第2話 魔王的な存在じゃなくて魔王?
現在、薄紅色の長い髪の青年の鎖は、残り五本。
首輪、両腕、両足とそれぞれにある。白いブラウスに白いズボン。病院服に似ているせいか青年が病弱かつ、儚く弱々しい庇護欲をかき立てられる姿であることは否めない。
(さっさと鎖を解いてお暇する)
そう意気込んで全ての鎖を解除したのだが、最後に首輪が外れた直後、空気がガラリと変わった。
「はい、終わり。……じゃあ、私はこれで」
「そいつはできない相談だな」
低い声に、背筋がゾワリとした。
薄紅色の美しい髪が黒に近い灰色に、瞳も柘榴色から、紺色になるではないか。
あまりの展開に目を丸くしていると、儚げ系青年からワイルド系と言うか挑発めいた眼差しに、口角を吊り上げてニヒルな笑みを漏らす。
「(雰囲気だけじゃなく見た目まで変わった! そしてなんでまたワイルド系イケメンなんだ……!)と言うか誰?」
「あー、俺か? 主人格のエリオットはウジウジメソメソするが、優しいやつだからな。面倒なことは俺が肩代わりしているんだよな」
さっきの青年がエリオットと言うらしい。
どうでもいいけれど。
「主人格……と言うことは、別人格ってこと?」
「ご明察の通り、俺はグレイ。エリオットの補佐役と言ったところか。コイツがあまりにも孤独で辛過ぎて作り出されたのが俺だ」
エリオットが二重人格だと言う時点で、突っ込みどころが幾つもあるのだが、さっさと帰りたいので扉に向かって歩き出す。
「まあ、私には関係ないのでサヨウナラ」
「いや。師匠の転生者なら、帰すわけにはいかない」
その言葉に毛が逆立つ。
これだからイケメンは、いや人間は嫌いなのだ。平気で嘘を吐いて、裏切る。
「はあああ!? 約束と違うんだけど?」
「その約束をしたのはエリオットであって、俺じゃあない」
屁理屈じゃないか。ジリジリと後方に下がり、駆け出す準備を整える。
「とりあえず、お前がエリオットの番になれば丸く収まる」
「随分直球じゃない。喧嘩売っているの?」
真顔で何を言っていんだ、コイツ。
無駄にキリッとしているのが、なんか腹立つ。
「まあ、聞け。エリオットは《厄災の獣》として生を受けた。生きているだけで魔力が膨れ上がり、世界を壊す。それがコイツの宿業だった」
「だった……過去形ね」
「お前──の前世、師匠がその道筋を変えるために、この魔導図書館を作り、アイツに幾つもの檻と枷を付けた。アイツは常に魔力が満ちないように、何かを生み出し続けなければならない。この図書館の本はほとんどエリオットが生み出したんだぜ。師匠の真似事だが、悪くないできだろう」
エリオットをベタ褒めする男──グレイは、手にかかる弟を思う兄のようだ。全くもってどうでもいいし、ましてやイケメンの花嫁なんて誰がなるか。
(どうにかして、ここから逃げ出す)
「師匠が想定した、この懐中時計の針が12時を刻む前に、伴侶を得ないと本来の魔力量が消費量を上回り、暴走して自爆する。……尤もアイツは師匠がいない世界に未練はなかったんだが、なんの因果か師匠の転生者であるお前が来た。これはもう運命的なアレだから諦めてアイツの伴侶になれ」
「イヤよ」
「おい」
グレイは古ぼけた年代物の懐中時計を大事に持ちながら、時計の針に視線を落とす。全く動いていないように見えるが、チクチクと小さな音が聞こえる。10の数字を指しているのを見ると確かに時間はないのだろう。
私には関係のない話だ。どうでもいい。
「(むしろ前世の私の尻拭いをしただけでも、感謝して欲しいぐらいなのに次から次へと要求して、それで私が喜ぶとでも思った?)シンデレラのように魔法が解けてモフモフなウサギさんに戻るのかと思ったら、世界崩壊とか笑えないんだけど……」
「ちなみに魔導書の世界も滅びるから、全一億四千七百五十八万の世界も同時に崩壊する」
「は?」
「だから、お前が」
「嫌。何で伴侶になる必要があるのよ。エリオットは鎖を解けるならいいって言っていたわ。私はそれを助けた。ここで関係は終わっているわけ、お分かり?」
言っていることが違うので、グレイを睨んだ。彼は頭を掻きながら面倒くさそうに、その辺りの説明をしてくれた。
なんだかんだ言って真面目な奴だ。
「さっきも言ったがエリオットの魔力量は常に満タンのような状態だ。だが伴侶を得ればその魔力を相手側に与えることができ、エリオットの魔力も半分になることで安定化する」
「ふーん」
イケメンが野垂れ死しても心は傷まない。だが眼前の男は、どんな手を使ってでも私にエリオットを押し付けるつもりなのだろう。
こんなモフモフがいない世界なんて、とっととオサラバだ。
「!」
そう思って駆け出そうとした瞬間、膝に力が入らない。踏ん張りが利かず、体が傾く。
視界も歪んで、瞼が重い。
(なっ……)
「悪いな。エリオットを受け入れないなら──」
意識が遠のいた直後──。
『────────────────』
何人もの悲鳴に意識が覚醒。
次で脳裏にある言葉が過ぎる。
「
「なっ、おい!」
グレイと名乗った男が手を伸ばすが、届く前に私の視界はぐるんと大きく変わる。
***
「ん? ぎゃあああああ」
数秒の浮遊感の後、私は本の山に落ちた。
地面に叩きつけられるよりはマシだが。
(元の世界……じゃないか)
豪華絢爛なホテルのような内装に、華美で質の良い絨毯、天井まで届きそうな本棚、分厚い本の数々。埃や黴っぽい感じもない。
(どこかの部屋に移動した?)
魔法みたいなのが使えたのは、マグレだろうか。それにあの時に聞こえた悲鳴は、あまりにもリアルだった。
兎にも角にもエリオットはまだしも、グレイに見つかるのはまずい。確実に私を消す気満々だった。どうにかして隙を見つけて扉に飛び込むしかない。
とりあえず周囲を警戒しながら部屋を出た。廊下は絢爛豪華なホテルのような美しさがあるのに、人の気配はまるでない。
(綺麗に管理されているけれど、それにしてもいたる所に本があるな……)
ふと奥の部屋が視界に入る。大きめの扉にはいくつもの南京錠と、板で釘を打ち込まれた如何にも開かずの──というか開けてはいけない部屋を見てしまった。
(よし、……見なかったことにしよう)
そのまま廊下を進むと広いフロアに出た。螺旋階段が最上階まで続いているようで、眩暈のする高さだ。
カツカツと靴音が耳に入る。
頭上を見るとグレイの姿が遠目に見えた。
(――っ、まずい!)
慌てて近くに部屋に飛び込もうとして、壁沿いに移動しようとしたら、隠し扉が起動して――クルリンと私は狭い通路に入り込んだ。
(び、ビックリしたぁ)
一人が通れるほどの通路で、天井と床が水晶によって輝いて明るい。何だか一気にファンタジー感があってワクワク――している場合ではない。
「(グレイは私を探しているはず……。ここから上のほうに向かう道があれば良いんだけれどこういう時、都合の良い合い言葉で道が開くとかあるよな)開け、ゴマ。みたいな」
そういった瞬間、白銀の階段が姿を見せる。
「マジカ」
都合の良い展開に、罠なんじゃないかと疑ってしまう。
(でもあのグレイの性格なら、こんなことせずに自分で捕まえそうだし……、もしかしてこの空間は前世の私が作ったものだから反応している?)
数分ほど悩んだ結果、この場所に留まっていてもしょうがないと言う結論に至り、行動を開始した。その判断は正しかったようで、それなりに階段を上がった頃――。
「エリオット、お前の感知でも無理か?」
『うん……。昼間は感知が難しいかも。お師匠様とこの建物は同じ匂いと魔力だから』
(少しくぐもっているけれど、エリオットの声も聞こえる)
壁に手を当てた途端、何の変哲もない壁だったのが水面に触れたかのように、波紋が広がり壁の向こう側が映し出される。
美術館のように広々したフロアのようで、絵画と壁には本棚がギッシリと収まっている。グレイは階段傍の踊り場にある姿見鏡に向かって話しかけているようだ。
(なるほど。二重人格で体が一つの場合は、姿見鏡で意識共有するのね――って、話をしている今なら扉に近づける!)
そう思っていた矢先、バタバタと複数人の足音がこちらに近づいてくるではないか。玄関口にある螺旋階段を上がってきたのは、四人の男女だった。
「魔王! 覚悟!!」
(は?)
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