はなればなれ 2023/11/16

「病院行ってきたよ。私、鼻レ離れだって」

 彼女は言う。

「鼻レ離れ?何だそれ」

 俺は耳慣れない言葉を聞き返えした。

「鼻歌でレの音が出なくなるんだ」

「…治るのか?」

「手遅れだって…」

「なんだと、ふざけてんのか」

「ゴメン」

 彼女は弱々しく謝る。


「いや、悪い。お前に怒っているんじゃないんだ。お前に気づいてやれなかった俺が腹ただしい」

 ずっと一緒にいた俺が気づいてやれなくて何が彼氏だ。

「ううん。私の方が悪いの。あなたが褒めてくれた鼻歌をもう聞かせてあげられないの。別れましょう」

 彼女の言葉に俺はショックを受ける。


 俺はここまで彼女を追い詰めていたのか。

 このままでは離れ離れになってしまう。

 そうあの時のように。


「待ってくれ。お前の鼻歌が聞けなくなるのは残念だが、お前の魅力が消えたわけじゃない」

「でもレの無い私なんて―」

「俺の話を聞いてくれ。昔バンドやってたの知ってるだろ」

「うん、音楽性の違いで解散したって」

「違うんだ」

 俺は強く否定する。


「あのバンドで俺はボーカルだった。ライブをを盛り上げるために、いつも死ぬ気で歌ってた」

 彼女は黙って聞いている。

「いつの頃からかシ抜きででしか歌えなくなってた。大問題さ。シが出ないボーカルに価値があるかってな」

「それでバンド辞めたの?」

「ああ」


 気持ちを落ち着かせるため、一度深呼吸する。

「追放しようとするやつと俺をかばうやつ。お互いに喧嘩し始めて、ギスギスしてそれで解散。メンバーとはそれっきり。離れ離れさ」

 涙が出そうになるのを堪える。


「そんな俺でも、お前は素敵だと言ってくれた。だから俺は、お前に言わなきゃいけないことがある」

 彼女の泣きはらした目を見ながら告げる。

「お前は最高の彼女だ。たとえ、鼻歌でレの音が出なくても」

彼女が俺の胸に飛び込んで泣き始める。

「俺にはお前が必要なんだ」

 彼女はまだ泣いたままだ。


 彼女の不安を取り除くため、勇気を振り絞る

「本当はもっと準備してから言おうと思ってたんだけど―」

 彼女が顔を上げる

「結婚しよう。お互いに足りない分を支え合おう」

「はい」


 こうして俺達は結婚した。

 おそらく俺達にはたくさんの試練があるだろう。

 でも離れ離れになることはない。

 俺たちはいつも一緒なのだから。

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