第12話 鬼畜と談判

 携帯を切った俺は、どうしようもない怒りで体中が震えた。よりによって俺の妹がなぜこんな目に遭うんだ! 美由の不幸を呪った。 

 マネージャーに美由が離婚を決断した理由を詳しく説明して、休暇をもらった。

「龍志くん、話はわかった。証拠を突き付けて離婚させるのはいいが、慰謝料を請求するべきだ。慰謝料の相場は不倫レベルでMAX300万程度だが、妹さんが辛いめに遭ったのは元はと言えば鬼畜の行いだ。そして、離婚しても妹さんは白い目で見られる。噂が飛び交う田舎じゃ暮らしにくいだろう。妹さんの再出発資金に1千万を請求しろ! 君の話によると婚家はかつて庄屋だったらしいな。旧家なら金と田畑はたくさんあるだろう。もし拒否したらこの名刺を使っていいぞ。この先生はオーナーの学生時代からの友人で、おまけに筋金入りのクリスチャンだ。鬼畜行為を最も嫌う」


 マネージャーは、ワイドショーのコメンテーターで有名な弁護士の名刺を渡した。

「先生には話を通すから心配するな。向こうが支払いを拒否したら裁判で決着を付けると言え。裁判は真実が暴かれ、公表されるがそれでもいいかと脅かせよ。兄と妹の近親相姦がテレビや週刊誌で騒がれてもいいかと念を押せ! 遠慮している場合じゃないぞ。

 それでもゴタゴタ言ったら、死んだ妹の腹の子は兄の子だとわかったと言え! 弁護士先生が調べ上げたとダメ押しするんだ! それからな、考える時間は3日間、慰謝料の支払いは1週間以内だと区切りをつけるのを忘れるな! 向こうにも悪知恵が働く奴がいないとも限らない。“時は金なり”だ。わかったな!」


 なるほどなあ、俺は別れさせるだけを考えていたが、金か! もっともな話だ! 金だけで傷ついた美由の心は戻らない、1千万は安いもんだ!

「想像さえ出来なかったご教示をいただいて、本当にありがとうございます。しっかり交渉します」

 傍で聞いていたヒロキさんが、

「オマエの客は俺がさばく、知ってるだろうが俺のヘルプは高いぞ。龍志、頑張れよ! 写真を見たとき、こいつは信用できないと不安になった。まあ、単なるカンだがな。オマエもそう思ったはずだ。客には親の葬式だと言うから、こっちは心配するな。遅かれ早かれ切れる縁だ。傷が浅いうちに別れた方がいい」

 俺はふたりに頭を下げて、メラメラと燃えたぎる闘志を抱いて部屋を出た。


 いきなり帰って来た俺に驚いた両親を前に、美由がどんな目にあったかを話した。そして美由への償いとして慰謝料1千万を請求すると言って、録音を聞かせた。

「そんな噂を聞いたことがあったけど、まさかと思った私がバカだった」

 母は泣き濡れたが親父は、

「わかった。お前が思うとおりに進めろ、俺に異存はない。もうじき俺は定年だ。慰謝料のことで周りから何と言われようと平気だ。何よりも美由のこれからが心配だが、自立するには金が必要だ。美由、ひとつだけ訊くがお前はこれでいいのか? 後戻りは出来ないぞ、後悔しないか? 健一くんとは終わりになるんだぞ」

「お父さん、後悔なんて絶対しない! 人間の服を着たケダモノが夫だったと思うと、ゾッとする。まったく未練なんてない! 兄ちゃん、面倒かけて悪いけど全力で頑張ってよ!」

「お前さ、少しは悲しい顔しろよ、戦闘準備中の女ファイターに見えるぞ」


 すぐ美由の携帯を借りて健一に連絡した。

「僕は美由の兄の龍志だ。君はすぐ家に戻ってくれないか、大事な話があって今からそっちへ行く。君の両親も同席してくれ。僕が言ってることがわかるか?」

 勤務時間中だからすぐには帰れないとゴタクを並べる健一に、

「いいか、よく聞いて欲しい。君の家族は君と妹さんの近親相姦を隠して、僕の妹の美由を嫁にもらった。僕は隠されていた真実のすべてを知った。近親相姦の男に大事な妹を預けられない、わかったか! 話があるから早く帰れ!」

 龍志の大声は携帯を通してフロア中に響き渡り、部屋は瞬時に固まってしまった。健一は何ひとつ反論できず、蒼白になった顔の脂汗を拭った。


 龍志たちは客間に通されたが、龍志が話し始めた途端に健一の母は目を吊り上げて、

「根拠もないのに難クセつけに押しかけるとは何事ですか! 近親相姦ですって? 汚らわしい! そんなことは断じてありません。死んだ娘を冒涜する気ですか! それとも美由さんの作り話を信じるのですか!」

 ヒステリックな声を張り上げる妻を健一の父は宥めたが、健一は俯いて座っていた。

「証拠があります。まずこの音声です。よく聞いてください。美由は夫に抱かれる度にショウコと呼ばれています。常識では考えられません。美由がこれを録音するまでにどれだけ哀しい日々を重ね、苦しんだかと思うと、決してあなた方を許せません」

 静まり返った客間に録音が流れ、健一の両親は顔を見合わせた。


「妹は引き取らせてもらいます。しかし美由はあなた方に騙されて嫁入りし、心身ともに極限状態です。僕たち家族を欺き、美由の人格を無視して苦しめたあなた方に慰謝料を請求いたします。1千万円です。弁護士の先生がすべての事実を調べ上げてくださいました。

 そこでわかったことは、健一さんは時間を作ってはショウコさんのもとに通い、新潟市内のラブホテルを使っていました。証拠の画像があります。そして、ショウコさんが身ごもったのは健一さんの子です。こんなことは人間のすることではありません!」

 龍志は弁護士事務所の名刺をテーブルに置いた。 


「いいですか、2度と言いません。しっかり聞いてください。慰謝料を拒否なさっても泣き寝入りはしません。裁判で争います。ご存知でしょうが、裁判は白日の下に真実をさらします。近親相姦の話題は全国のマスコミの格好のニュースになるでしょう。先生はテレビで発言する用意があると言われました。

 慰謝料を払うか裁判するかの判断は、明日から3日間の猶予を設けます。そして、慰謝料の支払いは明日から7日間だけお待ちします。話はわかっていただけましたか? 何かご質問はありませんか?」

 客間は時間が止まったように物音ひとつしなかった。


「最後に訊きますが、ショウコさんが残したとされる手紙の宛名を僕にした理由を教えてくれますか。言えないなら言いましょう。僕は家を出て消息不明、しかもショウコさんと同じ大学で同学年だったと、美由から聞いたからではありませんか? 何かマズイ展開になれば、ショウコさんの腹の子を僕に押し付けようとしたのでしょう。違いますか? だが、あれは別人が書いたものです。ショウコさんの講義ノートを手に入れました。筆跡の違いを検証しますか? 卑怯な小細工までしたあなた方は酷い人たちだ。美由を何だと思っているのです!

 健一さんがショウコさんを愛したように、僕も美由が大切です。しかし、健一さんがやったことはケモノ以下です、鬼畜です! それを知りながら美由を不幸にした両親も同じ鬼畜です。僕が言ったことに間違いや異存があれば裁判してください。それでは失礼します」

 ワナワナと震えるだけの健一を一瞥して、俺たちは邸を出た。

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