魔導図書館に棲む、愛されたがりの厄災の獣は花嫁を求む

あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定

第1話 手に負えない


 私は人間が嫌いだ。

 特に顔立ちが整っていて、髪の長い異性、眉目秀麗なイケメンを心から嫌っている。できるのなら一生関わらずに生きたい──そう常々思っていたのに。


「ぐずっ、君はお師匠様の生まれ変わりなんだから、責任をとってよぉお」

「は?」


 美しい青年はグスグスと大粒の涙を流しながら、私の腰に抱きついて――縋り付いてきた。トンデモナイ絵面なのだが、そんなことを言っている場合ではない。


「そんな話、知るか! 私は家に帰る! 今日は読みたいシリーズ本が発売なの! そして季節限定スープランチが私を待っているし!」

「お師匠様の生まれ変わりなのに、ひどいぃい。えぐえぐっ」

「だああああああ、泣くな! そして離れろ、イケメンめ……何をしても腹立たしいぐらいに絵になるな!」

「離れたら責任とってくれる? お嫁さんになって」

「絶対にイヤ」

「う゛わぁあああああん。お師匠様の生まれ変わりなのに、酷い!」

(前世の私、何てコトしてくれたのよ!?)


 これはほんの五分前の話に遡る。



 ***



 扉を開けたら別世界でした――なんて、自分が体験するとは思ってもみなかった。


「……は?」


 さわさわとソメイヨシノと八重桜の花びらが咲き乱れる室内、昔読んだ絵本のような摩訶不思議な場所だった。

 天井まである本棚、結晶化した水晶が宙に浮遊し、真昼のような灯りを放つ。本のページが勝手に開いて、そこから観葉植物や桜の木々が急成長して花びらをまき散らし、半透明の魚たちが部屋を自由気ままに泳ぐ。


 幻想図書館──そう思えるほど、円状の広々とした空間に本という本が本棚いっぱいに入っており、入りきれない本は床に積み上げられていた。

 吹き抜けの二階、三階へと続く螺旋階段は芸術的に美しい。

 中央受付らしき場所に大きな鳥籠が舞台装置のように存在している。

 本の在庫を確認しようと扉を開けた途端、別世界の部屋に居たのだ。


(は? なに、これ?)


 何より驚いたのは、この図書館らしき場所にいる薄紅色ピンク色の髪の青年だ。ふわふわの長い薄紅色の髪は地面に着くほどで、前髪も長くてほぼ見えない。白いシャツにズボン――病的なほど白い肌。

 ここまでなら儚い系気弱な青年――となるのだろうが、ギョッとしたのは、その彼は真っ白な鳥籠の檻の中にいて、首輪に、両手両足、至る所に鎖が巻き付けられて拘束されていた。そんな異常な状態なのに、青年は新品の白いソファに座って暢気に本を読んでいる。


(高レベルな監禁!? な――なんか絶対に関わったらいけない気がする!)


 直感でそう思った私は踏み込んだ足を戻して、手にしていたドアノブを引いて扉を閉めようとした。幸いにも鳥籠からここまでは三十メートルぐらいの距離がある。


(だいたい、なんでこういう魔訶不思議な展開なのに、扉の向こうにいるのがイケメンなのよ。どうせなら二足歩行のニャンコあるいはウサギさんだったら良かったのに!)


 苛立ちと焦りでドアを閉めるのに、力を入れてしまう。

 ギィ。

 微かな物音に、青年が顔を上げた。


 刹那、前髪で見えなかったはずの石榴色の瞳と目が合う。

 青年は目を大きく見開き、手に持っていた本を床に落とした。


(不味いっ!)


 そう思って慌てて扉を閉めた。何だか白昼夢のような不思議体験にドキマギしたが、面倒事は間に合っている。

 きっと疲れているからだ、と思うことにした。

 ふう、と安堵した瞬間――。


?」


 澄んだ声音に、心音が跳ね上がる。

 予想以上に声が近くで聞こえたのだ。私が握っていたドアノブは消えていて、私はいつの間にか鳥籠の中に入っているではないか。


「え、は?」


 声のほうを振り返ると、先ほどの薄紅色の髪の青年が目を潤ませて私を見ているではないか。しかも聞き違いか、オシショウサマ、と知人のように言うではないか。


「私は弟子を取ったことも、今後とるつもりもない、ただの十七歳の女子高生なので人違いよ!」

「うん、でも君の魂は間違いなく、お師匠様のものだから、きっと生まれ変わりなんだと思う」

「生まれ変わり!? いやいや、前世のことなんか知らんよ」


 ニコニコと嬉しそうに話す青年に、何だか嫌な予感がして私は鳥籠から出ようとするが、出口がない。なんという恐ろしい状況なのだろう。


(だあああっ、絶対に、この状況は不味い! とりあえずここから逃げ――)


 鳥籠に触れると小枝のようにパキン、と砕けるではないか。見た目は頑丈そうだがあまりの脆さに血の気が引いた。


(こ、壊してしまったぁあああ! 器物破損になる!? 訴えられる? いやいや不法侵入したくてしたわけじゃないし、とりあえずここから逃げなきゃ!)


 この部屋の扉に視線を向けて、駆け出そうとした直後だった。


「ぐずっ、やっと会えた。お師匠様の生まれ変わりをずっと、ずっと待っていたんだ! 責任とって、僕のお嫁さんになって」

「ひっ」


 勢いよく抱きつかれ――縋り付いてきた。しかも大人のガチ泣きにドン引きである。

 イケメン、儚い系青年の泣きつきにどうこうできるほど私の人生経験は豊富ではないし、正直、人間は全般的に嫌いなので離れて欲しい。


「責任って、なんで私がそんなことしないといけないのよ?」

「うぐっ……お師匠様は僕が心を育てて、恋ができるようになれば、この鳥籠や鎖が消えるって教えてくれたんだけれど、うぐっ、……頑張っても分からなくて、ずっと独りは寂しくて、お師匠様はいなくなっちゃうし、色んな人がここを訪れるけれど、僕に《愛》を教えてくれる人は誰もいなかったんだ。求婚しても何度も断られるし、誰も僕を愛してくれないし、お師匠様がいなくて悲しいから、お師匠様のことをずっと考えて……そうしたら君がきてくれたんだ! これって運命だと思う」


 捨て犬のような顔で抱きついても、私の良心は揺るがない。私には関係ないし、見知らぬ他人に優しくする心もないのだ。


 耳を塞いで、見たくない物を見ないで、自分の好きなことをするために感情を押し殺す。そうしていれば不自由だけれど、ある程度自由に動ける。

 大人になるまでは我慢すればいい。そう思って家を出る準備をしていたのに、よく分からないことに巻き込まれて良い迷惑だ。


(ああ、でもあの酷い環境に比べれば、ここはいい所なのだろうか? いやいや。こんなよくわからないイケメンがいる空間はダメだ)


 大の大人が泣きわめく状況に、溜息が漏れた。

 泣くだけで何かが変わる訳ないのに――なんでそんなことを分からないのだろうか。


「お師匠様の生まれ変わりは、僕を見捨てるの?」

「見捨てるも何も初対面だから」

「うぐっ……。でも。ずっと鎖に繋がれたままだと別の階層とかにもいけないし、できることも少ない」

(前世の私はなんでこんな余計なことを……ってか、自分の責任を来世の私に丸投げするな)


 この際、私がその偉大なる大魔導士の生まれ変わりが事実なのかはどうでもいい。正しい正しくないは分かりっこない以上、考えても不毛だし、現状巻き込まれているのだから解決方法を考えたほうが有意義だ。

 そう思っていたのだが――。


「じゃあ、私が鎖を解いたら、報酬にお金と元の世界に返してくれる?」

「解いてくれるの!?」

「私の条件を叶えるのなら」

「お金? 金塊とか?」

「そうそれ」


 小首を傾げていた青年は私が鷹揚に頷いたのを確認してパチン、と指を鳴らした。

 直後、一冊の魔導書が勝手に戸棚から飛び出し、これまた勝手にページが捲れていく。そして突然あるページに差し掛かると、そこから金銀財宝が洪水のように床一面に広がった。

 ざぁあああああああ。


(わぁああ…………)


 それは絵本で見るような黄金と宝石、首飾りやら王冠エトセトラ……王宮の蔵が開かれたかのような宝の山が広がっていた。


「これだけあれば足りる?」

「このお金は……私が貰って窃盗とかにならない?」

「全部、僕の個人財産みたいなものだから、ならないよ?」

「…………ふーん」


 これだけの宝の山があれば、今すぐにでもあの家を飛び出して、残りの人生を豪遊しても生きて行けそうだ。税金対策やら面倒な手続きも行政書士や弁護士の力を借りれば何とかなるかもしれないと緻密に計算した後、青年の面倒な願い事に付き合うことにした。


 近くにあった布を手に取り、できるだけ金銭になりそうなものを詰め込んで背負った。


「(これで逃走の準備はできた)それでどうやれば解除されるの?」

「お師匠様の生まれ変わりなら、『解除ディスペル』と言えば解けると思う」

「ふーーん」

 

 魔法が使えるかもしれない展開に少しだけワクワクしつつも平静を装い、彼の腕の鎖に触れた。


解除ディスペル


 パキン、と控えめは音と共に透明な紋様が崩れた。次の瞬間、鎖がドロリと溶けて消えてしまった。


「…………まじか」

「ね、お師匠様の生まれ変わりだったでしょう?」

「う……」


 犬のような耳と尻尾の幻覚が見えそうなぐらい、青年は嬉しそうだ。純粋ピュアで、天然なのか悪意など知らないだろうか。ほんの少しだけ微かに残っていた良心が痛んだ。


(本当に……大魔導士の……生まれ変わり?)

「ね、残りの鎖も全部解いて!」

「はいはい」


 安請け合いをするべきじゃない。

 そう人間嫌いなくせに、何だかんだで相手にしてしまう自分が憎い。


 完全に打算だけで契約をしたのだが、もし過去に戻ることができたなら、この時の自分を全力で止めるべきだったのだと、後々になって痛感するだろう。

 私の眼前にいた存在がなんなのか――もっと早く気付いていれば、未来は何か変わったのだろうか。


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