第13話 闘い終えて

 家に戻ってボイスレコーダーを再生した。あの家族は信用できない、言った、言わないとなると面倒だ。胸ポケットに収めて録音した。俺はけっこうしっかりやったな! 傍で聞いていた美由が、

「今日は兄ちゃんを見直したよ! 迫力満点、威風堂々、100点満点の花マル! 胸がすかっとして気持良かった、ありがとう!」

「なにバカなこと言ってるんだ。お前のために必死だっただけだ。俺は親の葬式ってことで今日から3日の休みをもらった。少しはのんびりさせろ」

「龍志、俺もお前を見直した。俺はあそこまで言えなかっただろう、知識がないうえに度胸もない。あんなタンカは切れない。お前が東京で苦労したとよくわかった。話を聞くまで想像すらしなかった俺は父親失格だ。俺に代わって美由を救ったお前を誇りに思う。お疲れさんだった、飲むか?」

「あれは普通で考えられない畜生の世界だ。通常の人間が気づくことはないだろう。父さん、酒はほんの少しでいい。柄にもなく大声出して脅かしたから疲れたよ、早く風呂に入って寝たい」


 翌朝、味噌汁の匂いで目が覚めた。階下に降りると、熱を出した母は近所のヤブ医者の往診を受けていた。美由はどこだ? 心配したが朝メシを作って待っていた。

「旨そうだな。昨日はマトモに食ってないから腹が減ったままだ。親父はどうした?」

「いつものように仕事に行った。兄ちゃんが大好きなワカメとシラスの味噌汁にネギ入り卵焼きだよ。いっぱい食べてね」

 この様子では美由は大丈夫だな。吹っ切るまでにたくさん泣いただろうが、健一の残骸は残ってないようだ。ヒロキさんが言ってたなあ。女は捨てた男に未練を残さないが、捨てられた男は未練タラタラだと。美由、しっかり立ち直れ!


 庭の雑草を刈った後は縁側で寝転び、本当に珍しいほどゆったり過ごした。社会保険労務士の勉強を始めたと美由に言うと、

「すごいなあ、応援する! 絶対に合格してよ。保育士と幼稚園教諭の免状を持ってるけど、これからどうしようかなあって」

「お前さ、しばらくは何もせずに心を休ませろ。それから考えたっていいぞ」

「あのさ、兄ちゃんはどうして信金を辞めて家出したかって、ずっと考えたことがあったの。でもはっきりわかった」

「もう何も言うな」

「そうだよね。家出しないでここに住んでたら、昨日の兄ちゃんはいなかった。よくわかったよ。ねえ、街に出てカラオケしようよ。兄ちゃんと歩くと女の人が羨ましそうに見るから嬉しいんだ。行こうよ」

 手をつないでとせがむ美由とカラオケやゲーセン、長岡市のショッピングモールに出かけた。頑張ってくれたからとネクタイをプレゼントされた。実家でゆったり過ごした3日目の昼、マネージャーの谷崎さんから連絡が来た。


「谷崎だ、笑ったよ。弁護士先生の事務所にあの近親相姦の父親から電話が入った。何やら理屈を並べた挙句に、1千万は用意できないが500万だったら何とか払えると値切ったそうだ。それで先生はすっかりヘソを曲げて、

『君たち家族は人間ではない! 動物以下だ! 提示した慰謝料に不服があるなら直ちに裁判の準備をする。間もなく日本中に君たち家族の非道が報じられるが、覚悟はあるか? そして、僕はバカ親に道を説く気はないが、君はまったく見えていない! 親として君は娘と息子と嫁の3人を見殺しにしたことがわかっていないようだ。期待し過ぎで厳しい母親に甘えられずに息子は妹に走った。こんなことすらわからないのか! 常識を持った親であれば娘と息子は鬼畜にならなかった。カエルの子はカエルだ、トンビがタカを生むことはほとんどない! 考え違いした親は大バカ者だ。君たち夫婦はこの3人に詫びる気持はないのか! 最後に忠告するが、目を離すと息子は自殺するぞ!』

 そう断言なさったそうだ。そしたら2時間後に電話があって、払いますと言ったらしい。君はすべての証拠を握っているとハッタリをかましたらしいな、上出来だ! 久しぶりに痛快な気分になれたよ」


「今の電話を聞いたか?」

「うん、聞こえた。やったね、兄ちゃん。帰ってお母さんに報告しようよ」

 家に戻ると親父が待っていた。

「職場に電話があって慰謝料は明後日には払うそうだ。お前には本当に世話になった、感謝する。ところでお前はどうなんだ? 何かあったらいつでも相談してくれ、俺は親父だ、遠慮はいらんぞ。今度のことで、お前が美由の力になったことは近所も知っている。俺は鼻が高いぞ、よく頑張ってくれた。それからな、力を貸してくださった方にこれを渡してくれ。残りは送るから時々は母さんを思い出してやれよ」


 東京に戻った俺は店に寄った。アドバイスをくれた谷崎さんに礼を言いたかった。マネージャー室を覗くとヒマなのかパソコンゲームに熱中していた。背後から肩を叩くと、

「おっ、龍志くんか、お帰り。見られてしまったか、トラブルなしでみんなが真面目に働いてくれるとヒマなんだ。僕の出番は何か事が起こったときだ。最近は客もホストも優等生でまったくヒマだ。さあ、座れ。

 上々に収まって良かったな、君が脅かすところを見たかったよ。よほど凄みがあったらしくて、向こうは君のセリフを鵜呑みにしたようだ」

「いろいろ教えていただいたお陰です。最初はドキドキしましたが、こいつらに妹は人生を狂わされたと思うとだんだん腹が立ちました。大きな声で脅したのは事実です。妹はそれを迫力満点、威風堂々と茶化しましたが必死でした。ありがとうございました。失礼ですが、お口に合えばと親父から持たされました」

 新潟の酒“久保田萬寿大吟醸”を3本渡した。

「ほう、久保田だ。辛口だが口当たりは優しい酒だ。有難くいただいて、先生とオーナーへ届けよう、お疲れさん! 客が待ってるようだ」


 休み明けの龍志を待っていたのは沙奈江だった。

「一昨日来たけど龍志くんは休みだと聞いてがっかりしたのよ。やっと帰って来たんだ。早速で悪いけど、明日は空いてる?」

「申し訳ありません。明日はどうしても外せない用件がありますが、何でしょうか」

「まあお父さんが亡くなられたんじゃ、いろいろ忙しいわね。だったら次の日はどうかしら?」

 俺は親父の葬式だったのか。

「次の日はフリーですが、僕がお役に立てることでも?」

「あのね、人気のモデルさんを紹介されて、春・夏の撮影をしてネットにアップしたけど、売上は伸びなかったの。モデル目線を同性は嫌ったようね、それで、秋・冬は龍志くんにお願いしたいのよ。頼むから協力してくれないかしら。谷崎さんのOKはもらったわ。頼んだわよ」

 はあ~ またか~

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