程々の世界観

風梨 みかん

独善

 職場から帰宅して特に何か特別なことをする気力もなく、買ってきた幾つかの惣菜と缶麦酒ビールを開けて眠りにつく。一見何の変哲もない日常に思えるが自分だけがこの世界が「作られた」ものである事を知っている。

 朝、ひどく混んだ電車に揺られる。それは息の詰まるような圧迫感と定期的な揺れを「感じさせられて」いる。

 巨大な液晶に映る多種多様な宣伝の数々を「見せられて」いる。

 実際のところ本当の自分がどういった立場で、どのような姿形をしているのかは分からない。寂れた廃墟を盲目的に彷徨っているかも知れないし培養液のような物の中で眠りながら夢を見ているのかも知れない。

 作られた世界を脱すべく、自死という方針を取らないのは僅かではあるが根本的な破壊を招きかねない可能性、短く言えば本当の自分を殺してしまう事故を避ける為である。夢うつつで自らの首を絞めるのは余りに馬鹿馬鹿しく、幻想から脱するには幻想によって殺される他ないと結論付けた。


 何人かの旧友に自分の解釈を説明した事があるが、何という馬鹿げた飛躍だと嘲笑われた。喫茶店を出る直前、一人は上手く行かないのは分かるが現実逃避も程々にな、と言った。一人は君そう言うことを考えるのは中学生までだよと言った。

 心底可哀想な人達だと思った。分かっていないのだ。現に自分も気付くまで知らなかったのだから突拍子もない事実を突きつけられても一笑に付してしまうのも無理はないだろう。無知は罪なりとは言われるがそうは思えなかった。人は元来、皆無知である。数日考えた後に救ってやろうという結論に達した。

彼らは幻想である。ならば自分は彼らにとって幻想であろうと。

 入念に準備をした後、口実をつけて旧友数人を呼び出し、殺した。命は軽かった。これで彼らは気付いたに違いない。そう思うと無性に気分が高揚した。

 実のところ旧友が「作られた」存在ではないということを否定はできなかった。しかしそうであるか否かは空想からの脱却という目標に比べれば些細な問題でしかなかった。自分はあくまで登場人物を減らしたに過ぎないのだ。

 窓の外は清々しい程の快晴だった。本当によく作り込まれたものだと改めて感嘆していると遠慮もなく玄関先のチャイムが鳴った。

 扉を開けると警官が立っていた。


 裁判を受ける事になり、包み隠す事はないと思い、弁護人に偽物の世界云々うんぬんを説明すると、弁護人は心神喪失を理由に無罪を要求した。だが自分がそんなはずはないだろうと否定し、また自身の責任能力に関して十分過ぎる程の証言をした為、棄却された。

 判決として死刑が言い渡されたがむしろ本当の世界への帰還の切符を渡されたようで嬉しかった。

 執行日、最後の言葉はと聞かれたので、これで自由ですかと答えたら、

「お前は全てが作られた物だと言ったが私にも真偽は分からない。答えはそのロープだけが教えてくれるだろう」

と言われた。

 一抹の不安もないわけではなかった。だが容赦もなく時間が来て、床板が外れた時に一瞬現実が見え、安堵した。

 そこにあったのは程々の世界。可も無く不可も無く、絶望的でも無ければ夢のある世界でも無かった。だからこそ嬉しかった。作り物はもう終わりだ。テレビの電源を消すようにプツンと途切れ、暗転。

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程々の世界観 風梨 みかん @kazanashi_

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