第12話 行方不明
新婚旅行に行くため、結婚から一年掛けて取ったクリスフレッドの長期休暇。
しかしだからと言って、王子としての公務がなくなるわけではない。
その間の公務は、全て第二王子であるジークエイトが代理で行っているのである。
もともと、デスクワークはあまり得意ではないジークエイト。
いい加減に頭が痛くなったと音を上げたジークエイトは、彼の専属従者であるリドルの許可を取って、庭園で休憩をしていた。
「昨日までの天気とは打って変わって、今日は良い天気だな」
「ええ、そうですね。クリスフレッド様達も、外に出られるとお喜びになっているのではないですか?」
「兄様達は、近くの避暑地だったか?」
「はい、今の時期、あそこは人が少ないですからね。喧騒から離れ、お二人でゆっくりと過ごされている事でしょう」
従者であるリドルと話しながら、ジークエイトは庭園に植えられた草花を見つめる。
自然に囲まれた長閑なところで、好きな人とのんびりと過ごす。きっと幸せな時間なんだろうな。
「でもそう考えると、確かにアーサー達は邪魔だな」
「は? 何の話です?」
「えっ? あ、いや、その……女子は花とか好きかな、と思ってな」
思わず心の声が出てしまい、ジークエイトは無理矢理に話を逸らせる。
庭園に咲く美しい花々。もし、これを花束にしてチェルシーに渡したら、彼女は喜ぶだろうか。
「花ですか? さあ、一般的には分かりませんが……。でも、私の嫁は花より酒が好きです」
「えっ、あ、そうなの?」
そうか。じゃあ、花を贈るのは止めておこうかな。
「では、王子。そろそろ仕事に戻りましょうか」
「何? まだ三分しか休んでないぞ」
「いえ、王子が休みたいと我が儘を言い出してから、既に三十分は経過しています。なので、そろそろ休憩は終了です」
「え、そこから数えているの?」
庭園に来てからじゃないの、と聞けば、庭園に来てからも十分は経過していると返された。細かいな。
「うん? 何だか騒がしいな」
「何かあったのでしょうか?」
渋々執務室に戻る途中、騎士団の隊員達が慌てている姿が目に入る。
制服から見て、慌てているのはどうやらロイヤルナイトの隊員のようだが……。
何かあったのだろうか。
「まさか、兄様達に何かあったんじゃ……」
「いえ、それであれば、陛下やジークエイト様にもすぐに連絡が入るハズですが……」
しかし、ここでああだこうだと推測していても仕方がない。
丁度そこに副隊長であるヤマトの姿もある事だし、直接彼に聞いた方が早いだろう。
「ヤマト、何かありましたか?」
「ジークエイト様! リドル様!」
話し掛けて来たジークエイトとリドルに気付き、ヤマトは素早く二人へと向き直る。
そうしてから、彼は切羽詰まった様子でその状況を説明した。
「はい、実はザルド山に訓練に向かった隊員が一人、行方不明になってしまったのです」
(え……?)
その報告に、ジークエイトはゾッと嫌な予感を覚える。
確かロイヤルナイトの待機組は、今日と明日の二日間、交代でザルト山にて訓練をする事になっている。そして今日は、チェルシーがザルト山で訓練をする番だったハズだ。
まさかその行方不明となった隊員とは、チェルシーの事ではないだろうな?
「行方不明って……それは大丈夫なのですか?」
「分かりません。共にいた隊員の話では、突然足場が崩れて崖下に転落してしまったらしいのです」
「確かに、あそこは足元があまり良くありませんからね。昨日までの雨も原因でしょうか」
「とにかく訓練は中止し、城で待機しているロイヤルナイトの隊員も連れて、これから山中を捜索するつもりです」
「そうでしたか……。アーサー様に連絡は?」
「隊長には隊長の任務がありますので、報告は入れないつもりです。隊長には全てが終わってから報告致します」
「分かりました。どうか、お気を付けて」
「ありがとうございます。では、失礼致します」
スッと敬礼をしてから、ヤマトは他の隊員達とその場から立ち去ろうとする。
しかし、
「誰だ?」
「え?」
ポツリと零されたジークエイトの言葉が、ヤマトの動きを止めた。
「行方不明になったのは、誰だ?」
「誰って……」
震えるようなジークエイトの問いに、ヤマトやその場にいた隊員はおろか、リドルもまた眉を顰める。
分からないのだ、ジークエイトがそれを気にする意味が。
ロイヤルナイトの中でジークエイトと親しいのは、よく稽古を付けているアーサーだけだ。他に親しい者がいると言う話は聞いた事がない。
こう言っては何だが、誰が行方不明になっていようが、ジークエイトにとっては誰でも同じ事ではないのだろうか。
「頼む、ヤマト、教えてくれ! 崖から落ち、行方不明になったのは誰だ?」
まさかと言う思いと、そんなわけがないと言う思いが交錯する。
王子としてこんな事を願ってはいけないと言う事は分かっているが、それでもやっぱり願わずにはいられない。
どうかヤマトの口から出る名が、彼女の名ではありませんように、と。
「それは……」
鬼気迫った様子で詰め寄って来るジークエイトに気圧されて、ヤマトはその名を口にしようとする。
しかし、その時だった。
「なあ、あの脳筋女、崖から落ちたってー!」
「脳筋女? ああ、チェルシー・ヘンダーソンか!」
「ああ、これでロイヤルナイトの席が一つ空いたぞ!」
「マジで? ははっ、ざまあ」
「――ッ!」
聞こえて来た騎士達の声に、サアッと血の気が引いて行くのが分かる。
チェルシーが崖から落ちて行方不明? はは……っ、嘘だろ?
「リドル、馬を出せ、ザルト山に行く」
「は? 何をおっしゃって……?」
「山までなら馬で行った方が速いだろ」
「いえ、そうではなくて……」
「もちろん、山中は自分で歩く。それくらいの体力はあるから安心しろ」
「そうではなくて!」
行方不明になった人物が判明した途端、山へ向かおうとするジークエイトを、リドルは慌てて引き止める。
声を荒げて呼び止めれば、ジークエイトは鬼気迫ったその表情をリドルへと向けた。
「何故止める! チェルシーが崖から落ちたんだぞ! 今行かなくてどうする!」
「おっしゃっている意味が分かりません! 確かに国を守る騎士が行方不明と言うのは大事ですが、あなたが動く事ではないハズです! 騎士の捜索はヤマト達に任せ、あなたはあなたの仕事をして……」
「こんな時に、仕事がどうのと言っていられるか!」
「っ!」
説得しようとするリドルを、ジークエイトは声を荒げる事によって黙らせる。
そうしてから、ジークエイトは申し訳なさそうな眼差しをリドルへと向け直した。
「勝手な事を言っているのも、お前を困らせているのも分かっている。仕事も戻って来てからちゃんとやる。だから、今は黙って行かせてくれないか?」
「……理由を聞いていても?」
必死なジークエイトの様子から、リドルは何かを察したのだろう。
熱くなるジークエイトを落ち着かせながらもその理由を問い掛ければ、ジークエイトはリドルの瞳を見つめ返しながら、震える声でその理由を口にした。
「オレはまだ何もしていない。このまま何もせずに失う事になるなんて、嫌だ」
「……。ヤマト、邪魔はしないと誓います。なので我々も捜索隊に加えてもらえませんか?」
「はっ、もちろんです!」
「リドル……」
「私もお供しますよ、ジークエイト様。私はあなたの専属従者……もとい、お世話係ですからね」
「……悪い」
そう言葉を交わし合ってから、一行はバタバタと慌ただしくその場から立ち去って行く。
そんな様子を陰から眺めていた影が二つ。
チェルシーがいなくなったと喜んでいた、二人の騎士である。
「なあ、何でジークエイト様が、ヤツの捜索に行くんだよ?」
「さあ? 何でだろ?」
「……」
「……」
「まさか……!」
そして何かに気付いたらしい二人は、真っ青になった表情を互いに見合わせた。
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