第2話 ようこそ阿波根町

夏の夜、闇の胎動。

「それ」の、その身の至る所から、もくもくと白い煙が上がっている。

都市の熱源を喰らい、「それ」は短期間の内に爆発的な成長を繰り返す。

試験管の中から産まれた、「それ」の起動の日は近い…


「全ては無に帰す…その目でよく見ておけ、夕季。」

…………うるせぇ、クソ親父。


「───はッ!」

目覚めると、全身から汗。また、あの悪夢を。「あの日の記憶」を、思い出していたようだ。

…電車はちょうど、トンネルから抜け出した。世界に日差しが戻る。

たった一人の電車の中で、俺は車窓から外の風景を眺め見る。

深緑の世界。そして青い空。景色は流れる。


やがて…

「間もなく終点、阿波根、阿波根町~。」

年老いた車掌のアナウンスが響く。

そうだ、旅はもう終わりだ。目的地に辿り着いたのだ。

俺の待つ町は、もう目前だった。


電車が止まる。ゆっくりとドアが開く。

俺は伸びをして立ち上がると、駅へと降り立つ。

ここに、何が待つのだろうか。


────今日こそ世界に平穏を。

それが俺の願いだ。


「阿波根(あわね)町へようこそ」

そんな看板が、俺の立つ駅舎に掲げられていた。

川のせせらぎ。蝉の声。突き抜けるような青空。

ここが阿波根か。

前いた街とは180°違う世界に、少々頭がこんがらがる。

俺は荷物を確認しながら、駅から出た。

「ふーっ」

夏は暑い。だが、ここはいい風が吹いているのか、涼しさを感じる。

田舎…だな。

かくして、「俺」こと、「田中 夕季(ゆき)」は、「久化(きゅうか)12年」の夏、

ここ、「阿波根町」へと転校してきた。


「おー、夕季くん。よく来たな。」

駅前広場で、ある人を待っていると、向こうから声がした。

今日からお世話になる民宿の主である人だった。俺は挨拶を返す。

「どうも。こんにちは、塚原さん。」

「そんなかしこまらんでいいよ。気軽に、‘‘卜伝ちゃん‘‘と呼んでくれ。」

「‘‘ちゃん‘‘はちょっと…」

「へへ、OKOK。」

塚原さん、フルネームは「塚原卜伝(つかはら ぼくでん)」…という、どっかの剣豪みたいな名前だが、本名らしい。

ある事情で家族と連れ立てない俺の、阿波根での家探しをしている時に見つけた、民宿の主。

俺が電話で重い事情を話しても、快く滞在を受け入れてくれた。

彼には感謝せねばならない。

(ちなみに、33歳。現在彼女募集中らしい。)


「そんじゃ、行こうか。」

塚原さんが車のドアを開ける。

「はい。」

俺は車に乗り込む。

「冷房ナシ!阿波根の風を感じてくれ!」

塚原さんがエンジンをかけると、90年代のHip-hopらしき音楽がかかり、車は走り出す。

俺は夏の道の中央を行く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る