第44話  基本に忠実にがモットーです



 きっちり基本通りに踊ろう。


 ノワールや父みたいな鮮やかな高い跳躍も速い回し蹴りもできないけれど、とりあえず練習の成果を出すんだ。



 舞の衣装が軽やかに揺れる。



 純白の衣装のスリットから下に着た深紅の衣装がひらひらと顔を覗かせ、花のようにふわふわと揺れる。



 長い袖も俺の拙い踊りを綺麗に引き立ててくれた。



 シャラシャラと美しい音を響かせながらの跳躍。高さよりも型の美しさを重視した。


 着地の瞬間、花が開くように長い上衣の裾がふわりと広がった。客席からさざ波のようなため息が漏れた。



 よし、一番の見せ場を踊りきったぞ。



 ホッとしたその時、ブチリと音がした。え?



 下に履いたズボンを止めていたベルトが切れた。観客は気付いてはいない。でも、今にもずり落ちそうだ。


 父が嗤いながら腰に巻きつけた鈴飾りがかろうじてズボンが、落ちるのを防いでいる。



 あんなに繊細な銀の糸がどれだけもってくれるかわからない。俺の下半身の安全は風前の灯火だ。



 今は緩やかな曲調だから、跳躍なんて無くて助かったが、これが終わった後また見せ場がくる。なんとか考えないと。



 心配そうなノワールが見えた。流石ノワール、俺に何かアクシデントが起こった事に気付いたようだ。こちらに来ようとする彼を目で制する。



 考えろ。普通に踊っていては駄目だ。緩やかな曲の今のうちに次の手を考えないと。時間稼ぎに何か…。



 父が目にはいる。



 あ。そうだ。俺はにんまり笑った。



 純白の上衣の一番上のボタンに指先を這わせる。


キラキラ輝く桜色のそれを指先でつつく。観客席が固唾を飲んで見守る中、一つ外した。


 観客席がどよめく。いやいや、下にもう一枚着てるしね。



 曲に合わせて二番目のボタンに向かってゆっくり指を這わせて行く。客席が指先に注目している隙に、焦らすようにゆっくりターンする。うわーん、どうしよう。考えろ、アレックス。



 ズボンはまだ、無事だ。万が一ずり落ちても上に着た衣装が長いから大丈夫だけど、月華の舞はズボンを脱いだら即失格だ。失格になったら単位を貰えない。それだけは避けたい。



 出来ればラストは座りたいな。それならズボンがどうなろうと誤魔化せるし。華陽の舞いのラストなら座って終われるんだけどな。



 そうか、華陽の舞だ。



 華陽の舞に必要な舞扇が袖の袂に入ってるじゃないか。



 袖が綺麗に見えるようにと、重し代わりにいれてくれたヴィヴィアンちゃんに感謝だ。ふたりが舞に使った深紅と純白の華やかな扇子、使える。



 わざとゆっくり回ったターンが再び客席正面に戻った。我ながらいい考えを思い付いた喜びに客席を見渡しながらにんまり笑う。


 いや、ほんとアクシデントなんて何も起こってないっすよ。上から目線で余裕綽々を装いながら、桜色の第二ボタンを外した。内心冷や汗もんだけどね。



 観客席が、またもやどよめく。なんか、イケナイショーをやってる気分なんだけど。皆、違うからね。


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