訓練漬けの日々

19 : 地獄の幕開け

 ノースリッジ軍事基地内にある、全面ガラス張りの巨大な高層ビル。隅々まで磨き上げられたガラスは青空を映し出し、陽の光を反射しながら輝いている。

 この建物そのものが「訓練場」と呼ばれていて、その中には射撃場や道場、水上訓練用のプール、ジムなど、戦闘力増強の為に必要とされる施設は全て揃っている。


 朝礼を終えた私は、ユリサと共に訓練場へと向かった。今日はこれから此処で、技能テストを受けることになっている。今の私の戦闘力が如何程のものなのかを計る為だそうだ。


「はい、これに着替えて」

 ユリサから手渡された戦闘着はトレーニングの際などに着用するもので、実際の戦闘で身に付けることはあまりないらしい。

 隠れんぼが出来そうなほど広い更衣室で、戦闘着に着替えを済ませた。


 首から足の付け根までを覆う、ぴっちりとしたデザインの黒いボディスーツ。腹部にはプロテクターが取り付けられ、アームカバーとブーツも頑丈な造りをしている。

 ヴァイスリッターは突如現れたウイルスの暴走を防ぐ為、街の見回りに当たることが多い。

その際は軍服を身に付けているが、いざという時にすぐに戦えるよう、軍服の下には収縮自在な「ロイドギア」と呼ばれる複合装甲を身に付けている。


以前、ウイルスに感染した赤眼のアンドロイドと戦うユリサの姿を目の当たりにしたが、その際に彼女が身に纏っていた機械式の白銀の鎧などがそうだ。

 これはヴァイスリッターのみに限らず、マザーボードの軍人であれば誰にでも支給されるものである。


 ノースリッジ軍事基地内にロイドギアの製造・整備を行う施設があり、専門の技工士が各々の体格や能力、得意な戦闘スタイルに合わせて作り上げているものなんだそうだ。

 因みに、私──正確に言うと、以前のフランが使用していたロイドギアは、フランが行方不明になった際に失くなってしまったらしい。


 いや、失くなったというか……ユリサから聞いた話によると、激しい戦闘の末に身に付けていたロイドギアの大部分が破損して、ばらばらに砕け散ってしまったと言った方がいいのかもしれない。

 通常、ロイドギアはそう簡単に傷を付けられるものではないが、きっとそれだけ相手が強かったということだ。その相手について詳しくは聞いていないが、たぶんウイルスに感染したアンドロイドだと思う。


 この前ユリサが戦っていたウイルスは、簡単に建物を破壊してしまうほどの怪力を持っていたが、ユリサがあっさりと抑えてしまった。だが、聞いた話によると、以前街で見たウイルスなど比べ物にならないくらい、強大な力を持って暴走する者もいるようだ。

 因みに私のロイドギアだが、総統からの依頼を受けて、現在急ピッチで新しいものの製造が行われようとしているらしい。




 着替えを済ませて更衣室を出ると、外で待っていたユリサと共に戦闘ホールαと呼ばれる場所へ向かった。此処、訓練場の中には戦闘ホールと呼ばれる階層がいくつかあるそうで、ロイドギアや武器を用いた激しい訓練の際に使用されるらしい。

 エレベーターで戦闘ホールαの階まで上昇し、扉が開くと、だだっ広い無機質な空間の中に強面の男性型アンドロイドが腕を組んで私を待ち構えていた。


 筋骨隆々の屈強な体つきに、白い短髪、見る者全てを凍りつかせてしまいそうなほどに鋭い眼光。鞘に納められてはいるものの、太い腰には何やら物騒なものが括り付けられている。

 マックスよりも更に一回り大きくて、迫力と威圧感が桁違いである。


「よう、フラン。久しぶりだなァ」

 頭の中に直接語りかけてくるような、芯のある低い声。

「え、エット……その、お、お久しぶりデス……?」

 正直、このお方のことも全く存じ上げないのだけれど、とても「すみません、覚えていないんです」などと口に出来る空気感ではなく、口が勝手に話を合わせてしまっていた。


 暫くの間、そのアンドロイドは腕を組んだまま鋭い目つきでしげしげと私を見下ろしていたが、何かを諦めたような様子で深く長い溜息を吐いた。

「朝礼の時の挨拶も聞いてたが、フランお前、記憶を失くして随分と丸くなったもんだなぁ。何だっけか……『早く戦力になれるように頑張ります』だったか?」


 あまりに緊張し過ぎて忘れていたが、今朝の朝礼で、私はそのようなことを言ったのだ。これの通りに読むようにと事前に指示されていたカンペ通りに。

「ぬるい!!!」

 突如として頭上に怒声が降り注ぎ、その声のあまりの迫力に驚いて、頭がかち割れるかと思った。殺られるのかと思った……


「ぬるいわ!!フラン!以前のお前は何処へ行った!?この一年間、お前は一体何をしていたというのだ!?それでも司令長官か!?情けない!お前の弱り切ったその根性を、この俺、総司令官・ヴォルフガングが直々に叩き直してやろう!!」

 総司令官、ヴォルフガング──まるで活火山のように荒々しく猛々しいアンドロイドだ。


「よ、よろしくお願いします!」

「声が小さい!!」

「よろしくお願いしますっ!!」

「よろしい」とでも言うような表情で、総司令官は不敵ににやりと笑った。終始険しかった顔つきが初めて緩み、なんだか少しホッとした。


「フラン、話は全部聞いてる。これから俺がお前を鍛え上げる。今までのお前も超えられるくらいにな。地獄の幕開けだ、覚悟しとけよ」

 地獄の幕開け──だけど、覚悟なら既に出来ている。私は決めたのだ。ヴァイスリッターとして戦うと。ユリサや、みんなと過ごした記憶を取り戻す為にも。私が此処にいる理由を知る為にも──!


「はいっ!総司令官殿、よろしくお願い致します!!」

「いい気合いだ。よし、それじゃあ再会の挨拶も済んだことだし、早速取り掛かるか。今日は今のお前の実力を計るよう、総統から言い付かっているからな」

 今の私の能力──殆どゼロに近しいものだろうけど、精一杯頑張ろう。総司令官も、最初はちょっと怖いと思ったけど、実際は凄く優しい方だ。みんな、こんな私のことを支えて、応援してくれている。だから私も頑張らなくちゃ!


 背後に立つユリサを振り返った。ユリサは、私と総司令官のやり取りを黙って見守っていた。

「ユリサ、私頑張るよ!」

 ユリサははっとした表情を浮かべて顔を上げると、いつものように穏やかに微笑んだ。

「ええ、頑張って」

「うん、ありがとう!」


 心なしか、ユリサの微笑みが少し寂しそうに見えた。ユリサはいつも優しく私を引っ張ってくれるけど、何処となく寂しくて、霧雨のような哀しい香りがする。

 私がユリサと過ごした記憶を取り戻せたら、彼女を苛む不安や苦しみを、少しくらいは拭うことが出来るだろうか。

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