第10話 兄王子

「で、実際はどうなんだよ?」

「何が?」

「兄貴の新婚旅行の護衛。何でチェルシーを選ばなかったんだよ?」

「ああ、その話か」


 クリスフレッドが結婚してから一年が経った。

 ようやく心待ちにしていた新婚旅行を目前に控え、ウキウキと上機嫌なクリスフレッドに、ジークエイトは納得がいかないとばかりにその理由を問う。


 王子達の新婚旅行、それを護衛する選抜騎士隊。本来ならロイヤルナイト全員で行くモノなのだが、今回はクリスフレッド達の意向により、ロイヤルナイトから更に人数を絞り、少数精鋭の選抜隊で構成される事になったのだ。


 普通に考えれば、ロイヤルナイトの中でも上位の者から選ぶべきなのだろうが、その選抜隊のメンバーに、ロイヤルナイトの中でもかなり上位の実力を持つチェルシーが、何故か外されてしまったのである。


「選抜隊メンバーの最終的な決定は兄貴がしたって聞いたけど。何で? チェルシーの何が不満だったんだよ?」


 チェルシー、かなり落ち込んでいたぞ、とジークエイトが付け加えれば、クリスフレッドは「ぶはっ」と吹き出すようにして笑い声を上げた。


「何が不満って、オレが新婚旅行にチェルシーを連れて行ったら、お前が不満になるからに決まってんだろうが」

「は? オレ?」


 どういう意味だと、ジークエイトが眉を顰める。

 するとクリスフレッドは、笑いながら言葉を続けた。


「だってチェルシーを連れて行っちゃったら、お前、チェルシーに一週間も会えなくなっちゃうんだぞ? 一週間も会えなかったら、お前、寂しいだろ?」

「え、じゃあ何? オレのためにチェルシーを選抜隊から外したって事?」

「そうだよ。チェルシーの姿が見えなくなったら、お前、寂しくて泣いちゃうだろ?」

「ば……っ、泣かねぇし!」

「でも、アサルト州の調査任務でチェルシーが二週間いなくなった時、お前、気持ち悪いくらいに落ち込んでいたじゃねぇか」

「……」


 それについては否定しない。


「ま、そう言う事だからチェルシーは置いて行ってやる。ついでに煩いアーサーは連れて行ってやるから、今のうちに彼女との距離を詰めるでも、彼女をお茶に誘うでも、何でも好きにしろよ」

「そう軽く言わないでくれよ。そんな簡単な話じゃないんだからさ」

「オレよりは簡単な話だろ」

「それは、そうかもしれないけど……」


 確かにクリスフレッドからしてみれば、それは簡単な話なのかもしれない。

 けれどもジークエイト本人からしてみれば、それはやっぱりそんな簡単な話ではないのである。


「チェルシーはロイヤルナイトに在籍し続ける事を望んでいるんだ。そんな彼女からしてみれば、オレの想いなんて迷惑なだけだろ」

「それはお前の勝手な判断だろ。チェルシーがそう言ったわけじゃない」

「それはそうだけど……でも、迷惑だってアーサーが……」

「それもアーサーの勝手な意見だろ。本当はどう思っているかなんて、チェルシーにしか分からねぇんだ。何年もグダグダ言っているより、さっさと告った方が、オレは良いと思うけどね」

「断られたらどうすんだよ……」

「お前、王子だろ。金と権力もあるし、容姿も良い。大丈夫だ、フラれる要素はない。自信持て」

「でも、オレになんか見向きもしてくれないんだぜ。公開稽古にも来てくれた事ないし」

「照れているだけかもしれないだろ」

「チェルシーの趣味、鍛練だし……」

「そういう女に限って、強い男が好みだから大丈夫だ」

「オレ、目つき悪いってよく言われるし……」

「大丈夫、大丈夫。それも慣れれば結構可愛いぞ」

「でも、チェルシーに迷惑だってはっきり言われたら……オレ、しばらく立ち直れない」

「ああああああ、もう、ウゼェッ!」

「酷い!」


 何を言っても否定的な言葉しか返して来ないジークエイトに、遂に痺れを切らしたクリスフレッドが本音を叫ぶ。


 じゃあ、もう知らん! さっさと他の男に奪われちまえ!


 しかし、クリスフレッドが苛立ちながらそう続けようとした時だった。

 その部屋の扉が、五回ノックされたのは。


「! はい、はーい!」

 五回もノックするという行動で、誰が訪ねて来たのかが分かったのだろう。

 今までの苛立ちはどこへやら。

 クリスフレッドはこれでもかというくらいに表情筋を緩めると、まるで瞬間移動でもしたのかというくらいの速さで、部屋の扉に飛び付いた。


「ロンブラントー! 何々ー? どしたー?」

「……」


 本当に同じ喉から出ているのか、と疑いたくなるような甘い声で話す兄に、ジークエイトは表情を引き攣らせる。


 扉を開けた向こうにいたのは、青い髪と同色の瞳を持った青年。

 そう、彼こそが一年前にクリスフレッドと結婚した、ロンブラント王子である。


「雷の音が怖くて眠れないのカナー?」


 弟が冷めた視線を向けている事などお構いなしに、クリスフレッドは最愛の王子に愛を囁きまくる。


 少し前までこのリーデル国は、主に王族派から成る温厚派と、主に貴族派から成る過激派による冷戦が続いていた。

 激しい戦闘はなかったものの、それでもいつ過激派が反乱を起こし、内戦が始まってもおかしくない状況にあったのだ。


 数百年前の話だ。リーデル国では、今の温厚派の祖先と、過激派の祖先が政権を巡って争い合っていた。

 当初は過激派が優勢だったものの、その戦闘の途中で、過激派の指導者が病気により死亡。そしてそれによって戦況は一変し、結果的には温厚派が勝利、政権を手に入れる事となった。

 そしてその時に勝利した温厚派の指導者が『国王』となり、その子孫が代々『国王』を受け継いで今に至る。


 しかし、その結果に今でも納得していないのが、過激派の中でも地位が高く、実権を握っている権力者達、通称『過激派のお偉いさん達』であった。

 彼らは、「本当はあの時、過激派が勝っていたハズだ。温厚派は運が良かっただけ。それなのに、現在も政権を握っているとかありえない。ご先祖様に誓って、必ず政権を奪い返してやる」と言って、表向きでは温厚派と協力して政治をしつつも、その水面下では、政権を奪う機会を虎視眈々と狙っているのである。

 

 しかし、過激派の若者達や、過激派の中でも地位が低い者達を含む、リーデル国民の大部分にとって、過激派のお偉いさん達が起こしている冷戦は、迷惑なモノでしかなかった。

 大多数の者は、そんな歴史になど興味はないし、反乱を起こしたい程、今の国王や王族に文句があるわけでもない。それに昔の戦争に負けたからと言って、過激派が蔑ろにされていると言うわけでもないのだ。

 だから過激派のお偉いさん達が反乱さえ起こさなければ、何も問題は起きない。このまま平和な国で、平和に生きて行く事が出来るのである。


 しかし、過激派のお偉いさん達が反乱を起こし、内戦が始まってしまったら、自分達の生活は一変してしまう。

 兵士として連れて行かれる者もいれば、いつどこで戦闘が始まるかも分からない恐怖に常に晒される事になる。もしかしたら、自分達が暮らしている街中で戦闘が始まる可能性だってあるのだ。


 そんな死と隣り合わせの生活が始まってしまうくらいなら、今の国王が統治する国で構わない。今の生活が守られれば、誰が政権を握っていようが関係ないのだから。


 だから余計な事はせず、温厚派も過激派も仲良くしてくれ、と言うのが、一般市民の大多数の意見だったのである。


 しかし、そんな温厚派と過激派のいがみ合いは、突如終わる事となる。

 それが、クリスフレッドとロンブラントの結婚であった。


 ロンブラントは、過激派の中でも特に権力を握っているハインブルク侯爵の長男である。

 そんな彼が、温厚派であり、次期国王となるクリスフレッド王子と結婚する事になったのだ。


 温厚派と過激派、その権力者同士の息子の結婚。

 これではどっちが政権を握っていても関係ない。だってどっちが政権を握っていようが、いずれはどちらも国のトップに立つ事になるのだから。表向きだけでなく、水面下でもちゃんと仲良くするしかないのだ。


 政権を奪う意味がなくなった事で突如冷戦は終わり、内戦が起こる可能性もなくなった。

 けれども、次期国王の同性婚には、まあまあ沢山の意見があった。

 しかしそれらに対して、「じゃあ、次期国王の同性婚を認めるのと、内戦で不特定多数の人が死ぬのとどっちが良いの?」と言って、クリスフレッドは無理矢理国民を黙らせたのだ。


 と、まあ、そんな半分脅す形で、国民に無理矢理ロンブラントとの結婚を認めさせたわけだから、残念な事にクリスフレッドの支持率は、まあまあ低いのである。


「え? ジークがいるのに邪魔しちゃ悪いって? いーの、いーの、ジークとの話は終わったから。これから追い出すから、だいじょーぶ、だいじょーぶ」

「……」


 なるほど。どうやら自分は、これから追い出されるようだ。


 ちなみアーサーやフローラが「女だから選抜隊から外された」と言うのは、護衛対象がどちらも男だから、男性騎士だけで編成した方が良い、という意味であり、チェルシーがクリスフレッドのせいで王妃の専属従者になる夢を諦めなければならなくなったのは、専属従者は護衛対象と同性でなければならないと言う決まりがあるからである。


「そういうわけだからジーク。オレはこれからスーパーロンブラントタイムに入る。だから速やかに退室願いたい」

「はいはい。邪魔者はさっさと出て行きますよ。どうぞ、ごゆっくりー」


 よし、次来る時は扉を五回ノックしてやろう。

 そう心に決めてから、ジークエイトは部屋から退室しようとする。


 しかしその前に一度、クリスフレッドにポンと肩を叩く事によって呼び止められた。


「誰かのモノになったら、もう何もせずに諦めるしかないんだぞ」

「……。分かっているよ」


 それだけの言葉を交わし、ジークエイトは今度こそその部屋を後にする。


 無理だと分かっていても行動し、愛する者を手に入れた兄と、無理だと分かっているから何もせず、愛する者を手に入れられないでいる自分。

 似ているようで、その差は大きい。


(もしもオレが告白したら、チェルシーはどうするだろうか)


 驚くだろうか。

 嫌がるだろうか。

 迷惑がるだろうか。


 ロイヤルナイトに在籍し続ける事を目標とし、常に努力を続ける彼女の事だ。

 喜んでジークエイトの好意を受け取るという結果にだけは、絶対にならない。

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