真面目に取り組もうとしないの!? これはグループ学習みたいなものだよ!? 一人でもいい加減な人がいたら、他のみんなに迷惑がかかるって何でわからないの!?」


「アタシが参加しないのがそんなに迷惑なの!?」


「迷惑だよ! 窪内さんのことが気になって作業に集中できなくなるでしょ!!」


それを聞いて、口をつぐむ友喜。反論できなくなったのだろう。

それもそのはずで、彩香の言っていることは正論だ。

グループ学習なのに一人だけ勝手な行動をとる者がいたら、グループ全体の空気が悪くなる。

放っておいてと言われても、そんなことをするわけにはいかないので、みんなが気を使ってしまう。

結果、授業そのものにも影響が出てしまうのだ。


「だって……」


しばしの沈黙をはさんだ後、ようやく友喜が本音を語り出す。


「アタシがいたら逆に盛り下がっちゃうでしょ……」


「……どういうこと? そんなこと思ってないけど……」


「アタシは本当に何もない人間なの。勉強はできないし、運動も苦手。吉宮さんや阿佐野さんみたいにかわいいわけでもない。アタシなんていない方がいいのよ……」


それを聞いて、海愛も彩香も少しだけ友喜のことが理解できた気がした。

勉強ができるわけでも運動が得意なわけでもない。人に自慢できるような特技もなく、自身の容姿にもコンプレックスを抱いている。

そうした自己肯定感の低さが、無気力さに直結しているのだ。


実際、劣等感というマイナスの感情は、人から意欲ややる気を奪ってしまうこともある。

友喜がまさにそうだった。


負の感情をこじらせ過ぎているせいで、複数人で協力するグループワークや大勢で盛り上がるイベントなどに積極的に参加できない。そういう授業や行事に半ば強制的に参加させられることが苦痛でしかない。

だから、授業が始まってもずっと非協力的だったのだ。


友喜がさらに自虐を続ける。


「それにアタシの下の名前知ってる? “友”が“喜ぶ”と書いて“友喜(ゆき)”よ……笑っちゃうでしょ? 友達と呼べる人なんて一人もいないのに……」


ついには自分の名前に対して抱いているコンプレックスまで語り出す始末だ。


そんな相手にどう接すればいいのだろう。

ここまで落ち込んでいる人を励ましたことなどないので、どう対応するのが正解か海愛にはわからない。

彩香も、どんな言葉をかければよいかわからず押し黙ってしまっている。


しかし、ずっと沈黙しているわけにはいかない。

正解などわからないが、わからないなりに精一杯の対応をするしかない。

海愛は、自分なりの優しい言葉で友喜を元気付けようとした。


「えっと……とりあえず、ありがとう。悩みを話してくれて……窪内さんのことが少しわかった気がするよ」


友喜の視線が海愛に向けられる。

何もかもを諦観しているかのような、とても冷淡な目つきだった。

そんな目つきに若干の恐怖を感じながらも、海愛は話を続けた。


「でも、やっぱり不参加はよくないよ。だから……」


「うるさいわね! どうして放っておいてくれないの!?」


だが、再び声を荒げた友喜に驚き萎縮してしまう。


「アタシはイベント事が大嫌いなの! 七夕なんてくだらない行事に参加したくない! 放っておいてくれたら邪魔はしないって約束するから、もう話しかけないでよ!!」


それは、イベントそのものを完全に否定する言葉だった。


「う……」


あまりの剣幕に、海愛は何も言えなくなる。


ここまではっきりと参加を拒否されたら、もはや説得は不可能なのかもしれない。本人の希望通り放っておくのが優しさなのではないかとさえ思ってしまった。


海愛がちらりと彩香の方を見やる。

彩香もまた、説得を半ば諦めているかのような表情だった。


そんな険悪な空気の中、思いもよらない人物が説得を試みたのだった。


「あの……けんかはやめて……」


ちさが弱々しい声でおっかなびっくり友喜に話しかける。


「ちさちゃん!?」


予想外の出来事に、彩香が目を丸くする。

何しろ幼稚園児が、十歳も年上の相手に自分の気持ちを伝えようとしているのだ。

彩香だけでなく、海愛も驚きを隠せなかった。


「ゆきおねえちゃんも みあおねえちゃんも さやかおねえちゃんも どうしてなかよくできないの? これじゃパパとママみたい……」


「……え? パパとママ……?」


最後の言葉に彩香が反応するが、ちさは、そのことについては答えようとはしなかった。

年上に対する恐怖心を必死に抑えて、ただ友喜を見据えるのみだ。


「そ、そんなに見ないでよ……」


園児に見つめられ、友喜がたじろぐ。


今度はかおりが話しかけた。


「かおりね……ゆきおねえちゃんともなかよくなりたいな。……だめ?」


「だめじゃないけど……」


さすがの友喜も園児相手に怒鳴ることはできず、まごついてしまう。


その状態がしばらく続いた後、友喜がゆっくりと口を開いた。


「ああ、もう! わかったわよ! 参加すればいいんでしょ! 何をすればいいの?」


どうやら根負けしたようだ。

渋々といった様子だが、参加を承諾してくれた。


「よかった……やる気になってくれて。じゃあさっそく飾り作りをお願いね」


彩香が再び道具を手渡そうとする。


今度はちゃんと受け取ってくれた。


「ちさちゃん、かおりちゃん。ありがとうね、窪内さんを説得してくれて」


二人の園児に礼を言う海愛。


「ううん。おねえちゃんたちがなかなおりしてくれて、ちさもうれしい! これでやっとみんなであそべるね」


心底嬉しそうな表情で、作業を再開する二人。


「……それにしても、さっきのってどういう意味だったのかな……?」


問題が解決したことで、先ほどのちさの発言が気になってしまう。

だが、今は聞かないことにした。

せっかく友喜がやる気を出してくれたのだから、早く飾りを作って笹を完成させなければならない。


友喜が自分の机をくっつける。

海愛と彩香も各々の席につき、作業を再開する。


それから五人は、笹に吊す飾りを黙々と作り続けるのだった。


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