第10話 レッツクッキング!

潮干狩りから帰ってきた日の翌朝。

海愛と彩香は雫の家へと向かった。

雫の家はそこまで離れていない。電車を利用すれば三十分もかからない距離だ。


「今日は江畑さんの家で料理かぁ~。そういうの初めてだからちょっと楽しみだよ。アサリはちゃんと砂抜きできてるかな?」

「一晩塩水に浸けたから大丈夫でしょ。あたしも早く食べたい!」


道中、そんな会話を交わす二人。

今日は、雫の家で昨日採ったアサリを調理してみんなで食べる約束をしているのだ。これこそ潮干狩りの醍醐味と言えるだろう。

アサリはすべて雫が自宅で預かってくれている。そのため、今日は二人とも手ぶらだ。


二人が雫の家に到着する。

インターホンを鳴らすと、すぐにドアが開き、雫が顔を出した。


「いらっしゃい、二人とも。準備はできてるから上がって」

「「お邪魔しま~す」」


靴を脱ぎ、家に上がり込む海愛と彩香。


「ほら見て。昨日のアサリ、だいぶ砂を吐き出したよ」


雫が玄関に置かれていたクーラーボックスを開けて、中のアサリの様子を二人に見せる。

昨日の夜からずっとここで砂を吐き出していたためか、クーラーボックスの底には砂が溜まっていた。


「本当だ……これなら安心して食べられるね」


今もなお水を吐き出しているアサリをまじまじと見つめながら海愛がつぶやく。


「それじゃ、さっそく始めよっか。キッチンはどこかな?」

「こっちだよ。ついてきて」


クーラーボックスを持って江畑家の台所に向かう三人。

台所は非常に清潔で調理器具などがしっかり整頓されていた。きっとこまめに手入れしているのだろう。こんなキッチンなら料理が捗りそうだ。

ちなみに、雫の両親は今日は夜まで帰ってこないらしい。そのため、家族に迷惑をかける心配はない。


「まずはアサリを水で洗わないとね」


クーラーボックスのアサリをボウルに移し、流水でこすり合わせるように洗う。

海愛と彩香も同様にアサリを流水で洗った。

その作業を三人で何回かに分けて行い、すべてのアサリを洗い終える。

いよいよ調理開始だ。


「とりあえず私は味噌汁を作るね」


味噌汁作りに立候補する海愛。アサリを使った定番中の定番の料理だ。

鍋に水を入れ、洗ったアサリを投入する。

それからお玉で味噌を掬って鍋に入れようとしたその時、


「ちょっと海愛! 何してるの!?」


突然彩香が腕を掴んでくるのだった。

そのせいで作業が一時中断となる。


「わ、びっくりした……急に腕掴まないでよ」

「だって海愛が変なことしてるから……」

「変なことなんてしてないよ」

「じゃあ、その味噌どうする気だったの?」

「どうするって……普通に水に溶こうとしてるだけだけど……」

「止めて正解だった! 味噌は沸騰してから入れるんだよ?」

「……え? そうなの?」


きょとんとする海愛。味噌なんてどのタイミングで入れてもよいと本気で思っていたのだ。


「味噌の量も多すぎるし……これじゃせっかくのアサリの味が台無しになっちゃうよ」

「そうなんだ……」


改めて手元のお玉を見てみる。

言われてみれば量が多いと感じないでもないが、海愛には正直よくわからなかった。


「そもそもまだ出汁もとってないし……貸して! 味噌汁はあたしが作るよ」


海愛の持っていたお玉を強引に奪い、コンロの前に陣取る彩香。

鍋に水を張ると、昆布で出汁をとり始めるのだった。


「仕事とられちゃった……ま、いっか。時雨煮でも作ろ」


味噌汁作りという仕事を彩香にとられた海愛は、気持ちを切り替えて時雨煮を作ることにした。


「江畑さん、冷蔵庫開けてもいい?」

「どうぞ~」


雫に許可を取り、冷蔵庫を開ける。

そして、中に入っていた白ワインを取り出した。

その白ワインを開けようとするが、


「ちょっと待った~!」


またもや彩香が制止してくるのだった。


「今度は何!?」

「何じゃないって!! 時雨煮にワインなんて使わないからね!?」

「え? でも、お酒は必要でしょ?」

「使うのは普通の料理酒だよ」

「……料理酒?」


普段料理をしない海愛。料理に使う酒のこともよくわかっていなかった。


「あ~もう! 時雨煮もあたしが作るから!」


またしても仕事をとられてしまう。

そんな二人のやり取りをそばで見て、雫が苦笑しながら言う。


「もしかして阿佐野さんって料理苦手?」

「そ、そんなことないよ。確かに家で料理することはほとんどないけど、インスタントラーメンやレトルトカレーくらいなら作れるもん!」

「あ……そう……えっと、すごいね」


そう言いながら視線を逸らす雫。

インスタントやレトルト食品は料理に入らないと言わんばかりの表情だ。少なくとも、目はそう語っていた。


「とにかく料理くらいできるから! 見ててね……おいしい酒蒸しを作るから」

「いや、大丈夫! 海愛はちょっと離れてて! ……雫、悪いけど酒蒸しお願いしてもいい?」


今度は海愛が作業に入る前に阻止してきた。

そして、酒蒸し作りを雫に一任する。


「うん、任せて~」


さっそく作業を始める雫。

やることがなくなり、海愛は手持ち無沙汰になってしまった。


「あの……私は何をすれば……」

「海愛は……お米研いでもらえる?」

「それって戦力外通告ってこと!?」


彩香の発言に軽くショックを受ける。


「違う、違う。お米を研ぐのも大事な仕事だから!」

「じゃあ研ぎ終わったら何すればいいの?」

「え~と……待機で」

「やっぱり戦力外通告だよね!?」


ここまで露骨に調理メンバーから外されると悲しくなってくる。少し涙目になってしまった。


「海愛は邪推し過ぎだよ! そんなんじゃないから! とにかくお米よろしくね」


適当に言い繕ってから調理に戻る彩香。


「あ、彩香!」


まだ言いたいことはあったが、味噌汁と時雨煮作りに集中するためか、もう返事はしてくれなかった。


「……お米研ぐか」


仕方ないので言われた作業に取りかかることにする。

しかし、大して時間のかかる作業ではないので、すぐに終わってしまった。

ぼうっと二人の料理する姿を見つめる海愛。

二人とも非常に手際がよい。きっと幼い頃から料理をしてきたのだろう。

海愛には料理をする二人の姿がとてもカッコよく見えた。


しばらくして彩香がフライパンで火を通したアサリをボウルに移し、海愛に手渡してきた。


「海愛、このアサリを身と殻に分けてもらえるかな?」

「うん、わかった。任せて!」


新たな仕事をもらえて張り切る海愛。

火を通したので、ほとんどのアサリは口を開いている。

火傷しないように気をつけながら、菜箸を使って身を殻から取り出し始めた。


「阿佐野さん、私も手伝うね」


雫が海愛の隣に立ち、同じ作業を始めた。


彩香は、海愛の研いだ米に水や醤油やみりんを入れ、かき混ぜている。

それが終わると、炊飯器に釜をセットしたのだった。


「よし、できた。後は具を入れて炊くだけだよ」

「うん、ありがとう。こっちは私と阿佐野さんに任せて」


アサリの身と殻を分ける作業は他の二人に任せ、彩香は味噌汁作りに戻った。


海愛と雫は黙々とアサリの身を別の皿に移している。

たまに口の開いていないアサリも見つかったが、それは食べられないので取り除いておく。

それなりの量だったが、二人で作業したおかげで思ったよりも早くすべてのアサリの身と殻を分けることができた。


「終わった~」


海愛が両手を上げて伸びをする。


「お疲れ様、阿佐野さん」


作業が終了したので、殻から外したばかりの身のうち、およそ三分の一ほどを釜の中に投入した。

その後に小さく切った生姜やニンジンや油揚げなどの具材も入れる。

そうして最後に炊飯器の蓋を閉め、スタートボタンを押した。


「これで後は炊き上がるのを待つだけだね。今のうちに酒蒸しを作っちゃわないと」


残り三分の二のアサリで、雫は酒蒸しを、彩香は時雨煮を作り始める。

そんな二人の邪魔をしないように、海愛は静かに見守っていた。


やがて二人の料理が完成を迎える。


「よし! 酒蒸し完成!」

「こっちもできたよ! 味噌汁と時雨煮」


雫が酒蒸しを皿に盛り付け、彩香が味噌汁をお椀に注ぐ。

海愛は時雨煮を小鉢に移した。

ご飯はまだ炊けていないため、炊飯器はそのままにしておく。


料理を盛り付けた食器をテーブルに並べ、三人がイスに座る。


「どれもおいしそう……冷める前に食べちゃおうか」


彩香の提案に海愛たちも賛成し、アサリ尽くしの食事会が始まった。

時刻は正午過ぎ。ちょうど昼食時である。


「「「いただきます!!!」」」


両手でお椀を持ち、味噌汁を一口啜った。


「すごい……アサリの出汁がよく出てる……」


その濃厚な味に目を見張る海愛。


「この酒蒸しすっごくおいしい……これならいくらでも食べられるよ」


彩香は夢中になって酒蒸しを口に運んでいた。


「時雨煮も甘辛くてご飯がすすみそうだよ」


雫が時雨煮を食べて笑みを浮かべる。

確かに味が濃くて、白米のおかずになりそうだ。


そうやってアサリ料理を味わっていると、ご飯の炊き上がる音がした。


「あ、炊けたみたい……今よそうね」


雫が炊飯器の蓋を開け、ご飯をよそう。


「アサリの炊き込みご飯……おいしそう……」


茶碗によそわれた炊き込みご飯。見ているだけでおいしさが伝わってきた。

さっそくお焦げの部分をアサリの身と一緒に口に運ぶ。

予想通り……いや、予想以上の味だった。


「アサリの味がよくしみ込んでる……」

「どうしよう……太るとわかってるのにお代わりしたくなっちゃう……」


彩香と雫も炊き込みご飯の味に感動しているようだ。

自分たちで採ってきたアサリを自分たちで調理したのだから、その補正がかかり、よりおいしく感じるのだろう。

あまりのおいしさに箸を止めることができない。

いつの間にか、あれだけあったアサリを、三人は平らげてしまうのだった。


「「「ごちそうさまでした!!!」」」


こうしてアサリ尽くしの食事会は終わった。



食器の後片付けが終わり、三人でおしゃべりをしていると、あっという間に夕方になった。

五月なので日の入り時刻はそこまで早くないが、そろそろお暇した方がよいだろう。


「……じゃあ、あたしたちは帰るよ。今日はありがとね」

「私も楽しかった! ありがとう、江畑さん」


彩香と海愛が帰り支度を始める。


「こちらこそありがとう。アサリもおいしかったし、温泉も気持ちよかった。二人が潮干狩りに誘ってくれなかったら、こんな休日の過ごし方があるなんて知らないままだったよ。また遊びに誘ってね」

「うん。また遊ぼう、雫」

「またね、江畑さん」


そうして海愛たちは雫の家を出て、帰路につくのだった。


余韻に浸りながら駅への道を歩く二人。


「……それにしてもおいしかったね。自分で採ったアサリがあんなにおいしいなんて知らなかったよ」


潮干狩りなんて初めての経験だったが、総じて大満足だ。


「確かにお店で買うアサリとは違うよね」


何度か潮干狩りを経験したことのある彩香も楽しめたようだ。


「来年も行けたらいいな……今度は別のアサリ料理も食べてみたいし……」


パスタやスープなど、アサリを使ったレシピはまだまだたくさん存在する。

それらの料理も味わってみたくなったのだ。


「そのためにはまず味噌汁くらい作れるようにならなくちゃね」

「が、頑張るよ……」


そんな話をしながら歩いていると、駅に到着した。

帰りの電車はもうまもなくやって来るようだ。

改札を通り、ホームに向かうと、ちょうど電車が停まったところだった。


その電車に乗り込み、最寄り駅で下車する。


「じゃあね、海愛。またゴールデンウィーク明けに学校で」

「うん。また学校で」


別れのあいさつを交わすと、二人はそれぞれの家に帰宅した。









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