第11話 カルマーのこと

「ハルト様、刹那とは何ですか?」


「なんだエルサ、刹那に興味を持ったのか?」


「いえ。ハルト様が鼻の下を伸ばしていた女が気になるだけです」


「言い方ぁ」


「それで? どんな少女なんです?」


 エルサって何か俺の口から出る女の名前に敏感だよな。何でだ?

 まぁいっか。逆らうと面倒なことになる気がするし、実際にスマホで見せてやる方が早そうだ。


「今日も元気に配信中だな。この娘が刹那だ」


『狂乱の宴へようこそ我が眷属たちよ』


 刹那は左目は茶色、右目は黄金色のオッドアイ少女だ。その右目を強調するように手をVサインに開いて、ファンを魅了する。

 激しい動きによって長い黒髪は揺れ、なるほどただ者ではないなと視聴者に1発で思わせる魅了があった。


「何です、これ」


 そんな少女に対し、エルサはわざとらしく眉をひそめた。

 まぁ気持ちはわかる。俺だって初見は魅了されつつ、何だこいつとも思った。


 でもなぜか癖になるんだよ。見続ければわかると思う!


『むっ、早速眷属たちからの貢ぎ物が届いておるわ。我の血が震えるぞ! はーっはっはっはっ!』


「やかましい方ですね」


「そういうキャラだからな」


「あとたまに画面が光ったりミラーボールが出たり恐竜が出たりと、忙しないのはなぜです?」


「これは投げ銭っていってな、この刹那に応援の意味を込めたお金をあげられるんだ」


「へぇ。ハルト様も投げられたご経験が?」


「え? いや、まぁ300円だけな」


「…………」


「え? 何で怒ってるの?」


「怒ってなどいませんが」


「それ怒ってる時にしか言わないよね?」


「本当です。だってわたくし、感情を殺すように鍛えられてきましたので」


 くそ、触れにくいワードを出して逃げやがったな。

 それにしてもみんなを笑顔にするインフルエンサーを見ても無表情のままか。

 それが感情を殺すってことなのか? 改めて嫌な組織だ。


「どうかされましたか? まさかこの娘とわたくしの顔を見比べていらっしゃるのですか?」


「安心しろ。俺はお前の顔の方が好きだ」


「知っています」


「だろ?」


 言ってて恥ずかしくなってきたな。俺もすき焼きに逃げよう。


 すき焼きを食べ終えると当然のように満腹になった。実質2人で500グラムは多かったな。

 だがこんなご馳走、次いつありつけるか分からない。食い溜めじゃないが、贅沢溜めできてよかった。


 エルサはもう刹那への興味は失せていたようで、せっせと片付けをしてくれている。

 そういえば、と思い俺は口を開いた。


「なぁ、一之瀬星華が逃げたのにそんなにすぐにカルマーは動かないって言っていたよな。あれどういう意味なんだ?」


 あぁ、とエルサは相槌をしながらメイド服を翻し、サファイアの視線を俺にぶつけた。真面目な話ということだろう。


「カルマーは基本的にわたくしや一之瀬星華のような殺し屋部隊を信用していません。なので指示は一方通行で、こちらから連絡を取る手段はないのです」


「何だよそれ。じゃあ報告とかどうするんだ?」


「言ったはずです、失敗したら処分されると」


「それがどういう……」


「はぁ、わたくしの前だとその頭脳も役に立たないのですね」


 うっ、図星だ。

 エルサと団欒している時は安心するからか、脳があんまり本気を出そうとしない。


 でも、家族といる時ってそんなもんじゃないか? それが人間ってもんじゃないか?


「教えてくれよ。あんまりカルマーについては知ろうとしなかったけど、これを機に学びたいんだ」


「カルマーでは殺し屋部隊に次から次へと命令が出るのです。それが成功している・していないに関わらずです」


 そう言ってエルサはメイド服のスカートからクナイを取り出した。

 躊躇いなくスカートをちょっとたくし上げるからドキッとするわ。


 中に秘められた薄布が見えなかったことについて残念に思っているわけじゃない。決して。決してだ。


「このクナイをよく見てください」


「ん? これ……もしかして液晶か?」


「はい。これに表示されるものは2種類のみです。『標的の名前』と『帰還せよ』」


「標的の名前が出たらそいつを殺して、帰還せよだったら本部に帰れってことか」


「そういうことです」


 エルサのクナイの腹には『Regresar a casa』と表示されている。左にスクロールすると今度は『Haruto Ituki』と表示された。俺のフルネームだ。


「この最新の命令はなんて言っているんだ?」


「スペイン語で、帰還せよ、という意味です」


「これが帰還命令か」


「その命令が送られてきたのが来日して2日目。ハルト様を襲う前日です」


「んじゃつまり俺を殺して帰ってこい、ってことだな」


「はい。ただわたくしは帰ってこなかった」


「だから一之瀬星華が送られてきたってことか」


 ってことは一之瀬星華はエルサを殺しにきたわけでなく、俺を殺しにきたんだろう。エルサは返り討ちにあったと、組織は判断したんだ。


 しかし死んだと思っていたエルサが目の前に現れ、しかも標的と仲良くしているんだからターゲットを変えたってわけか。まぁあいつとしたら両方殺す気だったかもしれないけど。


「一之瀬星華が誰を殺すつもりで来日したかは分かりませんが、とにかく明日にでもカルマー総出で殺しに来るわけではございませんのでご安心を」


「みたいだな。ちょっと安心だ。にしても特異体質皆殺しとは、カルマーもずいぶん大変な計画を立てているな」


「皆殺し? そう言った覚えはありませんよ」


「ん? 違うのか?」


「はい、実際カルマーの殺し屋の中にはハルト様のように特異体質を持つ者もいますしね」


「マジかよ。じゃあちょっと誤解というか、カルマーを甘く見ていたってことか」


 向こうにも特異体質がいるってことは、不死身体質があるから優位に立てるわけではないってことだ。極論だけど、俺の不死身体質を無視できる体質の奴だっているかもしれないんだからな。


「それに、この地球の誰しもが特異体質持ちでないと確信できることはないのです」


「どういうことだ? 約1千万人に1人とか言ってなかったか?」


「それは推測です。例えばハルト様だって、交通事故に遭わなければ不死身体質と知ることはなかったでしょう?」


 確かにそうだ。

 あの時初めて俺は不死身なのか? と思ったくらいで、それまでの人生でその体質を疑ったことはなかった。


 もし俺が寿命で死ぬとして、あの日事故に遭わなかったらずっとこの体質に気が付かなかったと自信をもって言える。


「極端な話ですが、自分の排泄物を食べる前の状態に戻すことのできる特異体質があったとしても、排泄物を口にしようとは思わないですよね? つまり多くの人間に特異体質があり、それに気が付かないまま一生を終える可能性だってあるのです」


「なんかこの世界が怖くなってきたぞ」


「そうですね。わたくしのような一般人からしても怖いですよ」


 メイド服を着て街中を歩き、チェーン付きクナイで颯爽と接近して刺し殺してくる女のどこが一般人なのだろうか。

 ……っと、やはり心を読まれて睨まれたな。おっかない女だ。


「カルマーに関わる人間はすべて特異体質がないかあらゆる事象から調べられます。その中で殺し屋に使えると思われた人物は洗脳して手駒にするのです」


「最低な奴らだ」


「そうですね」


 エルサは涼しい顔をしながら断言した。たぶん組織にいた頃も思うところはあったのだろう。

 エルサはカルマーの話が終わったと判断したのか、すぐにタンスを開け、寝巻きであるネグリジェを取り出した。


「ハルト様、お風呂をいただきます」


「お、おう」


「覗くつもりですか?」


「覗くか!」


「えっ……不健康なんですか?」


「どうしろと!?」


 俺をイジり尽くしたエルサは満足したかのように風呂へ直行した。

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