1章11話 技術相談役 *
【新帝国歴1128年12月1日 アリーシャあるいは若葉】
「つまり『災厄』のような機械は、人間が作ったもので、人間の命令で動いているものだと。その前世の世界では」
それが、リヒャルト様の言葉だった。私はそれに答える。
「ええ。糸巻き機や機織り機と、根本的には変わりません。それから、ヘロンの蒸気機関とも」
ここは、リヒャルト様の執務室だった。
あれから、私はリヒャルト様に招かれて、様々なお話をすることを許されていた。話題は元の世界の科学技術や歴史に関してだ。新井若葉の興味の対象は科学史だったので、これは願ってもないことだ。
「しかし、だ。周囲に人もおらず、ああやって生き物のように動く機械を作ることが、人間の手によって可能なのか」
「ええ。動力と、……プログラムさえあれば」
「詳しく説明してくれ。まず動力とは」
そんな風にリヒャルト様は促す。このキレの良さと本題に入るスピードが、13歳にして彼を英明な君主に仕立て上げている秘訣なのかもしれなかった。
「機械を動かすためには、何かのエネルギー源が必要ということです。エネルギー源とは……一言で説明は難しいですが。蒸気機関であれば、気体を加熱したときの膨張が、機構を動かす機械的な力に変換される。でもそのためには燃料の消費が必要になる。災厄も、なんらかのエネルギーを消費して動いているということです。そのエネルギーを生産する機構も、どこかにありそうな気がします」
破壊された災厄の姿を思い返しつつ私はそう答える。
と言って、あの災厄という機構の運用においてエネルギー保存則が成立するのかは、今の私にはなんとも言えないところもあるのだが。少なくとも、私は私の知識の範囲で、答えられることを答えるしかない。
「敵の力は無尽蔵ではない、か。……もう一つ。プログラムとは」
「ええと……ううん」
ちょっと私は答えに詰まる。本当に正確かは分からないけど、私はこれに、一種の類推を使って答えることにする。
「たとえば水車小屋です」
「水車小屋?」
リヒャルト様は怪訝そうだ。
「そう。水車小屋は粉を挽く機能を実現するため、水の流れを水車の回転に、それをさらに、杵の上下動に変換するように設計されています。この『ある目的のための装置の動きを、機械的な一つ一つの動きに分解して設計し、全体の流れを組み立てること、その組み立てられたもの』とでも言えばいいのでしょうか」
「ふむ……」
リヒャルト様は椅子の背にもたれかかると、しばらく考え込んでいる様子だった。
「……やめてください、爪を噛むのは」
傍らから声がかかる。
「……エックハルト」
リヒャルト様はバツが悪そうだ。
私とリヒャルト様の会合は二人っきりということはなくて、常にエックハルト様か、他の誰かが同席している。暗殺やその他の危険性を考えれば、君主相手と二人っきりということはないだろう。
リヒャルト様の信頼を勝ち得ればエックハルト様にもビシッと言ってくれることを期待しないではなかったのだけど、どうもリヒャルト様は、ある意味エックハルト様に頭が上がらないのではと思うこともある。それがこの少年の玉に瑕というか、可愛いところかもしれないというか、なんて、不謹慎なことを私は考えてもみる。
それにしても、エックハルト様ときたら、だ。いまだに彼のことを警戒しないでもない私がこっそり観察していると、これ見よがしなウィンクで返して、その後はしれっとした様子で、私のことをスルーしている。親しみがこもっているというより、私の警戒は意に介さないというデモンストレーションにすら思えてくる、というのは邪推しすぎかもしれないが。
「エックハルト、お前はどう思う?」
「何がですか?」
「災厄が人間の手によって作られている可能性。それから、それがなんらかの明確な目的を持って動いている可能性だ」
リヒャルト様の質問に、エックハルト様は一瞬黙る。
「私はなんとも」
「質問しがいのないやつだな」
「不要な推測は避け、お目付役に徹するのが私の職務ですから。それはお任せします」
それからエックハルト様は、私の方を見やる。
「あなたと、技術相談役殿に」
「あ、あはは……」
私は苦笑いするしかない。エックハルト様は、礼儀正しいのか正しくないのか分からない。慇懃無礼というのが一番相応しい気がする。とにかく技術相談役というのが、私がこうしてリヒャルト様にお話をしに来ることの名目となっているようだった。
「それから、アリーシャ殿」
「ひゃん! ……な、なんですか!」
そんな風にエックハルト様についての、ちょっとだけ友好的でない考えをめぐらせていたら、突然声をかけられて私は飛び上がる。
「ヨハン殿について、奨学金の差配ができました」
「あ、ありがとうございます!」
エックハルト様の悪口を言っている場合じゃない、これには心から感謝するべきだろう。だって、そもそもはそれが目的だったのだから。
だけど、エックハルト様は続けて言ったのだ。
「……ただし、ご希望とは違います。進学先は」
「どういうことですか?」
それは困る。だって、ヨハンには、えらい官吏になってもらわないと。だってそれが、私の夢なのだから。
だけど、私の質問に答えたのは、エックハルト様じゃなくてリヒャルト様だった。
「当然だろう。ヨハン・ヴェーバーには、これから蒸気機関車の開発に当たってもらうのだからな。私の直属の工房技師として働きながら、必要な技術と知識を学んでもらう。そういうことだ」
「え……えええええ……」
私は、情けない声を上げる。
「もちろん、高等教育の機会を与えるということだ。仕事だけではなく、な」
リヒャルト様はそう言ってくれたけど、私は不安だった。これでヨハンの将来が開けたのか、それともヨハンの将来を歪めてしまったのか。いずれにせよ私の選択によって、これからの未来は大きく変わってしまったようだった。
一方で、リヒャルト様とエックハルト様はこんな会話をしていた。
「『七人委員会』には、良い土産ができそうだな。エックハルト」
「あまり、早計な判断は。彼らとて、友達ではありませんから」
聞きなれない言葉を耳にして、私は声を上げる。
「七人委員会?」
「……ああ、お前は知らんのだな。我々の歴史の、本当の詳しいところは」
それからリヒャルト様は話をしてくれた。ランデフェルト公国と同盟諸国、それから七人委員会についての、彼らの歴史の話を。
ランデフェルト公国が属しているのは、ヴォルハイム同盟諸国と呼ばれる国家群だ。数十の大小の領邦諸国を公や候が統治している。貴族階級の形成は『失われた帝国』の所産だった。『失われた帝国』が置いた統治府の役職が世襲されたことが、現在の貴族階級を形成している。『帝国』の首府は南方にあって、その昔、この地は辺境にあった。
栄華を極めた『帝国』が災厄によって滅亡すると、主君を失った辺境諸国は混乱に叩き込まれたが、やがて、元の統治システムを基盤にして、地域国家の体勢を整えていった。
幾多の国家滅亡や体制転換を経た後に、この地域の小国家群が形成したのが、『ヴォルハイム同盟』だ。同盟の意思決定の中心にあるのは、盟主であるヴォルハイム大公家を中心とした、『七人委員会』であり、ランデフェルトは小国ながら、七人委員会の末席にある。
『失われた帝国』の滅亡と同等の災厄が発生すれば、文明自体が危機に陥りかねない。七人委員会はいつ訪れるか分からない災厄に対抗する手段を維持し、共有するための組織だ。またリヒャルト様の先祖、エルンスト様が編み出したランデフェルト式槍術は、対災厄戦闘に特化した戦闘術である。そのため現在でもランデフェルト家は七人委員会に加えられている、とのことだった。
私は考えてみる。この歴史は、自分が知っている歴史と似通ったところはないだろうか?
「うーん。どうなんでしょう」
「どうかしたのか?」
「前世の世界にも、似たような……似ているのかどうかは分かりませんが。とにかく栄華を極めた大帝国の滅亡はありました。ただ、滅亡の原因は違いましたね」
「詳しく聞かせてくれ」
それから私は語り始める、元の世界の歴史について。さっきの話とは違って、これは現状の問題には直接関係はなくて、彼らにとってはおとぎ話のようなものだ。それでもリヒャルト様は熱心に聞いている、知らない世界の知らない歴史の話を。
一方のエックハルト様は、黙って静かに、私の方をじっと見ている。それが私には、なんとも得体が知れないように感じるのだった。
※プログラムに関するアリーシャの喩え話を少し改変しました。(2023/12/19)
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