第19話 でけぇよ夏芽

 アルダスさんに会いたくないってわけじゃないけど、あの現場にいた人と「今は」会いたくないというのが本当のところ。なのでコルベット艦を空高く上昇させてアルダス村を乗り越えて進む。


 空高く飛び上がれば視界も広がるわけだけど、たしかにいたよ、夏芽が。


「でっかー! 半径何キロってレベルじゃなくない!?」

「戦闘が終わったらああなりました。魔力切れたか小さくなるの嫌になったか。退いてもくれないんで、下に死体がいっぱい転がってますよ」


 夏芽、巨大スライムと化す。メタルスライムだけど経験値はあまりないと思う。けど、超貴重な生命体だからなあ、どうなんだろ。


 夏芽の方に艦を動かすと、夏芽も私を発見したらしくぴょんぴょん跳ねた。すごい地震がこの地を襲った。割れる地盤。倒れる木々。

 こいつ手なづけておかないと災害レベルでやべえことが起こる。私がしっかり管理しなければ。


 コルベットを付近に下ろし、夏芽と再会する。


 夏芽はずーりずーりとこちらへ移動すると、触手を2本伸ばして私のほっぺをツンツンする。


「ただいま、待たせてごめんね。寂しかったでしょ」


 夏芽は身体をぷるぷるさせる。

 これだけで風が巻き起こる……。

 ジャンプはするなよジャンプは。


 じゃあもどりまーす、という感じで触手を伸ばしてきた夏芽が戸惑っている。左手に寄生していたもんな。


「ごめんね、バグで左腕が無くなっちゃったの。もう指輪にはなれないよ」


 夏芽が固まる。そりゃあショックだよね。


 どうするのかなと思ってみていたら、夏芽は素早く私の左腕の袖をまくり上げるとちぎれていた防具もまくり上げ、ぶつ切れになっている左腕の断面と側面に何本もの触覚を差し込み、収縮しはじめた。


「何してると思う?」


「うーん、ご主人様の腕に本格的に寄生して武器になるとか?」


「武器腕かあ、悪くないけど冒険する気はもう無いしな」


「高速で小麦刈り取れますよ、きっと」


「機械でやるわ」


 アキちゃんと喋っていると、収縮が終わり――


「――え、義手?」


 そう、夏芽は私の左腕になっていたのだ。


「凄いね! 自由に動かすことは出来ないみたいだね」


 だらりと垂れる左腕。ホラーである。


「でもでも、現実世界ではほぼ完璧に動く義手が完成してるし、この世界でも義手がそれなりに発達してるんじゃない? ディンゴに聞いてみようかな」


 シャキーンとなる左腕。結構邪魔だなこれ。


「自我を持つ左腕ってのも悪くないね、うるさいけど。それで、背中に何か刺したいの?」


 止まる夏芽。背中に触覚刺そうとしてるのくらいバレてるよっての。

 だらりと垂れる左腕。お前そうすれば私が譲歩するって思ってるだろ。


「さすがに脊髄に侵入されるのはちょっと。私が私ではなくなってしまう感じがする」


 渋々といった感じで触覚を引っ込める夏芽。その代わりにという感じで骨を侵食し始める。


「あほ! そっちのほうが違和感でわかるわ!」


 液体になり左腕に垂れ下がる夏芽。これで全然重くないから不思議なんだけど、駄々をこねるな、こねるのはアキちゃんだけで十分だ。


「なにかいいましたか? ご主人様」


「なんでもないよ、アキちゃんは可愛いね」


「はあ? はあ、まあ可愛いかもしれませんね」


 無理やり侵食するのは諦めたのか、ジェスチャーをし始める夏芽。

 二つの触手で自分を指さし、ムキムキというポーズをする。

 そして、私の腕をぺちぺちと叩く。でろーんと垂れ下がる夏芽。


「夏芽は堅いけど、私はやわらかい、ってか。まあ夏芽は金属だもんなあ」


 夏芽は二つの触手をパチンとたたき合わせると、一つにする。

 そして、またムキムキポーズ。


「二つを一つ……ムキムキ……一体化するってこと?」


 ブルブル震える夏芽。正解かな。

 紫の大男に切断されたのはマジックコートとかの防御系を優先して取らなかった私も悪い。

 でもでも、骨ってスカスカなんだよね。そのスカスカに夏芽が入ってくれれば切断耐性は格段に上昇することになると思う。骨に一体化するのでも良い。とにかく切断耐性は上がる。

 もしかしたら次は切断されないかもしれない。

 もう次はないはずだけどね。

 大分戦闘が怖くなっちゃったってのもあるしな……。

 でも保険にはなる良い案だ。


「いいね、やろうとしていることを許可する。ちゃんと慎重に融合するんだよ」


 手首の先だけスライムになりぷるんぷるん揺れる夏芽。これ結構可愛い。


「調子の良い奴め。これからよろしくね」


 アルダス村を抜けてレングスへ。護衛用の武器見繕って貰おうと思ってね。


「キアちゃーん、ごめんよっしゃー」


 するとそこには人だかりが。天買人がいるのかな。


「あら、これは一度出直すか」


 夕方頃にもう一度。今度は人が少なくてすんだ。


「ごめんよいさー、キアちゃーん」


「あ、雪菜さん! お久しぶりです!」


「お昼頃来たけど、ここも賑わってるねえ」


「ええ、銃が見直されたので賑わってます! 嬉しい悲鳴です」



 おもむろに左手を見せる。銀色に光る手が見える。


「あら、その手は?」


「いやあ、バグで来訪人なのに左腕が無くなっちゃってねえ。これ義手なんだよ。もう戦闘はしないけど護衛用の銃を右腕に持とうと思って。何か良いのある」


「え」


「いやー何かとバグに遭遇するよ私は。もういっそノンビリした生活を送ろうと思ってさ。現実世界じゃノンビリできないしね。一応護衛用の銃を持っておこうと思って」


「――試作ですけど、雪菜さん専用の銃、キア-06Rなら右腕用なのでもともと反動が弱いですし、完全魔導銃なので弾薬が要らず、よってリロードが必要ないから撃ち続けられます。左手は添えていればいいです」


 現物を持ってきて貰う。小さいサブマシンガンだね。これならトリガー引いていればずっと弾が出る。優秀な銃だ。


「こんなの用意してくれていたんだね。私は幸せ者だなあ。ありがとね」


「雪菜さん……どこまでも前向きですね」


「だってこれゲームだもん。出来ることをやるしかないよ。ま、いつでもやめられるしね」


「やめるのはよして下さいね! 絶対ですよ!」


「わかってるって。この中も現実だもんね」


 普通のゲームだったらやめてるくらいの傷だよ。それでもTSSだからやめられないんだよ。


 小さいサブマシンガンじゃホルスターには入らないので頑丈な紐で吊って前側にぶら下げることにした。気分は街の衛兵さん。今は天買人がやることが多いのだ。距離取れるし弓より早く撃てるしね。熟練してなくても出来るのが特に大きな理由。

 フェンサーは売却。今までありがとね。


 キアちゃんにお礼を言って店を出る。ディンゴとしっかり喋ってないしディンゴの所でもいくかな。場所はジダンの4層だ。まずはレクチいくか。傭兵女王取った場所に。


 レングスからレクチを経由するように進路を取る。

 レクチはドティルティとレングスの影響圏の角っちょにある独立都市で一大穀物生産地なんだけど、かなり大きくなって五大都市と言っても差し支えないくらい成長したらしい。レングスのわんわんおが言ってた。


 行ってみたんだけど穀物農場が広い! ひろーい! どこまで見渡しても穀物!

 穀物を生産しているということは飼料用の穀物も生産が盛んということで、酪農場もあった。牛さん美味しいだろうなあ。

 レクチは影響圏が北海道くらいあるそうなんだけど(ドティルティは北海道6つ分くらいある、穀物生産地は影響圏が広い)、ほぼ全てが農場で出来ているらしい。レクチとドティルティあっても農作物足りてないんだねえ。オーストラリア大陸位ないとダメか。レクチの会社買い取って生活するのも楽しそう。


 レクチの中心部で一度船から下りる。

 うーん見渡す限りビルディング。昔のような牧歌的な雰囲気の家はもうない。みんな近代的なビルディングに置き換わっている。成長したなあ。

 ふらりと酒場へ入る。酒場の中身は変わってない。昔のままだ。入り口で鐘を鳴らし店員に知らせる。案内されたら電子パネルで注文する。ここだけ変わってる! 昔は注文取ってくれたのに!

 景気よくサーロインステーキとかヒレステーキとかを頼む。もちろん飲むのはウイスキーだ。ストレートでね。


 注文が来たのでフォークとナイフで食べる。夏芽がフォークを持つので両手で食べられるのだ。簡単な動作だしね。でも戦闘と違いちょっと力を入れるとすぐフォークが曲がっちゃう。お肉も食えて、フォークの力加減が難しいから夏芽の修行にもなるというお得っぷり。おにくさいこー。


「おいしー! 臭みが全くない! 肉汁溢れる! たまらん!」


「ご主人様が嬉しそうで私も嬉しいです!」


 ストレートの小コップを夏芽に持たせ、ぐいっとあおる。っくーたまらん。

 夏芽は手が震えていた。このコップガラスが薄いからかなりもろいもんね。薄いコップは良いコップだ。技術が要るからね。


 おきつね族はお肉が好き。たらふく食べました。アキちゃんが。

 ライドしたかったけど左腕がなくなって以降ライドしていない。

 違和感凄いだろうからね。


 レクチの冒険者の館で農場の物件を眺めたあと、出発。良い息抜きになった。

 よし、ジダンいくぞジダン。

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