第8話 彼女は彼女と出会う
翌朝。身だしなみを整えながら、叶奈は司とのいつもの待ち合わせ場所である十字路へやってきた。既に待機している彼に声を掛ける瞬間が一番ドキドキするが、今日も勇気を出して声を掛ける。
「おはようっ、つーくん!」
「ああ、おはよう、叶奈」
そう答えた司は、珍しく読書をしていなかった。それどころか、どこかメガネの向こうの目が半開きになっているのを見て、叶奈は首を傾げた。
「つーくん、大丈夫? なんか眠そうじゃない?」
「……昨日遅くまで勉強して寝不足なんだ。ごめん」
メガネを直しながら苦笑いする司の言葉に、叶奈はぎょっとした。
「え、きょ、今日テストの日だっけ?!」
「ううん。単なる予習復習だよ。昨日は調子が良かったら、つい無理をしただけ」
「良かったあ……っていうか、つーくん、昔から勉強熱心だよねえ」
「学生の本分だからね」
当たり前のように答える司に、叶奈はう、と呻いた。
「わ、わたしもちょっとは勉強頑張らなきゃ……部活の時間を減らそうかなあ」
「それこそもったいないよ。部活は今しかできないことだし、思い切り打ち込むべきだと思う」
「うーん、でも、中学の時みたいにバリバリやるつもりはあまりないんだよ。バスケ以外のことももっとやりたいというか……」
「そうか。まあ、やりたいことがあるのはいいことだね」
「で、でしょ〜?」
「うん、でも、部活は続けるべきだよ、叶奈。青春の汗はたくさん流しておくべきだ。後悔しないように」
「う、うん、そ、そうだね……」
いつになく部活動を続けることを後押ししてくる幼馴染に複雑な思いを抱えつつ、叶奈はぎこちなく笑った。
「今度、叶奈の試合してるところも見たいな。高校生になってから一度も見てないから」
「え、そ、そんな、見て楽しいものじゃ」
「叶奈がシュートを決める姿、かっこよくて僕は好きだよ。また見せて欲しいな」
「……っ! 分かった! かっこいいシュート決めてみせるね!」
パッと顔を輝かせて答えると、司も微笑んで「楽しみにしてる」と告げた。
司の笑顔のためなら、叶奈は何だってできる自信がある。
司が部活にくるということは、同級生たちがしきりに口にしている『プリンスヤマウチ』というあだ名が高校でも健在であることを彼に知られる懸念もあるが、そんなことは二の次。叶奈にとって、司にいいところを見せることの方が重要だ。
(あ〜、もう、今日が練習試合の日だったらいくらでもボールを投げられちゃいそうなのに〜!)
「……あ」
「へ?」
不意に上げた司の声に、叶奈は我に返った。見れば、司は前方を見て目を丸くしている。
その視線を追いかけると、正面から一人の少女がこちらに向かって歩いてくるところだった。
(あれ……あの子、どこかで見たような……?)
肩まで切りそろえたボブに、琥珀色の瞳、ほっそりした体を包む白いカーディガン。それらが叶奈の記憶で桜の花とともに不意に蘇った。
あれは高校に入学して間もない頃だっただろうか。
叶奈は子猫を抱えたまま桜の木の上にいて、足元を見ていた。そこにはあの少女がおり、叶奈に向かって細い両腕を伸ばしている。
(猫を助けてたら、あの子が来て……えっと)
記憶を引き出すよりも先に、彼女が二人の前で立ち止まった。その丸い琥珀色の目は、どう見ても司ではなく叶奈に向けられている。
「え、と……な、何」
それ以上の言葉は紡げなかった。
彼女の唇が、叶奈の言葉を奪ってしまったからだ。
脳裏で、桜の花びらが舞っている。その中で、今、叶奈の唇に触れている彼女は何かを言っていたが、どうしても思い出すことができない。できるわけが、なかった。それどころではなくなってしまったのだから。
やがてゆっくりと身を引いた彼女は、まるで恋する乙女のように頬を赤らめて、目を潤ませながら、叶奈を上目遣いで見つめて告げた。
「ずっと君のこと見てた。君のことが、大好き。
あたしの恋人になって下さい」
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