第8話 よう、ストーカーさん

「ストーカーってお前なぁ」


 茶色いコート、マスク、サングラス。

 怪しい3点セットを身につけたおっさんこと多島さんは、渋い顔で俺を小突いた。


「やっぱり多島さんだったか」


「尾行がバレるとは俺もまだまだだな」


「初心に帰りましょう」


「ガキに言われたくねぇ」


 そう言って多島さんはタバコに火をつけた。


「ガキの前で吸わないでくれます?」


「こんだけ働かせたんだ。受動喫煙くらい我慢しろ」


「にしても一之瀬星華に尾行バレしてよく生きていますね」


「それだけ向こうも理知的ってことだろ。現にお前を雇って俺を拘束させようとしていたんだから」


「たまたま俺たちに繋がりがあったからその計画は頓挫どころか、自分の素性を明かしてしまうようなものだった。人生上手くいかないっすねぇ」


「ガキに人生語られたくねぇな」


 一之瀬星華の計画は、おそらく俺かエルサのどちらかを殺害すること。


 カルマーの一員である彼女は不法入国者だ。そっちの件で有能な多島さんに目をつけられてしまった。大事にしたくない一之瀬星華は、俺に依頼して多島さんをストーカーに祭り上げた。

 そしてついでにエルサと俺を大きく引き離す機会を作ったってことは、隙を見てエルサか俺を殺害する計画だったんだろう。


「でもお前、一之瀬星華とは今日会ったばっかりなのによく気がつけたな」


「茶色いコートは多島さんのトレードマークですしね。それと多島さんからの定期報告では、1ヶ月以内にこの近辺に越して来た高校生年代はいなかった」


 多島さんはベテランなだけあって顔が広く、役所とも繋がっている。だからこの郊外に越してきた人物の情報を定期的に報告してもらっていた。

 もちろん、俺とエルサを守るためだ。


「一之瀬星華は俺個人が不法入国者として張っていたんだがな」


「じゃあストーカーと言われても反論する余地がないわけですね」


「お前なぁ……」


「こう見えても怒っているんですよ。何で不法入国者として張っていたのに、一之瀬星華についての情報を俺に報告してくれなかったんです?」


「…………」


 多島さんは吸い終えたタバコを地面に投げ、革靴で火を消した。


「俺たち警察で事件を終わらせられりゃ、それが一番じゃねぇか」


「巻き込みたくなかったと。心遣いは感謝しますけど、俺たちはもう普通のガキじゃないんです。これからは……」


「あーやめてくれ。ガキから説教なんて喰らいたくねぇ。報告はする。それでいいだろ?」


「いい大人が不貞腐れた」


 そして多島さんは、どうせ報告なんてしてくれない。

 秘密裏に解決して、俺たちに何も知らず平和に過ごしてほしい。そう心から思っている最大の善人だからだ。


「俺からも聞かせろよ。何で一之瀬星華と接触後、すぐにカルマーとやらだと気がついた? 出会ったのは今日が初なんだろ?」


「怪しいと思ったポイントは大きく2つ。まず高校生が単身で9月に引っ越しって言っていたところです」


「それが何だってんだ?」


「日本の高校は4月から新年度が始まる。ただヨーロッパでは9月ごろに新年度が始まる国が多いんです。もしかして日本の制度を知らない環境で育ったからこそ出たボロかな、と」


 もし日本の学校も9月始まりだったら、そこまで違和感を覚えることはなかっただろう。

 ただ4月始業の日本で、さも単身高校生の9月引っ越しが当然のように振る舞っていた。疑問に思うのも当然だ。


「なるほどなぁ。だがそれだけだと……」


「2点目はついさっきの話なんで疑惑を確信に変える要素だっただけですが、すき焼きですね」


「すき焼きぃ?」


 多島さんは何とも微妙な表情になった。

 まぁ、こんな真剣な話の場ですき焼きなんてワードが出たらそりゃそうだよな。


「さっき彼女と買い物行ったんですけど、すき焼きの具材を買っていたんです。肉、ネギ、豆腐、白菜、玉ねぎ、ちくわぶ」


「ちくわぶ?」


 多島さんはちくわぶというワードに明らかに怪訝な反応を見せた。

 俺だってスーパーではその反応、我慢していたんですけどね。


「多島さん、関西出身ですか?」


「お、おう……」


「すき焼きには白菜が欠かせないのは関西。そしてちくわぶを入れるのは関東の一部地域。多分ですけどネットですき焼きの作り方を見てそのまま買ったんでしょう。地域差や家庭の味なんて無視してね」


「日本で生まれ育ってないって確信したわけか」


「そういうことです」


 他にも細かい違和感はいろいろあったが、まぁ多島さんに全部伝える必要もないだろう。

 たぶんきっと、答え合わせはエルサがしてくれる。


 パリーン! と閑静な住宅街に似合わない音が響いた。

 ……ほらな。半年前に聞いた音だ。


「お、おい!」


「うちのメイドでしょう。あいつも鋭いので大丈夫ですよ。それに約束したでしょう?」


「約束?」


「電話で言ったじゃないですか。『絶対に護るので安心してください』って。多島さんはちゃんと護りますよ」


「……なんかこの歳でそんなこと言われるとムカつくな」


「諦めてください。さ、一之瀬星華を逮捕しに行きますよ」


「お、おう!」


 俺と多島さんは音の鳴った方へ走り出した。

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