第16話 憂鬱

 暦が切り替わり、4月を迎えた。

 まだかろうじて春休みの那月は、最近夜になると黙ることが増えている。


「……なんかあったのか?」


 那月は今日も夕飯後にソファーで虚空を見上げてぼーっとしていた。別に具合が悪そうってわけじゃない。ご飯はきちんと食べてくれている。ただなんというか、上の空なんだよな。


「別になんともないよー」

「ホントかよ。最近のお前なんか変だぞ」

「どの辺が?」

「なんつーか……よく考え事をしているように見える」

「あぁうん、実際考え事はしてるよ。でも心配されるような深刻度合いじゃないし」

「明日の入学式の緊張でもしてんのか?」

「まぁそういうことかもね。アウェーだなぁ、って思って」


 そう言って那月はソファーにより深く腰掛けて、頭を背もたれに預けた。だらりと反り返り、背後のキッチンで皿洗い中の俺を逆さに捉えてくる。


「あたし、当たり前だけどこっちに知り合い1人も居ないから、改めて考えたら全部ゼロからのスタートだなぁ、って思うと、ちょっと気が重いっていうか」

「それでアウェーか……確かにお前は外様ってことになるが、別にアウェーではないんじゃないか? お前の進学先は別に中高一貫じゃないんだし」

「でもあたしは間違いなく1人だもん」

「安心しとけ。お前ならすぐに友達が出来る」

「そうかなあ」

「まず男子が放っておかないだろ」

「なーくん以外の異性からは放っておかれたいあたしとしては、その状況はヤダなあ。自己紹介で13個上の彼氏が居ます、って言って牽制しとこうかな」

「俺を犯罪者にしないでくれ」


 女子の結婚可能年齢がいつの間にか18歳に上がっていたり、未成年女子との交遊は何かと危ない橋を渡る行為に他ならない。

 この居候も割と危ない行為かもしれないのに、そんな自己紹介をされちまった日にはこの部屋にポリスメンが押し掛けてきても不思議じゃない。


「じゃあ彼氏じゃなくて、パパが居ますっていうのは?」

「もっとダメだ!」

「うーん……じゃあ、男除けになんて言っとけばいいかなあ」

「なんも言わんでいいだろ。変な言い寄られ方をされたらキッと睨んどけ。お前の外見で睨まれると結構威圧感があるだろうからな」


 何せ見た目だけなら最高位の黒髪美少女である。

 顔立ちは可愛くもあり、綺麗でもあるし、睨む表情はかなり迫力があるはずだ。


「じゃあ試しになーくんのこと睨んでみてもいい?」

「ああ、お好きにどうぞ」

「じゃあ――キッ!」


 オノマトペを発しながら、那月はソファーにふんぞり返るのをやめて俺を真っ直ぐに睨み付けてきた。

 案の定、迫力がある。

 綺麗な目を細めて嫌悪感を示すようなその表情は、男子の気概を萎えさせるには充分なモノだと思う。


「悪くないな」

「えっ。なーくんってマゾなの!?」

「変な解釈はやめろ……!」

「迫力があった、ってこと?」

「そうだよ!」

「やったー! でもなーくんを敵視するのは演技でもヤダからこれでおーしまい」


 そう言って那月は再びソファーに腰を下ろし、それからふと思い出したように呟く。


「あ。男子のあしらい方も大事だけど、あたしは結局、友達作れるのかなあ」

「だから大丈夫だって。その外見なら同性も勝手に寄ってくるだろうし」


 むしろ女子の方こそ、那月の見た目を評価するんじゃないかと思う。美男子じみた麗人ってわけじゃないものの、同性にこそ憧憬を抱かれそうなクールさがあるからな。……もちろん中身はそうじゃないが、ギャップでより好感を抱かれる可能性も高い。


「ふむふむ。じゃあなーくんの言葉を信じて、明日からの新生活は気張るとしますかー」


 どうやらひとまず、前向きになれたようだ。


「ありがとね、なーくん。だいぶ色々と解消された気がするっ」

「そいつは良かったよ」


 保護者としての在り方はまだまだ色々と手探り状態だ。

 それでも役に立てているのなら、とりあえず俺としても良かったと思う。

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