第3話 とりま根回し

 ヒューゴー家は大貴族家の常として非常時の隠れ家を複数所持している。

 ここはその一つ、王都に程近い小さな町の高台に設けられた商館だ。その窓からは王都の光を小さく眺めることが出来た。一見、何も変わっていないように輝く空疎な光。

 幸いなことに商館の内部は手つかずだ。他の隠れ家の多くもおおよそは無傷だった。保管されていた資金と資材を集め、念の為に更に別の町に新拠点を作り、反攻の狼煙を上げる準備に邁進している。

「お嬢様。資料はあらかた整いました」

「宜しいでしょう。苦労を掛けましたね、ライザック」

「勿体なきお言葉」

 ライザックは新しく癖になったのか、頭を下げると同時にポロリと取れかけた目玉を器用に右目に押し込む。

 結果としてわかったこと。

 ヒューゴー家の反乱の基礎資料として用いられたのは、私が部下に調べさせていた資料の一部だった。もちろん分散保管をしていたからその全てが持ち去られたわけではない。けれどもその根拠のついた一部の資料のうち、その主体がシャーロットではなく私やヒューゴー家の名前に書き換えられ、それに沿って証拠が捏造されていた。

 隣国のやり取りなど、隣国の協力を得ればいくらでも捏造可能だ。

 王子の寝室に毒を仕込めという命令、有力な貴族子弟の暗殺、武装蜂起のための武器の収集。本来隣国がシャーロットに命じた命令書の宛先を私やヒューゴー家の名前に書き換え、自ら使用した現物の毒や暗殺時の武器一式を証拠として王家に提出する。

 それは実にリアリティのある証拠だろう。まさに真実の証拠であるのだから。


 そう考えれば、この国を今牛耳っているいくつかの貴族家は随分前より隣国と繋がりがあり、準備が進められ、少しずつ官吏やら何やらの人員の入れ替えが行われていたのだろうな。

 私はその事実に、そしてそれに気づけなかったヒューゴー家に小さく溜息を吐いた。

 結局、あの時点で我々は圧倒的に負けていたのだ。

 けれども私たちはそれを上回る多くの証拠を保持した。生前かき集めていたものがようやく間に合った。フリードリヒもシャーロットの養親の身柄を隠していた。

 シャーロットたちの関係者の多くもまた既に暗殺されていたが、この男爵は私が処刑された時点で次は自分とフリードリヒに投降し、変わりの死体を用意して死を装いそのまま身を隠した。

 そして現在の王家に叛意を持つ貴族家、隣国優遇政策の割を食っている商人。草の根で協力者を増やしていた。

「さすが我がミラベル。これほどの資料があれば」

「いいえ。王家復活の悲願にはもう一押し必要です」

 笑みをこぼすフリードリヒはやはり甘いのだ。けれどもそれも致し方のないことなのだろう。私が王家の剣として修行中の身であるのと同じく、彼は王子として勉強中であったのだから。

「もう一押し?」

「ええ。王家を今度こそ盤石としなければなりません。それに私はとても怒っているのです。私の首に消えない傷をつけたこと。これでも貴族令嬢なのですから」

 フリードリヒは僅かに戦いた。

「お前にも人間らしいところがあるのだな……」


 再び小さく溜息を吐いた。どうやら本気には思われなかったらしい。

 死霊術師の手により私は死ぬ直前の姿に蘇った。けれども私の首は死ぬ前に体と別れたのだ。だからこの部分は復活せず、首を傾げようものなら頭が転げ落ちてしまう。

 うなじが綺麗と母様に褒められたのに。けれどもそれも、もはや過去のことだ。私は死んでしまった。

 だから私はこれも利用することにした。

「聖女様が来られた」

「ありがたや、ありがたや」

「聖女様は本当に黄泉の国から復活されたの?」

「勿論よ。ほらこの通り」

 種も仕掛けもなく首と体が分離すると住民から歓声が上がる。

「でも皆様、秘密になさってね」

 今この国では隣国の主要作物の関税が撤廃されている。それによって同業者は苦境に立たされた。そこに公爵家の私財を投じて急場を凌ぐのだ。

 自転車操業だが、原因は国政なのだからどうしようもない。どうしようもないといって、放置するわけにもいかない。必要なのは今の救済だ。霞を食べて生きているわけではない。そしてこの国の同業者を潰えさせたい隣国の手先共が援助を施すはずがない。


 今の私は、不当に処刑された私を神が憐れみ正しきを証明するために復活させた聖女、ということになっている。

 自然発生のゾンビの姿は悲惨な姿だ。対して私は首が取れるだけで腐臭もない。だからゾンビとは思われない。

 私の処刑時の毅然とした態度も合わさり、じわじわと私の名誉は回復され、王家を復活せよとの気風が高まっていく。

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