第4話 とりま復讐
全てが寝静まり、扉を固く閉める深夜。
その夜半、突然目が冷めた。虫の知らせというものだろうか。冷たいベッドの端からざわざわとした違和感が体をよじ登ってくる。それが首筋まで達した時、殺気だと気が付き飛び起きた。
「何?」
月が登っているのか窓から明るく四角い光が伸び、対比するように部屋は既に深く闇に沈んでいる。けれどもその闇の中で確かに何かが動く気配を感じ、思わず身をこわばらせる。
私がスラムで暮らしていた時に感じたひりつくような視線に肩が強ばる。
「鼠のくせに敏感ね」
その声は低いけれどもよく通り、そしてその殺気の元に繋がっていた。
「誰⁉︎ ここを王妃の部屋と知ってのこと⁉︎」
「王妃? 王がいなければ王妃などいないのよ」
「誰か! 襲撃よ誰か!」
急いで大声で叫ぶ。
……けれども城内は静まり返っている。
「無駄よ。あなたの味方はもうこの城にはだれもいない」
するりと窓から差し込む光の中に細い足が現れ、もう片方の足、そして胴が順番に現れる。
「嘘……嘘!」
そうして見たことのある紋章が彫り抜かれた礼服が現れた時、私のまさかという気持ちは確信に変化し、絶望が訪れた。ヒューゴー家の礼服だ。そしてその礼服はたくさんの返り血で赤く染め抜かれていた。
ヒューゴー家はこの国の剣。戦ではいの一番に切り込んでくる死神。
そして不意に、濃厚な血の匂いがようやく鼻に、遠くのざわめきが耳に登り始める。
異常。異常が起きている。そしてその女を照らす明かりが赤みを帯びて揺らめいていることに気がついた。急いで窓に駆け寄れば、城内の所々から火の手が上がっている。
「立場はおわかりかしら?」
「あなた、こんな、こんなことをしてどうなるかわかっているの? すぐに隣国が」
「それとも」
「ヒッ」
風が吹いたと思えば首元に剣が突きつけられ、髪がはらりと寝台に落ちる。
「今、楽にして差し上げましょうか?」
膝ががくがくと鳴り響き、気づけば窓際に尻もちをついていた。私にはもはや、どうしようもなかった。
それからあの公開法廷に引き立てられたのは、翌朝だった。私は多くの貴族や民衆の前に引き出されていた。呆然と左右を見回せば大勢の人間は私を指差し、ざわめいていた。見渡しても私の知っている者はいない。この広い空間のなかで孤立無縁だ。
城から引き出されたる間に惨状を見た。城内はまさに血の海だった。抵抗した者は全て切られたのだろう、あの鬼神ミラベル・ヒューゴーによって。
つまり私の味方は最早誰もいない、のか。
一体何故、一体何故こんな事になったのだろう。どこで間違えたんだろう。
「それでは裁判を始める」
「お待ちなさい! その女はゾンビです! 先に討伐なさい!」
一縷の望みをかけてそう叫んでも、裁判官は困惑した顔でフリードリヒを、そしてミラベルを見る。
「ここはお前の罪を改める場である。ミラベル・ヒューゴーの立場は関係ない」
「フリードリヒ、様」
そうしてその隣にはミラベル・ヒューゴーが勝ち誇るように立ち、私を冷たく見下ろしていた。
ミラベル・ヒューゴーは一騎当千だ。ヒューゴー家でもあの若さで歴代最強と言われていた。だから武装をしていない学園からの帰り道を攫ってそのまま処刑したのに今再び、私の目の前にいる?
けれどもそれより今は私の処遇だ。
「私が、私が何をしたというのですか⁉︎ それに」
「黙れ」
フリードリヒの冷たい声。かつての暖かかった声はもうなくなってしまった。その口で私にはミラベルは血も涙もない機械だと言っていたのに。
でもミラベルの集めた資料は破棄させた。だから私の罪を立証するものなどなにもないはずだ。そう再び自分の心に語りかける。けれども全身を震わせる悪寒は止まらない。胃液が逆流してゆく。何故なら目の前に並べられた資料は私が破棄したものを除き、隣国から受けた全てがほぼ揃っていたからだ。
何故? どうやって? どこからこんなものが?
私の叫びは、けれども声に出すことはできなかった。
改めて目の前が真っ青になる。やはり私にはこの場を逃れる術はない。
「知りません! こんなもの見たことがない! それに隣国の印章もありません。きっと捏造よ! その女が捏造したの!」
「私はこの証拠で処刑されたのだがな」
「ではあなたも私と同じように陥れられたのよ! そうでしょう⁉︎」
「おお、ではやはり聖女様は陥れられていたのだ!」
ふいにそのような声と、次いで民衆から大歓声が上がる。
聖女? 何のこと?
そういえば貧しい地域で施しをする聖女が現れたという報告を見た、ような。あのまるで知らせるような声。整えられている。そう気づく。慌てて左右を見回しても、やはり味方などいなかった。
裁判は無情に続いていく。
人証をと言われて引き連れられていたのは特徴の乏しい男だ。
「この者はお前と隣国との手引をしたのだ」
「し、知りません、そんな男など」
「知らない? 本当に?」
「勿論です! 見たことも有りません!」
「語るに落ちたな。この男はお前の養親、マクブル男爵だ。知らないのであればお前はどこの誰なのだ」
マクブル男爵? 始末したはずではないの?
フリードリヒの声が冷たい。
そんな、はず。そんなはずない。何かがガラガラと崩れ落ち、目の前が不意に暗くなる。見上げた影は真っ暗で、その口元だけが赤かった。
私が殺し、私は殺される、のか。
瞬間、駆け巡る走馬灯。スラムで生まれ、売られ、何人もの同胞とともにこの国に送り込まれ、失敗すれば死という緊張と初めて知った贅沢と愛の味、そして全てが手に入ったと思った、その瞬間の喜び。
私はそうするしかなかった。他に手段なんかなかった。
「シャーロット、いや本名はリザ。お前には3つの道がある」
随分久しぶりに呼ばれた本名に、条件反射でビクリと体が震える。
この女はどこまで知っているの?
「1つ、罪を認めて自害する。2つ、身の潔白を証明するために私と神明決闘を行う」
聖女様が負けるわけがねぇという声がする。
聖女以前にこの鬼神ミラベル・ヒューゴーに勝てるはずがない。
「3つ、全ての過ちを認め聖女に下る」
「は?」
「私は聖女だ。かつてお前が道を過ったとしても今後の忠誠に命じて罪を死罪から隷属に減じよう」
慈悲深い、と歓声が上がる。
隷属? つまり私がこの女の奴隷となるということか。冷徹な目が私を射抜く。死ぬよりはマシなのかも知れない。結局のところ逆戻りか。私はいつも誰かの奴隷で、そうでなければ死ぬしか無い。
そうして声は小さく顰められた。その声は私にだけ届くよう、耳元で囁かれた。
『身分は王妃のままとする。私の意のままに動くのであれば、限度はあるが一定の生活を保証しよう。最初のお前の仕事はお前の同胞の説得だ』
『みんな生きているの? あなたは王妃になりたいのではないの?』
『我がヒューゴー家は王家の剣である。残念がらゾンビは王妃になれぬ。であればこの体朽ち果てるまで王家の剣となり、その敵を排除するまで』
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