19.置き去り

 夢を見た。夢と自覚してなお恐ろしい、酷か悪い夢だった。


「なんだ、まだ暗い。起きるには早いぞ」


 起き上がり暗がりでその顔に触れると、ミシルシ様が口を開いた。起きていたのか、起こしてしまったのか。いつもの不敬、は言われなかった。


「それとも何か火急か。そうは見えんが」


 情けない声が出てしまいそうで口が開かない。隠したいはずなのに、震える指先はそれを許してくれなかった。


「なるほど、怖い夢を見たのかえ」


 暗くて見えるはずもないのに、わたしの顔が見えないよう胸のあたりに首を抱き込む。それでも腕の震えが止まる気配はまだない。


「結や、教えてご覧」

「……」

「何がそんなに怖かった」


 促されるように先程の夢が思い起こされる。それは見慣れた景色だった。住み慣れた部屋。畳の上には乱雑に積んだ本。外からは通りを走る車のエンジン音。いつもと変わらない、日常としか言いようのない何かだった。

 ただひとつ。このヒトが、どこにもいないことを除いて。


「ミシルシ様、ミシルシ様」


 その耳に吹き込むように、願うように、言葉を探る。


「ミシルシ様は最期まで、わたしと一緒いてくれますか」


 答えはない。辛うじてこちらを見ていると知れる瞳は静かに薄ら微笑んでいた。


「ほれ、いい加減寝直せ。今度は悪い夢は見ない。私が言うのだ、信じられよう」


 穏やかな声に促され、首を抱いたまま布団のなかに倒れ込む。ようやく震えは治まってきたが、何だかとても疲れていた。


「ずるいヒト」

「悪夢にべそかくお子様と違って、今昔大人は狡いものよ」


 そう嘯いたミシルシ様は、あやすような声音のまま歌い出した。緩やかで静かなその歌は、子守唄らしい。心地よさに腫れた瞼が重くなる。

 

 一番欲しかった言葉は、ついぞ貰えはしなかった。

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