第14話 七夕①

七月七日。福祉学習当日。

福祉の授業は本日の午後から始まる。


「晴れて良かったね、海愛」

「うん。これなら外に笹を飾れるね」


昨日は夜遅くまで雨が降っていたため少し天気が心配だったのだが、予報通り朝には晴れてくれた。

雲は多いが、夏の太陽の光がしっかりと地上に降り注いでいる。

陽光があちこちの水たまりや草木に付着した雨粒に反射し、宝石のようにキラキラと光っていてとてもキレイだった。

おそらく梅雨の晴れ間で明日にはまた天気が崩れるのだろう。

だが、とりあえず今日だけこの天気が続いてくれれば問題ない。

海愛たちは、今日一日晴れてくれることを願いながら午前の授業を受けるのだった。



そして、昼休み。

午後は、幼稚園児たちがこの高校に来ることになっている。

だから、急いで昼食を終わらせて準備に取りかからなければならない。

海愛と彩香は購買で買ったパンで手早く済ませることにした。


「もうすぐ園児たちに会えるね。どんな子たちかな」


海愛が紙パックのジュースにストローを刺しながらつぶやく。


「いい子たちだといいよね」


彩香ももうすぐ子どもたちに会えるのを楽しみにしている様子だ。


だが、こういった特別な授業や行事に乗り気になれない人間はどこにでも存在するものだ。

海愛たちのクラスも例外ではなかった。


「かったるい……なんで園児の相手なんかしないといけないのよ」


あからさまに不満げな表情を浮かべる一人の女子生徒。


「窪内(くぼうち)さん……」


彩香がその女子生徒の方を向いた。


窪内友喜(くぼうちゆき)。クラスメイトで同じグループになった女子生徒だ。

全体的に細身で身長も平均並み。発育がよいとは言い難い。

ロングヘアだが、あまり手入れしているようには見えず、寝癖がついていることも多い。伸ばしているというより散髪に行くのが面倒で放置した結果伸びてしまっただけではないかと思ってしまうほどだ。

前髪が長いせいで目元が隠れており、顔には吹出物がついている。

服装に関しても無頓着なようで、夏だというのに長袖の制服で手首まで隠れているし、スカート丈も長い。他の女子生徒はスカート丈を短くする傾向にあるが、友喜はそんな女子たちとは対照的に足首のあたりまで長くしていた。あまりおしゃれに気を使わない生徒なのだ。


「そんなこと言わずに頑張ろうよ」


彩香が必死に友喜のやる気を引き出そうとするが、


「いやよ。だいたい何でこんな授業があるのよ。こういうのは選択授業にでもして、やりたい生徒だけで勝手にやるべきでしょ!! やりたくない生徒を巻き込まないでほしいわ!!」


まったく意見を変える様子はなかった。一貫して非協力的な姿勢を見せるのみだ。


「窪内さんがこの授業に乗り気じゃないことはわかったけど……」


友喜はもともと気難しい性格で、入学から三ヶ月が経った今も他のクラスメイトと交流しようとはせず、基本的に一人でいることが多い。

コミュニケーション能力の高い彩香ですらまともに会話できたことがないほどなのだ。

そのため、福祉学習当日になっても海愛たちは友喜と打ち解けられずにいた。


しかし、それでも同じグループのメンバーだ。

今回は席の近い生徒同士でグループ分けがされたため、彩香の前の席に座っている友喜も同じグループになったのだ。

普段あまり交流のない人と協力する必要があるので、多少の不和や対立は仕方ないのかもしれない。

だが、ここまであからさまにやる気のない態度を見せられると、さすがの彩香もお手上げだ。


「どうしようか、海愛……」

「彩香に無理なら、私にはもっと無理だよ……」


彩香にも説得できなかった生徒を、海愛が説得できるわけがない。

今の海愛はようやくクラスの女子と話せるようになったばかりだ。コミュニケーション能力においては、まだまだ彩香の足下にも及ばなかった。


「……とりあえず準備しちゃわない?」


海愛が、今のうちに午後の授業の準備をすることを提案する。


「そうだね。そろそろ準備しておかないと、子どもたち来ちゃうもんね」


その提案に彩香も賛成したので、二人だけで七夕の飾り作りに必要な道具や材料を用意することにした。


そんな二人には目もくれず、気怠そうにスマホをいじる友喜。

なんだか仲間はずれにしているみたいだが、今は時間がないので好きにさせておくしかない。

早くしなければ、園児たちが来てしまう。


「ふぅ……とりあえず道具は用意できたね」


海愛が、紙パックに残っていたジュースを飲み干す。


「あとは園児たちの到着を待つだけだね」


彩香もミルクティーで一息ついた。


「楽しんでくれるといいな……」


園児に会える期待と、きちんと世話ができるだろうかという緊張感を胸に、子どもたちの来訪を待つ二人。


友喜だけはまったく興味がないと言わんばかりの表情で未だにスマホの画面を見つめている。


校内に昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。

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