そのまた次の日には、手を繋いで登校した

 チャイムが鳴って一限目が終了すると、九十九くんは真っ直ぐこちらに歩いてきた。私も真っ直ぐ、結季ちゃんのもとへ向かう。


「一透」


「結季ちゃん、トイレ行こ」


「えっ、いや、わたし……」


「いこ」


 結季ちゃんの手を取って教室を出ようとすると、九十九くんが追いかけてくる。


「おい」


「九十九くん」


 くるり、と振り返って、なるべく冷たい目をするよう意識して、言い放つ。


「トイレにまで付き纏ったりするな、じゃなかったの?」


 ぐっ、と彼が怯んだ隙に結季ちゃんの手を引きながら教室を出て、お手洗いに向かう。


 いいの? と心配そうに聞いてくれる結季ちゃんには申し訳ないと思う。だけど、これは必要なことなのだ。だから私も、心を鬼にしてこんなことをしている。


 私が悪いわけではない。彼が悪いわけでもない。だけど、私と九十九くんは、初めてのケンカをしていた。




 ――二限目終了。


「一透」


「真咲ちゃん、次の授業の課題だけど」


「えっ、ああ、えっ?」


「おい」


「九十九くん、後にして」




 ――三限目終了。


「一透」


「美法ちゃん、質問したいことが」


「……九十九に呼ばれてるわよ?」


「いいの」


「話したそうにしてるけど」


「いいの」


「今度は何を拗らせてるのよ……」




 ――四限目終了。


 チャイムが鳴るとすぐ、机の上の教科書と鞄の中のお弁当を入れ替えて、真咲ちゃんたちの方へ向かう。


 この作業時間が仇になった。四限目の授業で使った教科書も片付けず、お昼の準備もせず、すぐに行動を起こした九十九くんが待ち構えていた。


「いい加減、話くらいさせろ」


 ぷいっ、と顔を背け、出来るだけ大きく頬を膨らませる。私、怒ってますのポーズだ。


 それを見た結季ちゃんが、ガタリと音を立てて席を立ち、私の前で九十九くんに向かって両手を広げ、私を庇うポーズをしてくれる。威嚇の唸り声付きだけど、結季ちゃんがやっても可愛いだけなのでそれは逆効果だと思う。


 ともあれ、結季ちゃんにまで立ち塞がられて九十九くんが怯んでいる。優勢だ。真咲ちゃんはどうしたものかと狼狽えているけれど、大丈夫。このままなら追い払える。


「……一透」


 困ったような声で名前を呼ぶのはズルい。反則だ。私だって別に、九十九くんを困らせたいわけでも、傷つけたいわけでもない。そんなことがしたくてこうしているのではないのだ。


 ただ、私にだって譲れないものがある。


「何と言われても、私は絶対明日、九十九くんを起こしに行くから」


 ピタリ、と結季ちゃんの唸り声が止まった。


「バカ言うな。お前が朝強くないことも、生活リズム崩すとポンコツになることも、いい加減わかってる」


 今度はこちらが怯む番だった。うぐっ、と変な声が出る。いや、負けるな。ポンコツだなんて失礼なことを言われておめおめ引き下がれるものか。


「舐めないで。そのくらい平気だから」


「何かやらかすだろ」


「大丈夫だもん」


「教科書忘れるだろ」


「わ、忘れないもん」


「目を見て言え」


 ズルい。卑怯だ。彼と一度目が合ってしまえば私は嘘がつけないって知っていながらそんなことを言うなんて。絶対に失敗しない人間なんていないのだから、そんなこと誓えるはずがないのに。


 ここ一番のピンチ! というタイミングだと言うのに、結季ちゃんは席に戻ってお弁当を広げ始めてしまう。しまった。盾がなくなった。


「一緒にいる時間を増やしたいなら、俺がそっちに迎えに行けばいいだろ。何が不満なんだ」


 そうではない。いや、もちろんそれもあるけれど、私がやりたいのはそれでは駄目なのだ。それに、私のやりたいことを一旦置いておいても。


「お、」


「……お?」


「親に、見つかったら、恥ずかしい」


「…………」


「そんな目で見ないで」


 真咲ちゃん、と叫びながら、彼の残酷な視線から逃れるように彼女の背後に飛び込む。


「真咲ちゃんからも何か言って」


「おい。こんな下らないことに巻き込むな。可哀想だろ」


「そう思うなら飯くらい静かに食わせてくれよ!」






 結季ちゃんの冷たい視線を浴びながら、私と九十九くんは二人仲良く真咲ちゃんに叱られた。


 結局、朝は学校の最寄り駅で待ち合わせをすることに決まったのだけど、結季ちゃんに借りたマンガで読んだ『幼馴染の男の子を起こしに行って一緒に朝の支度をする』というのがやりたくて、九十九くんのお母さんに根回しをし、翌日襲撃を敢行した。


 どうしても我慢ができなかった。後悔はしていない。


 私が悪びれずに言い放つと、九十九くんはその日一日口を利いてくれなくなって、私は泣いた。

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