最終話 ここから先は逃げるが勝ちだよ!
今から一週間前の夜、神は全人類の夢枕に立ちテンセイシャの存在を明かした。
その上で「この世界に本来存在するはずのなかった者たちによって、あなたたちの機会や利益が奪われている」と民衆を煽ったのだそう。
その晩、眠りについていなかった者とテンセイシャを除き、全ての人が同じ夢を見たという奇跡を前に神の言葉を疑う者はおらず……各地でテンセイシャの特定、襲撃が行われたというわけだ。
勝手に連れてきて野放しにされた挙句、そのことを咎められ理不尽に殺処分される。
もはや私たちテンセイシャは、この世界の生態を脅かす外来生物に過ぎないということだろう。
私は視線を落として呟く。
「……中止だね」
「中止って何がですか?」
「復讐をだよ。ただいまをもって、私たちの復讐計画は中止とします」
「ええ!? それじゃあ、わたしの復讐者としての役割はどうするんですか!?」
「この期に及んで、そんなことどうだっていいよ! 敵は神を含めたこの世界そのものなんだよ? 復讐なんかやってる場合じゃない、今すぐ身を隠さなきゃ!」
もちろん、身を隠したところで助かる保障なんてどこにもない。
けれど、全人類との徹底抗戦を選ぶよりはいくらか生存確率も上がるはずだ。
「あたしもアンジェに賛成ね。神が相手なんて流石に分が悪すぎるわ」
「俺も降りさせて貰おう。博打は好きだが、勝ち目のない勝負に参加するつもりはない」
「そんな!? 二人ともさっきまでの熱意はどこに行ったんですか!?」
ニーナがジノスとマリーカを交互に見ながら地団駄を踏んだ。
ともかく、これで撤退派は過半数。
ニーナには悪いが、大人しく従ってもらうほかない。
「さあみんな、急いで隠れ家に戻ろう! 抵抗の意思を見せず引きこもってれば、神も見逃してくれるかもしれないし!」
「ちょっ、みなさん待ってください! せっかくここまで追い詰めたのに本当に逃げちゃうんですか!?」
「そんなこと言ってる暇ないんだってば! ほら、人だって動き始めたし!」
色のなかった街並みに、ポツポツと窓の明かりが溢れ始めている。
もはや一刻の猶予もない。男性を放り出してでも、この場を去らなければ。
慌ただしい空気の中、ニーナが動きを止める。
「……わたし、街の人たちと話してきます!」
「はあ!? あんた何、言ってんのよ!?」
「あの人たちを介して、神と交渉します! わたしたちが害のない存在であることを正面から伝えるんです!」
「やめときなさいって! 話なんて聞いてもらえるわけないでしょ! 近付いた瞬間、袋叩きにされるに決まってるわよ!」
私もマリーカと全く同意見。
ここまで大きく膨れ上がった問題が、今更交渉で解決するなんてありえない。
「だったら……だったら、この場から伝えます!」
ニーナは私たちに背を向け、夜空に向かって叫ぶ。
「神様、わたしたちを殺したいなら正々堂々と姿を現したらどうですか!! わたしなら、いつでも相手になりますよ!!」
「バカバカ! そんなこと言って本当に降りてきたらどうするの!」
理由は分からないが、今のところ神が直接手を下してくる様子は見られない。
相手が手を抜いてくれているのに、わざわざこちらから挑発する必要もないだろう。
私たちは三人がかりでニーナを取り押さえにかかる。
「おい、なんだこの力! ニーナ落ち着け! どうどうどう!」
「ほら、クッキー! クッキーあげるから落ち着きなさい!」
「二人ともニーナをなんだと思ってるの!? そんなんじゃ、止まらないってば!」
とはいえ、どうすればこの状況からニーナを引き下がらせることが出来るのか。
私は脳をフル回転させ、説得に使えそうな材料を思い浮かべる。
――瞬間、ある人物の顔が頭をよぎった。
「ニーナ、もうやめよう! こんなのパン屋のオヤジも望んでないよ!」
「そ、それは……!」
自分で言っておいてなんだけど、パン屋のオヤジの存在がどうしてそこまでニーナを突き動かすのか。
絶対にないと信じているけど、ここまで過剰に反応されると「実は変な関係だったのかな?」とか、良からぬ想像までしてしまう。
私はニーナの手を強く握って前へ踏み出す。
「ここから先は逃げるが勝ちだよ! さあ、走って!!」
薄明の空の下……テンセイシャたちの走り去る音が街に響いた。
✘✘令嬢、脱兎のごとく!~テンセイシャ狩りから始まる没落喜劇~ 森羅ユイナ @yuina-S
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