第15話 彼女は彼女と相合傘をする

 最終下校時間のチャイムが鳴ったのを機に、二人の勉強会は幕を閉じた。

 いつの間にか図書室には図書委員の生徒だけがいるだけで、利用者は叶奈たちだけだった。

「うわ……雨、酷くなってるね」

 昇降口内に吹き込むほどの雨足の強さに、叶奈が思わず眉を寄せる。

「念のため傘持ってきてよかったぁ」

「……どうしよう、あたし、傘ないかも」

「えっ」

「でも、大丈夫。カーディガン頭に被って走れば行けるかも」

 白いカーディガンを脱ぎ始めた鈴音に叶奈は慌てて首を横に振った。

「だ、ダメダメ、風邪引いちゃうって! わたしの傘、大きいから入って! お家教えてもらえれば、送っていくから」

「でも、叶奈ちゃんの家、あたしの家と正反対でしょ? 遅くなるとおうちの人心配するよ」

「うちはそんなに門限厳しくないから大丈夫! それを言うなら鈴音ちゃんの家族だってびしょ濡れになった鈴音ちゃんを見たらびっくりしちゃうでしょ。だから送らせて、ね?」

「……ありがとう」

はにかむ鈴音の可愛らしさにどきりとしつつ、叶奈は自分の下駄箱を開けた。

(あれ? わたしの家……教えたっけ?)

 遅れて先ほどの鈴音の言葉に疑問が浮かんだが、一足先にローファーを履いた彼女が「やっぱり悪いから走って帰る」と言い出さないよう、叶奈は慌てて靴を履き替えた。


 桜色と白のチェック柄の傘は高校進学と同時に購入した、まだ真新しいものだ。端には可愛らしいフリルがついていて、それがいつも叶奈の羞恥心を刺激する。が、相合傘の相手が司ではなく鈴音だからか、はたまた可愛い傘と鈴音が絵になったためか、幾分か恥ずかしさは抑えられていた。

「えと、今更だけど鈴音ちゃん家、門限とか大丈夫? 何も考えずに勉強教えてもらっちゃったけど」

「平気。お姉ちゃんがいると厄介なんだけど、今は旅行に行っててあたし一人だから」

「えっ、一人暮らしだったの?! 大変じゃない? 学校行きながら家事って」

「うん。まあ、でも何とかなってるよ。一人だと色々気楽だしね」

 何てことないように言ってみせる鈴音に、叶奈はただただ感心するしかなかった。勉強もできて一人暮らしもできるほど完璧。だから、あえて授業に出ないのかもしれない。最初は変わり者だと思っていた彼女がとても頑張り屋さんに見え、叶奈は親近感を覚えた。

「すごいなぁ、鈴音ちゃん大人っぽい」

「そんなことないよ。お姉ちゃんにはいつまで経っても子供だってバカにされてるし」

「そんな……でも、鈴音ちゃんがそれだけ大人っぽいなら、鈴音ちゃんのお姉さんもかなりしっかりしてるんじゃない?」

「……まあ、ある意味しっかりしてると言えば、そうかな」

 少し間を挟みつつも、肯定する鈴音にいいなあ、と叶奈はため息をついた。

「わたし一人っ子だし、幼馴染も男の子だから、女の子の兄弟に憧れちゃうなあ」

「裏ましがられるほど、いいものじゃないと思うよ。兄弟って」

「え〜、でも同性同士だから何でも話せるし、相談もできるでしょ? わたしもそういう存在がいればなぁ」

「……あたしには分からないな。むしろ、あたしは一人っ子の叶奈ちゃんが羨ましい。誰かにとやかく言われたり、変に影響されたりせず、自由に生きられる感じがして」

 どこか素っ気ない口調になった鈴音は、地面に視線を落としやや暗い顔に見えた。

「え、えっと、なんかごめん」

「どうして謝るの?」

「な、なんか気を悪くさせちゃったみたいだから。そうだよね、いいこともあれば悪いこともある。兄弟がいる子も一人っ子も、それぞれあるよね」

「……叶奈ちゃんって、優しいね」

「え?」

「あたしの告白を断る時もそうだったけど、ちゃんと相手の気持ちを考えられて、相手のことをちゃんと思って言ってくれるから」

 再び視線を上げた鈴音の、柔らかな微笑みを目の当たりにして、叶奈の心臓が跳ねた。傘を持つ手がわずかに震える。

「そんなこと、ないよ……わたし、優しいっていうよりも臆病で、いつもちゃんと自分の本音を言えてないところとかいっぱいあるし」

「そんなの、誰でもそうだよ。あたしだってそういうところ、あるもん。でも、叶奈ちゃんがどう言おうと、あたしは叶奈ちゃんの優しさが好きだよ」

 ストレートな「好き」が叶奈の心を暖かくしていく。不覚にも涙腺が潤みそうになり、誤魔化すように笑った。

「そんな風に言ってくれたの、鈴音ちゃんが初めてかも」

「ふふ、やった」

 嬉しそうに言う彼女に叶奈もくすくすと笑う。

 そうやって他愛ない話をしながらの下校時間は、雨も夜特有の暗さも気にならなかった。


 その日を境に、叶奈の放課後は鈴音との時間になったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る