第20話 最狂乱の宴

 それにしても他の一般客からの視線が痛い。オタクたちはまったく気にしていなさそうだけどすげぇな。慣れているのか?


「ハルト様、料理を取り分けてきます」


「あぁ、ありがとう。エビチリ多めで頼む」


「かしこまりました」


 珍しくメイドらしいことをエルサがしてくれた。雨でも降りそう。いや血の雨の方が似合うか。

 さて、この間に刹那に近づく奴をよく見ておくか。


 オフ会なのでもちろん主役の刹那にはたくさんのオタクたちが集まっていた。

 刹那は中二病な発言は変わらないものの、笑顔でオタクたちと話している。

 ……その笑顔、なんとしても護らないとな。


「ハルト様、お料理です」


「ありがとう。エルサもちゃんと食べとけよ? 外食なんてこんな機会じゃないとできないからな」


「はい。もちろんです」


 食べ放題なのをいいことに、エルサは結構驚く量を皿に盛っていた。

 普段はひもじい思いをさせていたのかもしれない。申し訳ないことをしているなぁ。


 俺がエビチリを一つ食べると、刹那の逆隣に座るヤミー! がカバンから何かを取り出そうとした。

 エルサと目線を交わし、警戒に入る。


「刹那たん! 写真撮ってもいいでござるか?」


「よかろう! 我を写す真なるものを許そう」


「おぉ、マイダークネス!」


 ふぅ、ただのカメラか。

 写真OKということが判明したからか、オタクたちは全員並んで刹那と写真を撮り始めた。

 ジッと観察していたら肩に誰かの手が置かれた。なんだ? と思い振り返ると、ヤミー! ってやつだった。


「なんすか?」


「いやいや、ハルト氏は楽しそうに見えなかったので声をかけたでござるよ」


「はぁ……」


「そちらのメイド氏も浮かない顔でござるなぁ」


 それは元からです。

 にしてもこちらのことを気にかけるなんてな。予想外だったぜ。


「して、ハルト氏は刹那たんのどこを気に入って眷属になり、5万円以上も払ってオフ会に参加したでござるか?」


「まぁえっと、クセのあるキャラクターに惹かれて、かな」


「そうでござったか」


 今更ながらこいつも大概変な話し言葉だな。

 呆れていると店員がグラスをいっぱい乗せたお盆を持ってきた。

 男のロン毛は嫌われがちだが、この店員はなんとなくサブカル系に思えるので嫌われることはないだろう。


「お客様ご着席ください。ウェルカムドリンクをお持ちしましたよー」


「おぉ、気が利くでござるなぁ」


 ヤミー! は店員の言う通りに自席に戻り、ウェルカムドリンクを受け取った。

 長髪の店員によって12人分のウェルカムドリンクが置かれた。

 見た目は黄金色の炭酸ジュースだ。


「いただきまーす! 美味い!」


 オタクたちは飲み慣れているのか、ごくごくと飲み干していた。

 俺もグラスのジュースを飲み干し、ただのレモン系炭酸ジュースであると確認した。


「……なんだ刹那飲まないのか? なら俺が飲むぞ」


「あー! ハルト氏それはマナー違反でござるよ!」


 ヤミー! に注意されたが、俺は構わず刹那からドリンクを奪って一気に飲み干した。


「刹那たん、気を悪くしていないかい?」


「あぁいうデリカシーのない男もいるから気をつけてね」


 オタクたちはみんな刹那の心配をしていた。

 心配して欲しいのは、こっちなんだけどな。

 俺の体から力が抜け、ついに俺はバタン! と机に伏した。


「晴人!?」


「お静かに」


 耳の機能はまだ残っている。エルサは刹那の護衛にしっかり付けたようだ。

 へぇ、毒ってこんな風に死んでいくんだな。


 徐々に体の痺れがなくなり、起き上がる。

 目の前にいたロン毛男が口を開けていたので、そいつを指差した。


「この場で一番驚いているテメェが犯人だよ、クソ野郎が」


「ぎっ!」


 俺はウェルカムドリンクを運んできた中華料理屋のロン毛店員を睨みつけた。


「どういうことだ晴人! 犯人は……」


「あぁ。お前の命を狙っている奴はファンの中にはいない。犯人は中華料理屋の店員だ」


 3日前、元殺し屋であるエルサの提案で、店から渡される飲み物は刹那から奪い取ると決めていた。

 エルサ曰く、狭い店内で巻き添えなく殺すのなら毒殺が一番だからだそうだ。


 刹那の命を狙っていたのは、やはりアンチじゃなくてカルマーだったらしいな。

 だったら話は早い!


「エルサ、捕まえろ!」


「はい」


 エルサはチェーン付きクナイを射出し、店員を捕えようと試みた。しかし店員は背中に仕込んでいた刀を取り出し、チェーンを退けた。


「ちっ、切れないか」


「みんな逃げろ! 巻き込まれるぞ!」


 店内は騒然とし、出入り口へオタクや一般客が流れ込んだ。

 カルマーの殺し屋は一般人には興味がないらしく、黙ってこちらを睨んでいた。


「刹那、お前は動くな。そこで見ていろ」


「わ、わかった」


 俺はポケットから12センチの鉄棒を取り出し、臨戦体制に入る。

 向き合った瞬間、ロン毛男は長い髪を縛り、侍のような風貌になった。


「一つ聞かせろ。なんで毒を飲んだお前が生きている?」


「俺は不死身体質なんだよ」


「お前も特異体質者か」


 ロン毛の男はニッと笑った。手柄が増えたとでも思っているのだろうか。


「俺はついている、一度に2人の特異体質者を殺せるどころか、あのエルサ先輩までオマケでついてくるとはな!」


「おや、その割にわたくしのグラスに毒は入っていなかったようですが」


「どうせアンタなら無味無臭の毒でも気がつくだろ?」


 何それ、エルサって化け物なの?

 失礼なことを考えていたら少し睨まれた気がした。チェーン付きクナイ持っているし、変なこと考えるのはやめよう。


「よそ見とは余裕だなっ!」


 ロン毛の男は刀を振ってエルサに襲いかかった。

 エルサはクナイのチェーンを縮こめ、刀に対して接近戦で応じた。


「馬鹿正直に戦いやがって!」


「あなたこそ、周りへの警戒が足りていないのでは?」


 隙に乗じて接近した俺は鉄棒を振り上げ、最大限伸ばして攻撃した。が、ロン毛男は鞘で俺の鉄棒を防いでしまう。

 なんてトリッキーな動きだ。しかもここは狭い店内。今みたいにエルサとの連携が決まり、鉄棒を自由に伸ばせる機会なんてそうそう無いだろう。まいったな……。


 数ではこちらが有利だが、この場所での戦い方的には相手の方が適している。それに合わせた戦い方を選んだのだろう。


「エルサ先輩の噂は色々聞いていますよ。最高傑作、完成品、理想像……耳にした賛辞を挙げたらキリがない」


「おや照れますね」


「何でそんなに誉められているのかわからないですけどねぇ!」


 ロン毛男は椅子を投げ、エルサの行動を制限した。


「エルサ、この狭い店内では戦いにくいぞ」


「わかっています」


「じゃあどうするんだ?」


「正面から戦わなければいいだけです」


 エルサはチェーン付きクナイを伸ばし、円形テーブルを盾のように利用したロン毛男を刺そうとする。

 テーブルは貫通したものの、威力は格段に落ちてしまう。殺傷力が目に見えて落ちているな。


「はははっ、この程度の修羅場で苦戦とか、言われていたほどじゃねぇなぁエルサ先輩!」


「……あなたが羨ましいですよ」


「あん?」


「わたくしは組織から重圧を受け、感情を殺すように鍛えられていたので。自由でいいですね、あなたは」


「自由……組織に首輪つけられて生きている俺が、自由だと!?」


 なんか地雷踏んだっぽいな。どうする気だ?

 ロン毛男は円形テーブルの上に乗り、刀を突きの型で構えた。


「エルサ、なんか得意な形っぽいぞ」


「わかっています」


 こいつ、だいたいわかっているな。俺のアドバイスいらないじゃないか。


「あの世で俺が最強って言い振らせ!」


 テーブルを蹴り、加速したロン毛男は目で追うこともできなかった。

 しかも馬鹿正直な突進でなく、エルサの前で急にブレーキをかけた。


「エルサ!」


 クナイを大きく空振りしたエルサには大きな隙が生まれていた。

 そんなエルサを救うのは、彼女を一番に恐れていた刹那の叫びだった。


「晴人、鉄棒をこっち方面に振り上げて!」


「待っていたぜ、その指示を!」


 刹那の声に従い、俺は刹那側に向けて鉄棒を振り上げた。

 その遠心力で鉄棒が伸び、ちょうどその弧を描く中にロン毛男の刀がピンポイントで存在した。


「ぐあっ!?」


 刀を弾かれた衝撃で、ロン毛男は大声を出した。

 相当痺れただろ。これかなり威力出るからな。


「エルサ、仕留めてくれ!」


「かしこまりました」


 エルサはチェーンを縮こめ、大きな鉄の塊としてロン毛男の頭にぶつけた。

 ロン毛男はその毛を重力に逆らわせるように倒れ、椅子2脚を下敷きにした。

 俺が恐る恐る近づくと、まだ息はあった。


「ふぅ、殺したかと思ってヒヤヒヤしたぞ」


「そんな失敗はしませんよ。この男のように、激情に身を委ねるような愚か者だったら話は別ですが」


 愚か者と言いつつ、本当は羨ましがっているのかもな。

 そう察してはいるけど、言葉にするのはやめた。一番葛藤しているのは他でもないエルサ自身だろうから。

 このロン毛男をどうしようか悩んでいると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


「やべっ、もしかしてオタクの誰かが通報したか?」


「まぁ当然の行動ではありませんか?」


「確かに。おい刹那! 俺たちは訳あって表舞台に出られないから任せていいか?」


「う、うむ。それはいいが、上手く言えるだろうか」


「後のことは多島さんって人に任せるさ。コイツは襲ってきた犯人で、逃げ遅れた自分を殺そうとしてきたけどすっ転んで気絶した、とでも言っておいてくれ」


「わ、わかった! それくらいなら……」


「よし、逃げるぞエルサ!」


「まったく、なぜわたくしたちが逃げなければならないのでしょう」


「本当だよ。正義の味方なのに」


「悲しきことです」


「真顔で言うな」


 俺たちは中華料理屋から立ち去った。

 多島さんからお怒りメールが来たのは、その10分後のことである。

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