陽キャ女子を陰キャ化するために、付き合うことになりました
イチノセ
第1話 陽キャ女子の泣き顔
高校生という肩書きにも新鮮味がなくなった。
まあ、二年も同じ場所に通っているとそんなことを思うのは当然なのだろう。
入学当初に緊張感を覚えていた校舎の並びは色あせて見えるし、袖を通すたびにワクワクしていた制服も今は慣れすぎて気分が高揚しない。
そんなことを考えてはいるけれど、不思議と学校を辞めるという選択肢を取ろうとは思わない。その選択はかなりの異端であると思うし、何もかも凡人の俺が敷かれたレールを外れてしまうと、取り返しのつかないことになるだろう。
ああ、めちゃくちゃ何かしらの才能がある人間だったら高校なんかすぐに中退して、自分の力だけで生きてくんだけどなぁ。
いや、才能が欲しいとは思うけど、才能だけで生きていくのもなかなか大変なんだろう。
自分の才能を信じてその道に飛び込んで、時に苦しんで、他人と比べて。そうやって挫折に近いものを味わっても信頼できるのは自分の才能だけで。
それはきっと終わりのないトンネルに放り出されることと同じなのだろう。
うわ、じゃあやっぱり才能とかいらないわ。
大人しく高校生っていうレールに載っていよう。
朝の教室には様々な言葉が飛び交っている。それを一つ一つ耳で丁寧に拾い上げることはしないが、気になる会話は自然と耳朶に響いていく。
「俺、彼女できたわ」
「あ、今日の二限の数学、プリント提出じゃん。写させて!!」
「私、また下着のサイズ大きくなったんだよね」
誰かに彼女ができても、誰かのプリントが真っ白でも、誰かの胸が大きくなっていても。その全ての誰かは俺に話しかけているわけではない。
それなのに俺は、内心で勝手に返事をする。
(は? 彼女できたの? 消えてなくなれ)
(マジ? プリント提出なの? 消えてなくなれ)
(下着のサイズ? へぇ、とりあえず俺に触らせてみて)
こういうことを自然と口に出せたら。
コミュニケーションをきちんと取れれば。
そんなたらればを現実にすることができたら、俺は今よりもう少しだけ、高校生活を楽しめていたのだろうか。
クラスでの俺の立ち位置はまるで目立たない陰キャで、それがこれから変わることはきっとない。
陰キャという枠組みで立ち位置が変わることがあっても、その枠組みを超えることはないのだ。
何もない俺の高校生活は、何もないまま終わりへと続いていくのだろう。
そんなことを考えていると、なんだか虚無感に苛まれた。
ああ、本当に。消えてなくなれ、青春。
*
授業が全て終わった放課後の教室には、俺以外にもまだ何人か生徒が残っていた。
西日に照らされながら放課後の予定を話し合っている陽キャもいて、それを見ていると内心が荒れ模様になりそうだった。鞄を肩にかけてさっさと教室を出た。
昇降口を出て、遠くに見える夕焼けを一瞥した。めちゃくちゃきれいだと思ったその刹那。
この景色は日本に対して平等に存在していて、先ほどの陽キャにもこの光景が共有されている。そんなことを考えた。
そう思うと、なんだか夕焼けを純粋な感情で見られなくなった。こういうことを考えるから彼女ができないんだろうな。俺って歪んでるな。
こんな日は音楽を聴いて帰ろう。
鞄からスマートフォンを取り出そうとすると、異変に気が付いた。
「あれ? うわ、マジか」
思わず独り言がもれた。周りには誰もいなかったので、この言の葉は俺の中だけでおさまった。
鞄の中にスマートフォンがない。
おいおいマジかよ。教室に置いていったのか。
まだ正門すら出ていなかったので、戻る上での面倒くささはそこまでなかった。
さっさと教室に向かって歩き、スマートフォンを取りに行くことにした。
校舎の中が少し暗く感じた。
西日が窓から差し込んでいない箇所を歩いていると、ホラーゲームを彷彿とした。
とはいっても吹奏楽部の楽器の音色や、校庭から響いている運動部の声があったので全く怖くなどなかったが。
自分が所属している三組の教室に到着してドアに手をかけると、まだ施錠されていないことに安堵した。
思わず一つ息を吐いて、スライド式のドアを開ける。
「ひぇっ!!」
ドアを左にスライドした瞬間、教室から輪郭のない音が人間の声として響いた。
「え、あ……」
思わず立ち止まり、こちらも声とは呼べない音を喉の奥で震わせた。
そこにはクラスの人気者、陽キャのカテゴリーに属する、立花小春がいた。
瞳からは涙がこぼれていて、その頬はとても湿っていた。
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